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英雄の孫 8話

8話


「あれは鳥よ。とーり」


 サクラが指差したコハクルリ鳥をエリスがゆっくりと発音し教えている。

 村を出てから二日目。これまででいくつかのことが分かった。まず、少女は旅をしてここに来たのではないということ。服装からも予想はできたが、その体力の無さと常識知らずなところからもそれが証明された。野外での用の足しかたを知らない辺りでそれは明らかだ。

 二つ目は言葉を教えるということが想像以上に難儀と言う点だ。単語を教えるのはなんとか出来るが文法を教えるのはほとんど不可能に近い。今は様々な単語を覚えさせおいおい簡単な話し方を教えることにしたが、そもそも教える単語と言うのも具体的に指差しながら教えるものなのでそれにも限界ある。町に着いたら何かしらの本と紙、そしてペンを買ったほうがいいかもしれない。

 大きな街道に出るまでもう1日は歩かなくてはならない。それまでは獣道に毛が生えた程度の荒れ道を進む。大きな道に出れば馬に乗ってすぐにでも町に着くが、それまでは徒歩だ。


「そろそろ休もう」


 少し開けたに出たところで小休止を取ることにした。まだ体力的には進めるところだが、サクラの体力が心配だった。案の定シズルが肩から荷物を下ろすのを見ると、ホッとしたような表情になる。


「水場を探してくる。サクラを見ていてくれ」


 エリスが頷くのを見て、一人で小川へと向かう。何年か前にマコトと一緒に見つけもので、流れは綺麗なものだ。サクラが飲んでも腹を壊すこともないだろう。

 誰も居ないと思っていた、小川には先客がいた。


「精霊か…?」


 遠めで見ているため正確な形状は分からないが、大小さまざまの光る何かが舞い踊っている。

 精霊というのをどういった存在であるかを定義するのは難しい。魔物の一種であるものと言うものもあれば 、人間に近しい存在であると言うものもいる。精霊にも災害をなすものもいれば、地方によっては信仰されるほどの恩恵を与えている場合もある。現在分かっていることは《魔法》の行使に重要な役割を持っていることぐらいだ。それも詳しい方法や原理は分からないままらしい。


 マコトは精霊がいるのはその土地が豊かで清浄である証だと言っていた。これならば飲ましても問題ないだろう。

 シズルが近づくと川の上でキラキラと踊っていた精霊たちはふっと姿を消してしまう。

 水を汲み、エリス逹のもとへ戻ろうと川から少し離れたところで振り返る。そこでは先程と同じように精霊逹が舞い踊っていた。


「精霊かあ。見たこと無いな」


 エリスに先ほどの光景を話す。


「なら行ってみたらどうだ?まだいるだろう」


「…ちょっと怖い」


「怖がるようなもんじゃないがな」


 汲んできた水を一口飲む。村の井戸水とは全く違う。

 サクラにも渡す。一口飲んでから目を剥く。驚くほど旨かったらしい。があまり飲まれても困る。しばらくはこれだけで進む必要がある。


「日暮れまでには街道に着きたいが、どうかな」


 日は既に赤みを帯び始めていた。あまり進めそうにない。とはいえ少しは距離を稼いでおきたい。


「さあ、行こう」


 夜が来た。

 結局あれからほとんど進んでいない。途中でサクラが足の痛みを訴えた。ひどいものではなかったし、これまで弱音を吐かなかった分、少しは安心できた。出来れば今日ぐらいには街道に着いていたかったが仕方ない。

 早めに野宿できる場所を見つけておき日暮れまでには火を起こしておく。そうしなければ誰に襲われるか分かったものではない。それでも、危険は残るので馬の近くで休み逃げる準備だけは怠らない。

 いい加減飽きてきた干し肉をかじり早めに夕食を済ませると、寝床につく。寝床とはいえ少しでも石の少ないところで厚目の布を敷くだけのものだが。

 エリスやサクラは旅に慣れてないことから中々寝付けないかと思ったが、二人ともすぐに寝息を立てる。疲労が勝っているのだろう。シズルもすぐに動けるよう準備しつつ火を消し眠りにつく。

