トリックオアハグ? ~変態女悪魔と苦労人ミイラ(俺)の物語~
※診断メーカーで出たお題、
悪魔がミイラにすりすりする、
を元に作ったお話です。
いや、おかしいだろと生きたミイラ
である俺、トールは思った。
何故ミイラが生きているのかとか
動いているのか、とか聞かないで
欲しい。
全ては目の前にいる女悪魔、リラが
悪い。リラは変態だ。
フェティシズムっていうのか?
ミイラに興奮する性癖を持っており、
一度死んでお墓に埋まっていた俺を
よりにもよって生き返らせ、僕と
してしまったのだ。
リラははたから見たらめっちゃ可愛い。
チョコレート色のふわふわした髪を二つ結びに
結い、同色のいささか子供っぽい目をいつも
きらきらさせている。
真っ黒なとんがり帽子と魔女のマントが
これまたよく似合っているのだ。
しかし、可愛くても変態は変態だ。
包帯をぐるぐる巻きにした俺に、陶酔した
ようにはぁはぁ言いながら顔を真っ赤にして
腐った肉の匂いを嗅ぐ奴を、変態と呼ばず
して何と呼ぶ。
それはまあ置いといて、今日はハロウィンだ。
それが、俺がおかしいだろと思った理由にそのまま
なる。よりにもよってあのば――じゃないご主人様
(って言わないと怒る)は、トリックオアハグ!
などと頭のおかしい事を言いやがったのだ――。
まあリラの頭がいかれているのは知っているので、
俺はちょっとやそっとでは驚かない。
え、あまりにも酷い言い草じゃないかって?
いやだってさ、普通は思わないだろう。すでにお墓に
入って、しかも火葬じゃなくて土葬だからほぼ腐って
いる肉体を生き返らせよう、とかさ。
そのまま人間として復活させるとかじゃなくて、
よりにもよってミイラのままでだぜ?
俺、生き返るならそのまま人間として復活させて
欲しかったな……はあ。
え? 何で悪魔なのに魔女なのかって?
ああ、リラは悪魔でもあり魔女でもあるんだ。
何故悪魔が魔女やってるのか俺は知らんが。
「――リラ」
「なあに?」
「……今、何つった?」
「も~トールってば耳遠くなったの? あたしは、
トリックオアハグって言ったんだよ!」
……聞き間違いじゃなかった。なんだよ、トリック
オアハグって。普通は、トリックオアトリート、
だろうが。
つまり、悪戯かお菓子かって事だな。
いや俺だってハグの意味は知ってる。抱擁、つまり、
抱きしめろって事だろ。
うん、それは分かる。分かるんだけど、俺が知り
たいのは何でトリックオアハグなんてリラが言い
出したかって事なんだ。
「だから、何でトリッオアハグかって聞いてんだよ」
「だって、トールってばいつもあたしにハグして
くれないじゃん? だから、ハロウィンくらいはハグ
してくれないかな~って」
「何でだよ!?」
こいつ、ハロウィンを根本から誤解してないか……?
ハロウィンは子供達がお菓子をもらうために家々を回る
奴だぞ? まあ元は収穫祭っぽい奴だったようだが。
「ハロウィンの事くらい知ってるもん」
こ、心読まれた――っ! ちっ、これだから魔女は
嫌なんだ。
「ふ~ん、舌打ちした挙句魔女が嫌、ね。いい度胸
じゃないトール」
「だから人の心を勝手に読むな! プライベートの
心外だぞ馬鹿野郎!」
「……プライバシー」
「あ……。そ、そうだ、そのブライバシーの侵害だぞ!」
「プライバシーだってば。トールってば」
「う……」
うろ覚えな知識を看破されちまった、ちきしょ――。
ちょっとくらい俺より知識知ってるからって偉そうに、
このちび魔女め。
いてっ。脛思い切り蹴られた……。
俺は本当の事を思っただけなんだが。
全く、いくつか知らないけど本当に背も胸も成長
してないよな、って……俺が悪かったのでその持ち
上げたサイドテーブルは投げないでください!
本当にすみませんでした、ご主人様!
……リラ、恐るべし。こいつ体力ない癖に本当に
サイドテーブル持ち上げやがった。
体力の限界だったらしく、俺が脳内で必死で
謝るとはぁはぁ息を切らせながらリラはなんとか
それを元の位置に戻す。
火事場の馬鹿力って本当に凄いよな。
あれ、木製とかじゃないんだぜ? リラが魔法で
作った大理石の奴なんだぜ。
相当重いと思うが。
「……で?」
「で、って何が?」
「何で、トリックオアハグな訳だよ。普通はお菓子か
悪戯か、を示してる訳だろ?」
「まあ、たまには変わった趣向のハロウィンでも
いいじゃない」
「よくない!」
「チッ……」
し、舌打ちされた……。舌打ちしたいのはこっちの
方だっつーの。ってかさっき俺も舌打ちしたけどさ。
「……駄目?」
うっ……。止めろ、そんな可愛らしいうるうる目で
俺を見るな、お前は一体俺をどうしたいんだ……。
慌ててリラから俺は視線をはずす。
しかし、リラは逃がさないとばかりに俺に抱きつく
ように拘束して来た。
見た目的にはか弱い少女に見えるリラを突き飛ばす
訳にも行かず、俺は逡巡する。
「じゃあ、トールはあたしがどうすればハグして
くれるの? あ、そっか、トリートオアハグの方が
いいんだね!」
何あたし名案! みたいな顔してるんだ、この馬鹿
魔女。ってかドヤ顔止めろ腹立つ。
お菓子か抱擁か、になっただけじゃねえか。
「ふっ、甘いなリラ」
「何でさ――っ!」
「その二つだったら、俺はトリート、つまりお菓子を
選ぶのが道理だからだ! だからハグもしない!」
「むっか――っ!」
あっ、こいつ脛蹴りやがった! ミイラとはいえ
痛いんだから蹴るなよお前!
