第二声
騒がしかった教室が、一瞬で静まり返る。っていうか、凍り付いた。
今の何?とか、え、何て言ったの?とか囁きが聞こえてくる。
そりゃそうだ。いくらなんだって、転校初日の自己紹介をデスボイスでは普通しない。
いや、そもそもクラスには、デスボイスを知らない子だっていそうな位だ。
更にデスボイスを発したのは、目の前に立っているつやつやの黒髪をなびかせる、花を背負っていても違和感のないような美女なのだから。
教室がまた別の意味でざわめき出すと、武田先生がバツの悪そうな、でも心底めんどくさそうな顔で口を開く。ほんっとこの人気持ち隠す気さらっさらねえな!!
「元気いっぱいだなぁ勅使河原。皆、仲良くするようにー」
臭い物には蓋をする。さわらぬ神に祟りなし。武田先生のモットーがここでも抜群に発揮された感じだった。まさかのスルー。てめえ武田!!教室内の気持ちが一つになった気がしたけれど、誰しもが口をつぐんでいた。勅使河原さんがにこにこと微笑んだからだ。
何とも言えない雰囲気の中、勅使河原さんが指定された席に着席して、一時間目が始まった。
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一時間目の休み時間。気になって勅使河原さんを盗み見ると、やや俯きながら机に座っていた。周りでは、何となく皆ちらちらと勅使河原さんを伺っているのに、誰も話しかけることはしていない。勅使河原さんは絶世の美女だ。皆話しかけたい願望はあるみたいだけど、やっぱり朝のインパクトが凄すぎて、皆躊躇しているみたいだった。
それでも、暫くすると勅使河原さんの席に、近づいていく女子達がいた。何故だかホっとする。
「……勅使河原さん、次移動教室なんだ。良かったら一緒に移動する?」
あぁ、良かった。声を掛けたのは大里さん。おっとりとした癒し系の子で、とても人当りの良い子だ。連れ立っている二宮さんと織田さんも、優しくて穏やかな子達だし。良かった、自己紹介では躓いてしまったけれど、クラスに溶けこむのもすぐだろう。
勅使河原さんは、ぱっと顔を上げると、一瞬わたわたと奇妙な動きをしてから、ぴたっと止まった。
何してんだろう。
思わず凝視すると、すーーっと深呼吸をしているのが分かった。
まさか。
「……ヴォオオオオ!!!ゾウ゛ナン゛デズヴェエエエエエ!!!イ゛マ゛ア゛!!
ヨ゛ウ゛イ゛ズルガラア゛ア゛ア゛!!!!!!」
うおおおおい!!!日常会話もかよ!!!
「ひぃっ!?」
突然のデスボイスに驚いて、大里さんが思い切り後ずさる。バランスを崩して、後ろに控えていた二宮さんと織田さんに派手に突っ込んだ。
「きゃ!!」
「泉!?大丈夫??」
ほとんどブリッジみたいな恰好になった大里さんを慌てて2人が支える様は、不謹慎だけどかなり滑稽で、周りから思わず笑いがこぼれた。起き上がった大里さんは耳まで真っ赤にして、ほとんど泣き出しそうな顔で教室を出て行ってしまった。慌てて二宮さんと織田さんが後を追いかけていった。
席から立ち上がった当の勅使河原さんは、突然の置いてけぼりにどうしていいか分からないようだ。おろおろと挙動不審に教室を見渡したり、大里さんたちが出て行った扉を見つめたりしている。
それでも、誰も声を掛けない。少し、教室の雰囲気が変わったのが分かった。大里さんは本当にいい子で、男女問わず人気が高い女の子だ。せっかく声をかけてきた彼女に、デスボイスで返事をした彼女の行為は、悪質な悪ふざけのように映った。
皆が勅使河原さんを遠巻きにして、教室を出て行ってしまう。誰も、彼女に声を掛けない。
おろおろと周りを見渡していた勅使河原さんも、そんな様子に気づいたのか、一瞬泣き出しそうな顔をして、移動教室の準備を始めた。誰かの後をこっそり追うことに決めたらしい。
「何してんの網田君。行こうよ」
朝倉さんに声を掛けられるまで、俺はぼーっと突っ立ったまんまだった。
「……うん」
胸の当たりが若干重くなったまま、俺も勅使河原さんの横をすり抜けていった。
転校初日。美人転校生の勅使河原小鳥さんは、あっという間に一人ぼっちになってしまった。