プロローグ
世界には、「七つの海」と呼ばれる海が存在する。ここはその海の一つ、「アラビア海」。ペルシア湾や紅海に面した、世界一貿易が活発な海である。
……商売あるところ、必ず奴らがやってくる。
ほら、聞こえるだろう?
大砲の音が
帆のなびく音が
そしてほら、見えるだろう?
高く掲げられた、ジョリー・ロジャーが――――
アラビア海からマンダブ海峡を通り、紅海に入る。キリスト教メッカの脇を通り過ぎ、シナイ半島に近づくと、地中海へと続くスエズ運河が見えてくる。
そのスエズを越えたところのナイル川の河口、ポートサイトの港の桟橋に一人の少女が座っていた。
すでに満潮になりかけているのか、少女の足はつま先だけ海に浸っている。
彼女の名はシャンドラ。この港近くにある別荘に住むフランス人だ。
「シャンドラ、シャンドラ。またこんなところにいたのかい」
「おとうさま」
シャンドラは自分を呼ぶ声で振り返った。フランス海軍総督である父、ドラス・ミルドンである。
「ここはもうすぐ潮が満ちてあぶない。さあ、おうちへ帰ろう」
「でも……」
シャンドラは不満そうに港へ目を戻した。
「わたし、もう少しここにいるわ。お願い、おとうさま」
「仕方ない……少しだけだよ」
「はい、おとうさま」
シャンドラは何を思うか、ずっと遥かかなたにある水平線を見つめている。
ドラスはそんな娘のシルエットを見ながら、いつしか以前海賊にさらわれた愛しき妻の姿を重ねていた。
シャンドラもまた、決して帰ってくることのない母を待っているのだろうか。
港の夜は、更けていった...