英雄の孫 2話
2話
翌日も雨だった。雨足は大分弱まり、外出はなんとかできそうだ。
シズルは寝床から出ると汗ばんだ下着を替える。着替え終わってから小便をしに外へ出る。
昨日の大雨で地面はかなりぬかるんでおり、シズルの履物を汚した。
用を済ますと置いてあった手水で手を洗い、部屋に戻る。
そこでは祖父が朝食を並べていた。
「おはよう」
マコトは頷く。どこか具合が悪そうだ。シズルも食器を棚から取り出し、テーブルに並べていく。
「今日はいつ行こうか」
パンをむしりながらシズルが尋ねる。
「そうだな…昼にはもう一山来そうだ。食べたらすぐに行こう」
「うん」
塩辛い狼の干肉を食べ終えると、シズルは部屋へ戻り外出の準備を始める。
墓地までは少し距離がある。魔物は数が減ったといえどいまだにあちこちで出没している。道中出くわす危険もある。
祖父から送られた刃渡り六十センチほどの剣と、これまたお下がりの質素な弓矢を身につける。
窓の外を見ると真っ黒な雲が遠くに見えた。また嵐が来る。そう感じさせる空模様だった。
シズルは栗色の髪を掻き上げた。
二人は家を出る。
地面はかなりぬかるんでおり、踏む感触が心地よくもあり不快でもある。
厩舎に向かって歩く途中一人の女性がこちらに向かって歩いてくる。
小麦色に輝く癖のある長髪を後ろでまとめている。その小顔は化粧っけこそないが、若さ相応の艶を湛えている。大きな栗色の目と視線が合う。
「シズル、おはよう」
「おはよう、エリス」
エリス・ローゼンバーグ。この村の大地主の一人娘だ。
「昨日は大丈夫だった?私たちはあの後かなり大変だったんだよ」
「うん、たいして被害はなかったよ」
昨日川を渡る際に見かけたのは彼女たちだった。
「今から狩りにでも行くの?」
エリスは二人の服装を見て言う。
「ううん、墓参り」
「あ、そっか。今日だっけ」
「そういうわけでエリスさん。今日の道場はお休みじゃ。また明後日に」
「はぁい。残念だな。今日こそシズルから一本とれると思ったのに」
エリスは身長も高く、華奢に見られるが実際はそれなりに筋肉質で、その拳法はマコトの折り紙付きだった。
マコトは農作業、牧畜のかたわら村の中で道場を開いている。とはいえ、金を取るわけでなくただの道楽という一面が強い。ただし、英雄が開く道場ということで、修業をしにもしくは道場破りに遠方からも人がたまに訪れる。
その門下生の中でもシズルは師範代を任されるぐらいの実力を持ち、エリスもそれに継ぐほどの実力を持っている。
「それじゃまたね」
「ああ、また」
エリスはそのままもと来た道を戻る。家で仕事があるのだろう。
シズルとマコトも厩舎に向けて歩きだす。
「一本取られそうか?」
「さあ。普通にやれば負ける気はしないかな」
「ずいぶん自信があるんだな」
「まあ…」
「それもそうか」
厩舎に着くとそれぞれ自分の馬に鞍を乗せ、荷物を積み込む。
この村では厩舎は村全員で管理することになっている。もとは英主ルーツの考えた政策の一つで、それをマコトが実際に行った。
持ち馬はそれぞれ決まっていて、シズルは数年前に自分で捕まえた若馬。マコトは昔の愛馬が生んだという悍馬にまたがっている。一度シズルも乗せてもらったが一分も経たずに振り落とされてしまった。
若馬にまたがり轡を操る。そして姿勢良く、背筋を伸ばす。馬に嘗められないようにすることが重要で、気位の高い馬には特にそれが言える。
「振り落とされるなよ」
マコトは年に見合わないほど姿勢が良い。これも若く見られる要因なのだろう。
「十歳の頃とは違うよ」
「どうだかな」
マコトが馬に拍車を掛け、勢い良く走りだす。それにおいて行かれないようにシズルも急ぐ。前髪が風を受けて舞い上がり、額に風がぶつかる。目が細まる。墓地までは二時間ほどだ。