英雄の孫 6話
6話
爆発も雷もいまだに続いている。誰もかもが村ごと燃やし尽くさんとしているかのようだ。
装備を整えシズルが下に降りると例の少女が不安げにたたずんでいた。シズルを観てもその表情は変わらない。
言葉が通じない以上何を言っても仕方が無い。強引に少女の腕を掴むと家の外へと飛び出す。
村は大雨の中にありながらも、紅蓮の炎に包まれ燃えていた。空が赤々と照っている。
ところどころから悲鳴が聞こえる。普段から聞きなれている声であるはずだが、まったく慕わしさを感じない。
「シズル!!」
背後から名前を呼ばれる。振り向くと旅装束のエリスがいた。
「エリス!!無事だったか」
「何とか。お父さんがあなたのところに行けって」
「じいちゃんは村を出て、王都に向かえって言ったままどこかに行っちまった。この子と一緒にな」
シズルの背に隠れていた少女をエリスに見せる。
「だれその子!?」
「説明できるほど知らない。早く逃げるぞ」
エリスが首肯する。目指すは町の外れにある馬屋だ。三人は走り出す。
「うぎゃああああ!!!!助けてくれぇ!!」
そんな声が聞こえたのは村の井戸広場に入ったところだ。
「ザラーグさん!?」
村で唯一道具屋を営む男性だ。気の良いおじさんで売れ残りの薬を分けてもらったことが何度もある。そんな彼は服を真っ赤に染めて地をはい回っている。
後ろの民家から誰かが現れる。真っ黒な鎧を身にまとった騎士だ。抜き身の剣はすでに血が付着しぽたりのとその一滴が落ちる。
その騎士は迷わずサラクの背に剣を突き通す。それだけでザラーグは動かなくなった。その騎士の視線がこちらを向く。途端に突っ込んでくる。鎧を着ている割にはその速度はかなり速い。
「エリス!!彼女を頼む!!」
シズルは剣を抜いて応戦する。重い一撃がシズルの右手を痺れさせる。騎士が続いて剣を振り上げる。唐竹割に降り下ろされては押しきられてしまう。シズルは《気》を自身の足下に集めると思い切り相手の足を払う。騎士は予想外だったのか音を立ててその場に倒れこむ。そのまま一目散に逃げ出す。一人を相手している間に増援が来ては逃げ切れない。
エリス達に追い付いたのは馬屋の直前だった。後ろからは先程の 騎士らしき人物が仲間を連れて追ってきている。距離はあるが馬に乗る時間を考えれば猶予はほとんど無い。
「シズル!!馬屋が…燃えてる」
考えればそれも当然だった。逃げる手段から潰していくのは当たり前だ。
「このまま走るぞ!!」
使えぬものに執着していても仕方ない。危険ではあるがこのまま行くしかない。
村の外に出ると一気に暗くなる。燃え盛る火も届かなくなっていく。
村を出てからしばらく走っていると沿道に馬が二頭繋がれていた。その二頭は見覚えのある鞍を着けていた。
「じいちゃん…」
片方はシズルの馬。もう一頭はマコトの愛馬だった。おそらくこの事態を見越してマコトが二頭だけくくりつけておいたのだろう。
「エリスは俺の馬に乗れ。お前はこっちだ」
少女の腕を引いて馬のところまで引っ張る。馬にまたがったところで少女がおずおずと戸惑っているのに気づいた。馬にすら乗ったことが無いのだろうか。
シズルは無言で手を差し出す。初心者が一人で馬に乗るのは無理がある。
おびえるように差し出された手をシズルが強く掴むと同時に、馬の背に乗せる。そのまま手を自分の腰に巻かせる。
「離すなよ」
すぐさま馬を走らせる。少女が腰を強く掴んでくる。馬上での揺れは傍から見るよりかなり酷い。
「どうやっていくの!?」
後ろから追ってくるエリスが聞く。
「町外れの橋を渡る。あそこが一番の近道だ」
ここから馬ならばたいした距離ではない。だがこの天候だ。どこで地崩れが起きているか分からない。このあたりの地盤は決して強くない。
村から聞こえる爆発音がだんだん遠ざかってくる。今から考えればあれは明らかに《魔法》の力だ。この雨で火薬がまともに使えるはずが無く、爆発を起こせるのは火炎系の《魔法》しかない。襲い掛かってきた騎士といい《魔法》を使った攻撃といい、山賊程度の敵でないのは明らかだ。国軍レベル。そう考える以外無い。問題は攻めてきた理由だが。
「シズル!見えたよ」
前方に古ぼけた石橋が見えてきた。大戦期にかけられたらしいが名前は無い。これを渡り三日ほど走ればこのあたりで一番大きな町に出る。そこまでたどり着ければ王都までの大きな道に出れる。
「さっさと渡ろう。追っ手が来たらやっかいだ」
今のところ追っ手は来ていないが、追いつかれでもしたらすべてが終わる。
後ろの少女がシズルの腰を一段と強く握ってくる。少し震えている。寒さか恐さか。あるいは両方か。言葉の通じない中での急な襲撃。誰かも知らない人間の馬の背に乗せられている。
「大丈夫だ。心配しないで」
言葉が通じないのは分かっているが声をかけてみる。やはり少女は不思議そうな顔でこちらを見る。
そこでシズルは少女に向かって笑ってみせる。言葉は通じなくとも笑うという文化は共通だろう。少女は少しの間うつむいてから。無理やり笑って見せた。出来がいいとはいえないが少しは気が休まったのなら良い。
馬が恐がらないようにゆったりと橋を渡らせていく。深い谷にかかる橋だけあって風は一段と強くなる。馬がおびえた結果谷へまっさかさまというのは避けたい。
真ん中に差し掛かったところで少女に肩を叩かれた。シズルが後ろを見ると少女が前方を指差す。
目を凝らすと、そこには一人の男が立っていた。