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英雄の孫 4話

英雄の孫 4話


 マコトは山賊の死体を検分している。先程放った矢は過たず山賊の命を奪った。違いはマコトの狙った山賊の首が遠くに飛んでいるという点だ。


「…おかしい。装備が充実しすぎている」


 マコトが山賊の剣を手に立ち上がる。


「こいつを見てみろ」


 手渡された剣を抜き放つ。手入れが行き届いており、刃こぼれ一つない。上質な鋼を使っている長剣だ。


「山賊がこんな上等なものを持っているのはまずない。携帯食料も豊富に持っている」


「誰かから奪った?」


「山賊程度にこのような剣を持つ人間が負けるとは考えにくい。何より応戦した跡すらない」


「じゃあ正規軍の」


「いや正規軍はこんな装備で山を歩いたりしない。今みたいに襲われる危険があるからな」


「それじゃあ…」


「先を急ごう。雲行きが怪しくなってきた」


 マコトは馬にまたがる。雲行きがどちらを指すのかは分からない。


 墓地に着く頃には晴れ間がのぞきはじめていた。

 馬を近くの木に結び付けると、そのまま墓地を進む。大して広さはなく墓石が若干並んでいるだけの簡素な場所だ。海が見える開けたところで潮騒がわずかに聞こえる。


「先に行ってこい」


「わかった」


 マコトは森のなかに入っていく花でも摘んでくるのだろう。

 両親の墓石の前に立つ。この下に死体は埋まっていない。二人は都で亡くなったためここまで運ぶことは出来ず向こうで埋葬したらしい。

 両親の面影はすでにはっきりとは思い出せない。シズルが三、四歳の頃にはすでに祖父と二人きりで暮らしていたため、ぼんやりとしか思い出せない。

 ただやわらかな感覚だけが体に残っている。それがほぼ唯一の両親との記憶だ。


「ああ、じいちゃん」


 戻ってきたマコトの顔は厳しかった。いや辛そうというほうが正確だろうか。憔悴した雰囲気を感じるのはめずらしいことだ。


「…じいちゃん?」


「花は…散っておったよ」


 それだけ言うとマコトは墓前で手を合わせる。シズルもそれに倣う。マコト特有の使者を悼む仕草だ。


「…阿弥…仏…南無…阿…」


 マコトは何かつぶやいているがシズルには聞き取れ無い言葉だった。

 ごう、と風が吹く。浜風だ。潮の臭いが鼻腔をくすぐる。


「帰ろうか。帰って畑を見よう」


「うむ…」


 先にシズルが馬に跨がる。マコトがひどく緩慢な動作で続く。


「どうしたの?」


「……わからん」


 マコトが馬を走らせる。

 マコトは分からないと言ったが、何が分からないのかは本人も分かっていないような口振りだった。シズルには何かに焦っている様に見えた。

 置いていかれるわけにもいかず、シズルも馬を走らせる。

 追い付いてからしばらくは二人とも黙っていたが、雨が再び振りだした頃にマコトが口を開いた。


「忘れ物をした。先に帰ってろ」


「……うん」


 当然忘れ物など無かったはずだが、マコトの厳しい口調にシズルは頷くしかなかった。


「気を付けて…」


 マコトはその言葉を聞き終わらないうちに、一目散にもと来た道を引き返していく。

 何かがおかしい。

 あのようなマコトを見るのははじめてだ。

 しばらくして大粒の雨が降り始めた。風も強く手綱を握っている手に容赦なく 雨粒が叩きつけられる。シズルは一瞬迷ったが、村への道を進むことを決める。言いつけを守るという自覚はなかったが、待っていても体調を崩すだけだ。そう自分を納得させてようやく進む決心がついた。


 シズルが村に着いた頃嵐は勢いを増していた。外にはまだ早い時間だが誰もいない。この天候では作業のしようがない。

 家に入って急いで濡れた服と汚れたブーツを脱ぐ。そのまま着替えを手に火の前へと進む。予想以上に体が冷えていたらしく体の内部まで暖まるような錯覚まで感じる。

 窓から今来た道を見る。マコトの姿はない。忘れ物を取りに行ったわりには時間がかかりすぎている。何かの面倒に巻き込まれたか。だがマコトなら大抵のアクシデントは問題にならない。


「じいちゃん…」


 そう呟いても不安は消えない。結局その日の夕食は一人でとることになった。


 夕食が終わり、片付けをしているときだった。妙な胸騒ぎがしてふと窓のそばに寄る。

 その時大きな震動と強烈な光がシズルを包んだ。そのすぐ耳が壊れんばかりの大音響が襲いかかる。雷だ。村のかなり近くに落ちたらしい。

 先程まで雨音と風しか聞こえていなかったので、完全に虚をつかれてしまった。


「ひどい天気だ…」


 マコトの姿はまだ見えない。夜が明けても 帰ってこなかったら村長に相談しよう。そう考えシズルは寝床に着いた。


 しばらくまどろんでいると、玄関が荒々しく開けられる音が聞こえた。

 マコトだろうか。シズルは部屋を出る。そこにいたのはやはりマコトだった。

 ただマコトはその肩に見知らぬ女性を担いでいた。

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