1話 ファミコンとルーズソックスと異世界転移
ブラウン管テレビと懐かしのファミリーコンピューター。
その赤と白のツートーンカラーで構成された家庭用テレビゲーム機は俺が子供のころにはすでに廃れていたから、あくまで情報として知っているだけで触れたことはない。
まさか真冬の人が行き交う道ばたでプレイすることになるとは思っていなかった。
「まずは名前を決めてね」
これまた懐かしのルーズソックスを履いた女子高生が俺の横で操作説明をしてくれる。
もっとも女子高生かどうかはあやしい。
なにせセーラー服が似合っていない。
小麦色に焼けた肌は健康的で、肩口で揃えた艶やかな黒髪は清純な印象を見るものに与えるのだが、それらの情報を無にするほど彼女の瞳はすさんだ輝きを持っていた。
「ほら、ぼーっとしてないで早く名前を入力して」
「せかすなよ。名前を決めるって重要だろ?」
「そうかもしれないけど……できるだけ早くしてよ」
「そんなせかすなら俺やめちゃうよ」
「え!?」
「また『誰かゲームやってくれませんか?』って、誰彼かまわずに声掛けなよ」
「う~~~」
俺の言葉に顔を歪める彼女。
セーラー服を着た眼つきの悪い女にファミコンやりませんかと道ばたで言われて、プレイする酔狂な人はなかなかいないだろう。
年中暇で、売るほど暇で、なのになぜか仕事が定着しない俺だから相手してやれるってなもんだ。
「涙ぐんで絶望の淵にいた君を助けてあげている親切な人なんだよ、俺は」
「な、泣いてなんかないから!適当なこと言わないで。それにあんたじゃなくたって構わないけど、誰に声掛けても無視されて悲しくなったから仕方なく泣く泣くで、あんたにやってもらってるだけだからね」
「はいはい。で、このゲームって名前の入力があるってことは、RPGなのか?」
「いい質問ね。けど、教えないわ。プレイすればわかることだから、楽しみにしてて」
「ちなみに、ここって道路だけど、どこから電力ひっぱってきてるの?」
「もう!そんなことどうでもいいでしょ!早く名前決めなさいよ。ぐずぐず言ってるなら、わたしが名前決めちゃうから!」
俺からコントローラーを奪って名前を入力する彼女。
その名前を見て唖然とする。
『名前:チロウ』
「最低の名前だな」
「あんたがさっさと決めないからでしょ。はい、決定!」
「ま、ゲームキャラの名前は何だっていいけどさ」
「次に決めるのはパラメーターの割り振りよ、チロウ君」
「さりげなく俺のことをチロウと呼ぶんじゃねぇ」
「はっ!あんた、わたしに卑猥な言葉を言わせたくて、こんな下衆な名前にしたのね!」
「お前が決めた名前だ!」
「まったく油断も隙もあったもんじゃないわ。こわいこわい。さてクズ野郎、パラメーターの割り振りするぞ」
こいつはゲームじゃなくて、漫才の相方でも探してんじゃないかと思いながら、ゲーム画面を見る。
どうやら攻撃力・防御力・体力・魔力の四項目にそれぞれ数値を割り振るみたいだ。
「すばやさはないの?」
ゲームではおなじみの項目がないので聞いてみる。
「いい質問ね。すばやさは結局のところ身体能力だから攻撃力に含まれるの」
「じゃあ防御力だって身体能力じゃないか?」
「防御力は身体能力じゃなくて耐久力だから。よーするに頑丈ってこと」
「それだと体力とかぶるんじゃないのか?」
「体力はHPって考えて。防御力が高ければHPも減りにくいってこと。だから防御力とHPが高ければ、ちょっとやそっとじゃ死なないわけ」
なるほど戦闘を有利に進めるには攻撃力が必要だけど、防御力と体力をおろそかにするとすぐ死ぬわけか。
魔力は、まぁ聞くまでもなく魔法能力だろうな。
「ちなみに知力も設定できないわよ。知力はあんたの頭脳。まぁ期待できないけど仕方ないわね」
「この短時間で、随分と俺を見限ったな」
「チロウなんて名前の奴がまともなわけないでしょ」
「だから、おまえが決めたんだろーが!」
「ええと、割り振れるベースの数値は2,432ね」
まったく、こっちの言い分はすべて無視か。なんて野郎だ。
2,432って、どこから算出したか謎の数値にツッコム気にもなれないよ。
「割り振りの基本はやっぱ均等なんだけど、それだと凡庸な結果を招くから、攻撃力か魔力のどちらかにある程度――」
「はい、決定っと」
「ちょえいっ!?」
「ん?」
「テキトーに決めないでよ!一番大事なとこなのに!」
「もう確定しちゃったぞ」
「どんなパラメーターにしたのよ?」
「ええと、攻撃力に全振りして、あとは1ずつ」
「…………最悪だ」
俺の設定したパラメーターを聞いて、がっくりと地面に倒れる彼女。
まさかこれほどのオーバーリアクションをとられるとは思わなかった。
「なんだよ、なにせ名前はチロウだぜ。こんぐらい極端なパラメーターでもいいだろ?」
「あんたは、なにもわかってない!!」
そう言って俺を睨みつける彼女の瞳は真剣そのものだった。
なにか大きなミスをしたのかもしれない、と何も知らない俺が思えるほどに。
「……まぁ、いいわ。この責任はとってもらうから」
「…………」
「さぁ、ゲームスタートを押しなさい」
彼女の気迫に圧されるままにゲームスタートを選択する。
「重責だから覚悟しなさいよ」
ゲーム画面が切り変わった。
『勇者チロウの冒険 START』
そして、俺は異世界に転移した。




