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英雄の孫 10話

10話


 叫んでいたのは禿げ頭の男だ。かなりの巨漢。低く見積もっても2メートルはある。服装からしてまともな職業についていないのがわかる。大方山賊か賞金稼ぎ崩れだろう。回りにはその子分らしき男達が数人たむろしている。

 彼らは輪になって二人の女性を囲んでいる。一人はこの店の従業員らしき娘だ。まだ二十歳にもなっていないだろう。そばかすばかり顔に荒れた手をしていて、その生活の厳しさが分かる。

 もう一人はシズルも見知った女だった。


「途中で割り込んできやがって」


「彼女は嫌がっていたでしょう」


「だから、なんだってんだ。変な仮面しやがって。てめえみたいなのに用はねえんだよ」


 声で確信がもてた。やはり「彼女」だ。


「マスター」


「物は壊さないで欲しいが。まあ、無理だろうな。日常茶飯事だよあいつらが暴れるのは」


「有名なんですか」


「悪い方でな」


 早速グラスの割れる音が聞こえてくる。

 あのような手合いは無視して通りすぎるのが一番良い。彼らとて犯罪をして、臭い飯を食いたくはないため、表立っては何かをするつもりはない。ただその場その場で楽しく生きたいと思ってる連中がああなっていく。今回だって精々あの少女にちょっかいを出していただけだろう。そこを変につつくからこういう面倒な事態になる。


「あなた達みたいな人がいると迷惑なのよ。早くここから出ていって」


「てめぇ…」


 男達が殺気だっている。今にも腰のナイフに手を伸ばしそうだ。

 店内は静寂に包まれ、全員の視線が彼らに向けられている。警備を呼びに行ったものもいるようだが、一向に現れる気配はない。

 ここで、どうするか。悩みどころだった。

 顔見知りを見捨てるのは具合が悪い。かといって、ここで横から割り込んだところで、意味がない。最適なタイミングで横から割り込む必要がある。それを待つほか無い。


「おい、女。自分が何を言ったか分かってるんだろうな」


「どういう意味よ」


「この人を怒らせない方が良いって言ってんだ。怪我じゃすまなくなるぜ」


「古びた台詞ね。頭が足りないわよ」


 安い挑発だったが、効果はあったらしい。クシィの背後に回った男がナイフに手を伸ばす。さらに、見えづらいがその横にいる男もナイフを握っているようだ。


「そのナイフを抜いたら、あなた達が怪我ですまなくなるわよ」


 クシィの声が凛と響く。

 背後に居た二人の動作に気づいたのには少し驚いた。


「そのまま出ていくなら良いわ。でも、まだ何かするのなら容赦はできない」


 圧倒的に不利なのはクシィの方だ。だが、男たちは微動だにできない。そうさせる何かがあった。

 シズルは正直なところ驚いた。雰囲気は確かにあったが、目の前でそれを見せられるとどこか違和感を感じずにはいられない。

 誰も動かず、何の音もない。緊張が広がっていく。

 男達が音もなくクシィを囲むように動く。クシィも気付いてはいるようだが、特別制止はしない。

 そろそろ頃合か。


「おやじさん、ごめん」


 小声で言うと近くにあった陶器のグラスをテーブルから払い除けるようにして落とす。

 乾いた甲高い音が響き、酒場の視線がすべてそこに集まる。二人を除いて。

 クシィの反応は見事だった。まず後ろの男のみぞおちに肘を思いきりいれる。鎧の肘あては鉄製だ。効き目は高い。そのままクシィはすぐ後ろのテーブルにあった酒瓶を手に取ると、右にいた男の頭に叩きつける。瓶は割れ、茶色の液体が木の床に広がる。

 それを一呼吸で済ますと、即座に男たちと距離をおく。ようやく仲間がやられたことに気づいた男たちや他の客達が騒ぎだす。

 シズルもそれに合わせて位置を変える。積極的に何かをする必要はないが、せめて後ろからの攻撃や武器を持ち出した相手からは守ろう。そう決めてクシィの動きを見る。

 クシィは拳を振り上げた男の攻撃をかわすと手甲のまま鼻面に拳を叩き込む。鼻がつぶれそこから鮮血が吹き出す。当分動けないだろう。

 その調子で瞬く間に四人片付けたところで、背後に回っていた男がナイフに手を伸ばす。シズルの出番だ。男の襟口をつかんでこちらを向かせると、無防備な顎めがけて拳を振り上げる。男の体は一瞬宙に浮き、そのまま動かなくなる。他の男たちはようやく女に仲間らしき人物が居ることに気づきこちらにも意識を向ける。すでに人数は五人にまで減っていたが首領格の男はまだ健在だ。


「なんだ、てめぇは!!」


 名乗ることなくシズルは店の入り口に向け歩く。帰るわけではなく、男たちに少し聞きたいことがあったからだ。途中で逃げられてはつまらない。

 そうこうしているうちにクシィは二人を倒し、首領格の男に近づく。残り二人は怖気づいてここまでまともなダメージはくっていないようだ。予想以上の強さだ。これなら助けはいらなかっただろう。


「なにもんだ!」


「あなたに名乗る名前はないわ」


 クシィの足が延びたかと思うと、その足は絡み付くように、相手の禿頭に爪先を叩きつける。

 それですべてが片付いたようだった。


「ありがとう。助かったわ」


クシィが近寄ってくる。


「礼なんか言われてもな」


「でも助けてほしいなんて言ってないわ」


「は…?」


「一人でもなんとかできた。善意でやってくれたのかもしれないけど、あれは私が選んでやったことよ」


 クシィはまた一歩近づいてくる。いや詰め寄ってきたというべきか、


「だから、恩を着せたなんて思わないで。あなたと私は偶然にも、偶然一緒の宿に止まることになっただけよ。だから…」


「……だから?」


「だから、あまり近づかないで」


 そう言ってクシィは酒場から出ていった。あとにはシズルだけが残される。店主もすでにどこか行ってしまったようだ。


「さてと…」


 そこにはおびえきった一人の男がしゃがみこんでいた。


「聞きたいことがあるんだが…いいかな」




「それで今で片付けを手伝ってたの?」


「ああ、まあな」


エリスのため息混じりの声が聞こえる。


「お人好しというか、なんというか…」


 サクラが心配そうな目でこちらを見てくるので、何でもないと首を降る。安心したように手元の紙と再び目をやる。


「どんな言葉教えてるんだ」


「簡単なのよ。意思疏通に役立ちそうな単語とか数字とかね」


「ゼロ、イチ、ニ、サ、サン…ヨシ…?」


「ヨシじゃない4だよ。4」


「ヨン?」


「うん」


「ヨン…ヨン」


「あまり、のんびりともしてられないかな」


 シズルは着ていた厚手の服と靴を脱ぎ、自分のベッドに入る。


「もう寝るの?」


 エリスは旅装こそ解いてはいるもののまだ寝るような服装でもない。


「何があるか分からないからな。それに少し疲れた」


 酒も少量ながら摂ったためか少し頭の働きがにぶい。早速目を閉じる。


「まったく。勝手なんだから」


 そんなエリスの声もはっきりとしないままシズルは眠りに入った。

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