俺達の交渉は早くも決裂の兆しだった――。
はぁ、はぁ……。あ、あの馬鹿魔女め……。
俺達はあの後、リアルファイト――肉弾戦へと突入した。
体力ない癖にリラの奴結構ねばるんだよな。
一見、女であり力がないリルの方が不利に見えるかもしれ
ないが、実はそうじゃない。
俺の方がリラを殴ったり出来ないのだ。
いや、あんなちびっこいの殴っただけで壊れそうで殴れ
ないだろう……。
だから俺がやっていたのはほぼ防御だけだったりする。
リラの蹴りを交差した腕で防いだり、小さな拳を叩き
つけようとするリラの腕を軽く掴んだり。
「気が済んだか、リラ……」
「……」
リラは俺の問いに応えない。相当頭に来てるな、こりゃ。
何が気に入らなかったのか俺には分からないんだが。
「……る、は」
「ん?」
「トールは、あたしの事嫌いなの?」
な、何でそうなる……。本当にこいつの考えている事が
俺には分からないぜ。
なんだかリラが泣きそうになって来た。
目をうるるとさせるな、一体、俺はどうすればいいって
言うんだよ……。
「リ……!」
「トールの馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿ぁっ!」
「いって……!」
リラの目からぼろぼろ涙が零れ落ちる。そのまま、リラは
小さな拳で俺の胸を叩いて来た。
俺は抵抗する事が出来なかった。
リラの顔は本当に辛そうで、俺はどうしていいか分からない。
俺が泣かしたんだ、と思ったが一体どうしたらいいのか、
また何を言ったらいいのかまるで分からなかった。
俺は本当に駄目な奴だ……。
「ごめん……」
ようやくそれだけを口から絞り出す。リラは、泣き止ま
なかった――。
「――お菓子、作る」
さんざん泣いた後、リラはすっくと立ち上がった。
俺は彼女が泣いている間、何もしてやる事は出来なかった。
いつもハロウィンの日にリラは甘いお菓子を作る。
俺と自分、二人だけだと言うのに食べきれない量のお菓子を。
あ、ちなみに俺はリラの魔法のおかげで物を食べる事が
出来た。
「リラ……」
「もういいから、トールが悪いんじゃない気にしないで」
そう言いながらもリラの口調は刺々しかった。
俺の方を見もしない。いつもひっついて来るリラを、嬉しく思う
反面わずわらしくも思っていた俺だけれど、最低な事に今はちっ
ともそばに寄ろうとしないリラに寂しいと感じていた。
俺は、リラの事をどう思っているだろう。
生意気だけど優しくて可愛いリラ。トールトールと子供のように
いつも飛びついてくるリラ。
決して社交的ではない俺を、厭わずにそばに置き続けてくれた
リラ……。
俺はなんだか熱い思いが胸中に浮かび上がるのを感じ、いても
立ってもいられなくなりリラの元へと急いだ。
リラ、と声を上げるとリラがびくっとなったように手を止める。
どうやらリラはアップルタルトを作っているようだった。
俺の好物だ……。一度、彼女がハロウィンの日に作った事があり
美味い美味いと食べていたら、ハロウィン限定でたまに作ってくれる
ようになった。
リラは振り向かない。銀製のナイフで林檎をくし型に切っていく。
二個の林檎を、合計二十四個のくし型に切った後絞ったレモンの汁を
かけていた。
「リラ……」
もう一度声をかけるも、今度はリラは手を止めずに銀のボウルに
白いバターを投入し、三度に分けて白い砂糖を入れていく。
さらに溶き卵とアーモンドパウダーとラム酒を投入し混ぜて作った
アーモンドクリームに小麦粉を振っていた――。
リラは怒っているのだろうか。そうだよな、と俺は思う。
俺は彼女に何もしてやれない。泣いていても慰める事も出来ない。
慰め方も分からない。そんな役立たずは、死人に戻すべきだと
俺は思った。
リラが俺を死人に戻したとしても俺は構わない。
と、俺の考えを読んだのだろうか、リラが泣き腫らした目で俺を
睨むように少しだけ俺を見た。
しかし、俺が視線を向けるとふいっと視線はそらされる。
別の銀のボウルに白いバターと白い砂糖を入れてリラは混ぜ合わせて
いた。今度はタルト生地を作っているのだろう。
溶き卵を数回に分けて入れ、小麦粉を振るってさらにアーモンド
パウダーも投入。木製のヘラを取り出して生地をさっくりと混ぜて
いた。
「――リラ、ごめんな」
「何が、ごめん、なの……」
リラが再び泣きそうな顔になった。丸めた白い生地に氷の魔法を
かけていた手を止め、俺を見つめて来る。
「あたしの想いには、答えられないって事……?」
「違う……。だけど、俺は朴念仁で女の慰め方も知らない馬鹿だ。
そんな馬鹿は、死人に返してしまってくれ……」
「馬鹿っ!」
リラが怒鳴った。ばしっと音を立てて俺の頬を平手打ちする。
俺は真っ赤な手形がついているであろう頬を抑え、呆然とした
ようにリラを見つめていた。
「死人になんて戻す訳ないじゃない!」
悲鳴のような声だった。胸を刺すような、痛みをふくんだ表情が
俺の心を騒がせる。
「あたしは、トールが好きなの! ずっと、そばにいて欲しいの!
