鳥籠を開く手
舞踏会当日の夕方。
彼女が私に会いに来た。
綺麗な空色のドレスを私に着せて、
銀の溶けない氷で作った靴を履かせて、
髪の毛も、綺麗に梳かされて、私の知らない白とピンク色の花で飾られて、
それでも平凡な私の顔は変わらないから、何だかちぐはぐで恥ずかしくて。
「似合ってるよ。とても綺麗だ」
「冗談…私なんかよりも、あなたの方が似合うのではなくて?」
そう言ったら、何故か彼女は少し悲しそうな顔をした。
「ダメだよ。これは君のために用意した…君だけのドレスなんだから」
そんな無駄なことをしなくてもいいのに…
私なんかの為に、そんなことをしなくてもいいのに…
ああ、そういえば。
「まだ、今日何をするのか聞いてなかったわね。私は何をすればいいの?」
「お祝い…してあげて。
もちろん、君だってバレないようにしてあげる。
このドレスも、髪型も、ある意味変装みたいなものだから…
魔法使いの振りをして、彼女の懐妊のお祝いをしてあげてくれないかな。
私のお願いはそれだけだよ」
断ろうかと思った。
けれど、
「……約束は、約束だものね」
もうすぐ八時。
舞踏会が始まる。
■ ■ ■
煌びやかな部屋、賑やかな音楽。
場違いで居た堪れなくなってきたわ…
早く帰りたいわ。
「こっちだよ」
彼女に連れられて、王子様とあの子の前に立つ。
…心配はいらないだろうけれど、用心して顔が見えにくいように数歩下がって俯いたまま。
「こんばんわ。王子様、王女様」
「ああ、来てくださったのですね」
「今宵は、王妃様に呪いをかけに参りました」
まるで違う人みたいに話している。
彼女をよく知っている私からすれば、可笑しい以外の何でもなくて。
それでも笑う気になんか、なれなくて。
私はただ俯いていた。
「そちらの方は?」
「私の弟子でございます。
彼女はまだ魔法が使えませんので、お祝いの言葉でけでもと思いまして」
小さく会釈をし、彼女の魔法を見る。
くるくると杖を回し、歌うように呪いをかける。
直向きな愛を、
愛される容姿を、
美しい心を、
弛まない幸福を、
優しく優しく彼女は魔法をかけ続けた。
次は私の番だった。
「王女様…
貴女は、とても美しい。
美しく、そして尊い、優しい心を持った人…
全てから愛される幸福を貴方に、
世界から望まれる慈愛を貴方に、
永劫の愛情を――」
あとは、言葉にならなかった。
嬉しくて、なのに悲しくて。
訳が分からなくなって、みっともなく泣いてしまって…
「あ、あの…お弟子様?」
居た堪れなくなって、逃げだした。
やっぱり、無理だったのだわ。
私はあの子の前に出ることさえ耐えられなかった。
こうやって、無様に逃げ出すことしかできないのよ…
「アザレア!!」
なん…で……?
「アザレア!待って!逃げないで!」
掴まれた腕が熱い。
どうして…分からないはずなのに…
「待って!お願い…僕の話を聞いて!」
「何で…貴方が、いるの……?」
どうして、ここに貴方が――リナリアが居るの?
もう、会いたくなんてなかったのに…
こんな無様な姿なんて見せたくはなかったのに…!
「王様に招待されたんだ。でも、今はそんなことどうでもいいでしょ?
ねえ、アザレア。お願い、僕の話を聞いて…?」
「いや…いや、よ。貴方と話すことなんて、何もないわ」
放してほしい。
このままここに居たら、きっと私は――
「アザレア。ごめんね」
気付けば、彼の顔が目の前に会って。
驚いている間に離れてしまった。
けれど、唇に柔らかな感触が残ってる。
「ごめんね、僕は卑怯だね。でも、僕はアザレアが好きなんだ。誰にも渡したくない。ずっと傍に居てほしい。
だからね、もう一度言うよ。
好きです。僕と付き合ってもらえませんか?」
……分かってる。
ここで、返事をしてはいけないのよ。
私は彼を酷く振って、嫌われて、忘れられて。
そうなるのが相応しいのだわ。
だけ、ど……
「何で、言っちゃうのよぉ…!」
泣きながら喚いた。
力の入ってない手で、彼の胸を叩きながら。
まるでか弱くて可愛らしい少女みたいに。
「わたしっ、私は!貴方が私なんかじゃ、し、幸せになれないだろうからって!大人しく身を引こうって!なのに、なのに何でそんな風に言うのよぉ!」
「そんなことない!僕はアザレアとじゃなきゃ幸せになんかなれないよ!」
そうやって真っ直ぐに愛情をぶつけて来るから、私は逃げる道を無くしてしまった。
「ねえ、返事。聞かせて?」
そんなの、決まってるじゃないの。
「私も好きよぉ…」
ふにゃりと、柔らかく。
彼が笑ってくれたから。
私は、また泣いた。
ムカつくくらいタイミングよく、
キスと同時に花火が上がった。