 目を閉じる前に耳を澄ます。虫の鳴き声や、風で揺らぐ草木の他に音はしない。気配も感じない。そこでようやく目を閉じる。


 ふと目が覚めた。寝苦しかったわけではないが意識が覚醒してしまった。再び寝ようと思い目を閉じるが、寝付けない。こんなことは滅多に無いのだが。

 上体を起こして二人の様子を見ようとするが、そこで初めてサクラがいないことに気付いた。周りの気配を探るが、人の気配は無く、襲われた痕跡もない。自分でどこかに行ってしまったのだろうか。

 ひとまず腰を上げ、辺りを探してみる。月と星が明々と照っているので視界は悪くない。

 しばらく探し回ったが、近くにはいなかった。こうなっては探すあてもないため、見つけるのは難しい。遠出しているときに誰かに襲われた。そんな不安が頭をよぎる。

 獣道に戻りふと足元を見ると、来た道を戻る足跡があった。自分のものと比べてみる。小さな足跡だ。おそらくはサクラのものだろう。


「何故こんなマネを」


 放っておくわけにも行かず足跡を辿っていく。

 しばらく歩き、一度休憩した地点まで戻ってきたところでサクラの姿を見つけた。声をかけようとしたが、そのまま脇に入っていく。小川のあった方角だ。どうやら水が欲しくてここまで来たらしい。よく道を覚えていたと感心するが、危険な行いには変わりない。少し注意しておくべきだろう。

 そう思いサクラの背に声をかけようとしたとき、サクラの周りにキラキラと光るものが現れた。精霊だ。それもサクラから何か話しかけているようでもある。精霊と会話できる人間がいるとは聞いたことがない。

 そのままサクラたちは小川にたどり着き、近くの岩場に腰掛け、足を河に浸している。シズルはなかなか声がかけられない。その様が余りにも似合っていたためだ。


 この少女はこんなにも美しかったのかと、驚きに近いものを感じていた。月の光が川面に反射し、サクラの白い肌を美しく照らす。髪を掻き揚げる仕草には色気すら感じる。シズルの子供のころ着ていたものを着せているため少し服は小さい。その分、胸の線が強調され女らしさが強調されている。その乳房は決して大きくはないが、かといって小ぶりなわけでもない。語弊があるかもしれないが、サクラにはそれがとても似つかわしかった。水に浸かる足は、まるで美しく磨かれた陶器のようだ。かといって冷たさは感じず、暖かな色香を感じる。

 少女をじっと見つめているのと同時に、自分の股間に血液がたまり始めているのを感じた。その気恥ずかしさから無意識に一歩下がってしまう。その弾みで足元の小枝を踏んでしまう。その音にサクラが気づくと同時に舞っていた精霊たちは消えてしまう。ふっとサクラの回りが暗くなる。

 こうなった以上、声をかけざるを得ないだろう。


「えっと、覗いていたわけじゃなくて、心配で…」


 サクラは泣いていた。その頬には涙の線が走り、月の明かりで輝く。

 見知らぬ土地にただ一人。言葉も通じず寂しさを慰めるものもない。今晩だけでなく、夜な夜な一人で泣いていたのかもしれない。

 こんなときに何一つ声をかけることのできない自分は何なのだろうか。シズルは思う。

 サクラは袖で涙を何度も拭く。しかし、涙は止まらないようだ。

 シズルは岩場まで行き、サクラの隣に座る。少し距離を空けてだが。


「一人で寂しいだろうが、安心してほしい。王都まで俺たちが守るから。信じてくれ」


 通じないのが分かっていながらもシズルは言う。


「君が誰とか関係ない。言葉も関係ない。君を守らなきゃいけない。そう俺は思うんだ。君の目に俺がどう映ってるのかも分からないけど、それでもこの気持ちは本当だ」


「…?」


 サクラの黒く潤んだ瞳がじっとこちらを見返してくる。目線はそらさない。

 シズルはすっと右手を差し出す。


「約束する」


 差し出した手をサクラは両手でぎゅっと握ってくる。小さく、そして暖かい手だった。


「約束だ」


「…ヤクソク?」


「え…!?」


 サクラが笑う。


「ヤクソク。…イミハ?」


 シズルは小指を立てる。マコトとよくやった約束の仕方だ。

 分かるか不安だったが、サクラが指を絡ませてくる。


「意味、分かったか」


 サクラが頷く。

 この笑顔を守るのだ。シズルはそう誓った。

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