だから、死人に戻したりなんて絶対にしない……」
(リラ……)
ああ、俺は本当に馬鹿だ。朴念仁で、リラの想いも自分の彼女への
想いも今日まで全く分からなかった。
だけど、今やっと分かった。俺はリラの事が好きだ……。
生意気でわがままだけど優しいちびっこ魔女が好きなんだ。
正直、恋なんてした事がない俺はこういう時なんて言っていいか
分からない。でも、一言だけ言おうと思った。
「トリート・オア・ハグ……」
「え……!?」
俺は手を広げてリラへと言葉を投げる。お菓子か抱擁か、だ。
今リラの手元にはお菓子はない。作りかけの生地があるだけだ。
リラは迷うように視線を泳がせていた。
さっきまで泣きそうだった顔が真っ赤に染まって行く。
「好きだ、リラ……」
「トール!」
リラが俺の胸に飛び込んで来た。リラを泣き止ませたかった
のに、リラは俺に抱きついてわんわん泣いている。
遅い! 馬鹿! この朴念仁! 馬鹿ミイラ! 思いつく
かぎりの悪態をつきながら、リラは俺に抱きついて離れない。
俺は彼女をなんとか泣き止まそうと恐る恐る彼女の背に
手を伸ばした――。
「エヘヘ♪ トールぅ――っ」
リラは泣き止んだ後、俺の包帯を巻いた顔にすりすり
しながら料理を続けていた。俺はしゃがんだままの態勢
なので結構きつかったが、まあリラが上機嫌だからいいか。
麺棒で生地を薄い茶色に染まった生地を伸ばしながら、
リラは俺に擦り寄っているので本当に器用だなこいつ、と
俺は思う。
「トール、大好きだよ♡」
「い、いいから早く作れよ」
「は~い」
今度は俺が赤くなる番だった。包帯をまいた顔が赤く
なるのが自分でもよく分かる。
リラは俺に怒られても気を悪くした様子はなく、嬉々
としてタルト型に生地を入れていた。底にフォークで
穴を開けてからタルト型をオーブンに入れる。
頬とかがんだままの足が痛い……。
疲れたのでリラを膝に抱き寄せようとしたが、手が汚れる
でしょ!と怒られてしまった。
俺を人間としてではなくミイラとして生き返らせたのは
リラだろうに……。
しばらくしてタルト生地が焼きあがったので俺はほっと
したが、まだ出来ていなかった。
後はアーモンドクリームを塗って切った林檎を並べて
焼かなくてはならないらしい。
それまでは手が汚れるから抱っこは駄目、と言われて
しまう。
リラの頬も俺の頬も違う意味で赤くなっていた。
いや怒っているとかそういうんじゃなくて、リラがすり
すりしすぎて頬がすりむけているんだ。
早く焼けてくれよ、と俺はオーブンに祈るような視線を
向ける。
血が、血が出ないといいけど……って俺は血は出ないん
だった、ミイラだから。
痛覚があるのはきついが、俺は血は一切出ない。
ミイラでよかった、って今初めて思ったぞ俺。
まあミイラじゃなければミイラの匂いが何故か好きな
リラのそばにいられなかったかもしれないしな。
結局、リラの頬に血がにじむ前にタルトは焼き上がり、
つや出しのためのアプリコットジャムが塗られたあつあつの
パイを、膝の上に抱っこしたリラと共に食べた。
ほくっとした林檎と、さくさくしたタルト生地、そして
甘すぎないアーモンドクリームが見事に合わさったアップル
タルトは今日も最高のお味だ。
「来年も、またアップルタルトを食べようね!」
そう言って膝の上でにっこりと笑う、我が愛しき魔女様に、
俺はああ、と笑いながら返事をした――。
コメディ風味な特殊な恋愛物です。
ヒーローがミイラ男、ヒロインがミイラの
匂いが好きというフェティシズムの持ち主
の女悪魔兼魔女になっています。
ハロウィンという事で作中でおやつも
用意して見ました。