第一声
「網田君、知ってる?今日入ってくるんだって。転校生」
隣の席の朝倉さんにそんな言葉を投げかけられたのは、遅刻ギリギリで滑り込んだ教室で、自分の机の脇に鞄をぶら下げようとしていた時だった。
「え、?転校生?」
思わずトーンの外れた声で聞き返すと、朝倉さんはにっこりと笑った。
「そう。珍しいよねえ」
確かに。『転校生』という存在は、小学生時代はやたらと多かったような気もするが、高校生ともなると、結構珍しいのではないだろうか。しかも高校2年の1学期も終わりかかっているような、こんな中途半端な時期に。
「しかも、すっごいすっごい美人なんだって。編入手続きの時に来てたのを渡辺君が見たんだって」
「へえ」
俺はその時、あぁ、転校生はかわいそうだなぁと思った。何故だか、転校生はある程度のルックスを求められる。皆、マンガやドラマのイメージで、颯爽と登場する美形転校生に毒されてるんだろう。出てくる前からハードルが上がるのは、本当に不憫だった。万人が認める「美人な転校生」がやってくる可能性の方が低いだろう。
「どんな子なのかなぁ、楽しみだね!」
「うん」
大したリアクションもせずに俺が頷いたところで、予鈴がなった。SHRの時間だ。
何となくいつもより静まった教室に、渡り廊下から聞こえる足音が響いた。
ガラガラと扉が開けられると、いつも通り武田先生が黒板の前に立つ。
気だるそうに首を鳴らすと、武田先生が低いテンションのまま声をかける。
「日直~」
「きりーつ、れーい」
「おはようございまーす」
いつもと変わらないはずのHRでも、何となく全体の雰囲気が浮足立っているのが分かった。
「……うん、まぁ知っている奴もいるだろうけどなー。今日からうちのクラスに一人増えるから。おう、勅使河原―。入ってこーい」
死角になっていたドアの陰から、その子が教室に入ってきた瞬間、皆が息を呑んだのが分かった。
おおう。ごめん、何かごめん。転校生はめっちゃくちゃな美人だった。っていうかこの子、本当に同い年なのか?オーラが凄い。可愛い、というよりも「美人」とか「美形」っていう表現がぴったりハマる子だ。すらっとしたスタイルで、手足が長い。顔小さっ。特に目力が凄い。整い過ぎていて怖い位だった。
「……ん、勅使河原。黒板に名前書いてもらえるかー?あと自己紹介もなー」
皆が美人転校生の雰囲気に呑まれていると、武田先生がいつもと変わらないゆるいテンションのまま場を強引に納めようとしていた。
美人転校生はこくりと頷くと、黒板に自分の名前を書いていく。
『勅使河原小鳥』
ざわざわと教室が騒がしくなっていく。ひそひそ声でも、皆興奮しているせいでそれなりに声がでかい。可愛い、美人、凄いなんて声が聞こえてくる。確かに小鳥ってすげえ名前だな。
名前を書き終わった勅使河原さんが、くるりと向き直ると、息を吸い込む。
皆がきらきらした笑顔で目の前の美人な女の子が鈴の音の様な声で話すのを待っていた。
勅使河原さんは、深呼吸をすると、
手を目の前で組んだ。
「ヴォオオオオオオオオオオオオ!!!!!バジメ゛マ゛ジデェエエエ!!!!!!
デジガワ゛ラ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!
ゴドリ゛デエエエエエエエエエヴォオオオオオオオオオオオオオオス!!!」
美人転校生は、それはそれは見事なまでのデスボイスだった。