英雄の孫 11話
すこし短いですが
十一話
階段を誰かが駆け昇ってくる。
寝床でそれに気づくと、シズルは体を起こす。ドアに一番近いのはシズルで、奥にサクラとエリスが寝ている。
シズルの向こう側で誰かが体を起こす。恐らくクシィだろう。シズルは油断なく剣を手に取る。
扉が勢いよく開かれると同時に黒い塊が突っ込んでくる。切っ先がきらめく。
すぐに行き先を阻むように動く。相手はそれを認めると真っ直ぐに突きを繰り出す。それを横に避けつつ下から剣を払いあげる。甲高い音が響き、短刀が床に落ちる。
相手が狼狽している隙をついて剣の柄でその鼻柱を叩き潰す。その痛みに耐えかねてか、相手が尻餅をつく。その隙に切っ先を相手の喉元に向かわせる。
「何者だ!」
ようやくサクラが起きてくる。エリスはすでに立ち上がりサクラを庇うようにしている。
相手はしばらく鼻を押さえながら悶絶していたが、痛みが引いてきたのかシズルの方へ目を向ける。
「てめぇは…何でまたここにいやがんだ!」
「また?」
だんだんと男の風貌が見えてくる。最初頭にはなにか頭巾でもしているのかと思えば、その頭は見事な禿げ頭だ。体躯も大きく、座り込んでいる今でもかなりの大きさを感じる。
「お前は昼間の酒場の…」
「どうやら狙いは私だったようだな」
クシィが男の後ろから声をかける。
「ちくしょう。やっぱりグルだったんじゃねえか」
「これは偶然だ。私と彼らは関係ない」
冷たい声でクシィは言う。
「闇討ちなど…正面からかかってくればいいものを」
「うるせえ化け物女!」
シズルはふと何かを感じた。肌を逆撫でされるような嫌な感覚。悪寒だ。なぜ感じるのかすぐには分からなかった。
「化け物…だと」
クシィの声だ。嫌になるほど感情を押さえた声。そこには怒りと絶望があった。
この寒気はクシィの感情だ。それが空間に満ち満ちている。禿げ頭から冷や汗がすっと流れる。
急に後方で音が弾ける。そうとしか形容できない爆音だった。
シズルは窓際に駆け寄る。外では大きな建物、恐らく兵士たちの詰所だろう、そこから赤黒い炎が黒煙と共にどろどろと流れ出ていた。
「なんなの、これ…」
「エリス、すぐに町から出るぞ。準備しろ」
一瞬戸惑うような表情をしたがエリスがすぐに身支度を始める。サクラに目配せする。
「逃げる準備をしろ」
意味がわかったのかすぐに手近にあるものを鞄につめだす。
「おい、待て。何が起こっている」
クシィが言う。男も説明してほしそうにこちらを見る。
「誰が何をしているのかは知りません。けど今が危険な状況なのは確かです。すぐに次の町に向かわないと」
「…なにやら面倒なことに巻き込まれているようだな」
「ええ、それでは。ご無事で」
シズルは二人の準備ができたのを確認してから、部屋からでる。急がないとどうなるか分かったものではない。
まずは馬を手にいれなくてはならない。
「おい、貴様」
シズルたちの去った後、クシィと禿げ頭の残ったへや。クシィの冷たい声が響く。
「ひ、ひぃ!!」
男の喉元には槍の穂先が一片のゆとりなく突き出されている。仮面で目線は分からないが冷徹な雰囲気は感じることができる。
「私は彼らを追う。ついてこい」
「な、何で、俺が!」
「貴様は私を怒らせた。そしてここでお前を刺し殺して逃げるのもできる。実際に私はそうしたいと願っている。しかし私は今人手がいる。言っている意味は分かるな」
「な、何をさせる気だ…」
「大したことではない。じっとしていろ」
クシィは縄を取り出す。頑丈そうな荒縄だ。
「付き合ってもらうぞ」