星が生まれた日
小さい頃、母にこうきいた。
「ねぇ、何でうちにはお父さんがいないの?」
すると、母は悲しそうな目をして微笑んで、口を開いた。
「お父さんはね、お空にいるの。お空のお星様になって、いつも綾のこと見守ってくれてるんだよ」
そう言って、星空を指差した。
「ふーん」
その時は、小さかったからそう言われたけど、本当は、父は私が生まれてすぐに事故で亡くなったらしい。
そんなことは全く知らずに、私は夜空に輝く星を見て母に言った。
「お星様、きれいね。お父さん、とってもきれいね」
母は、それをきいて、涙を流していた。
その理由は、分からなかった。
でも、その時の私は、人が死ぬこととか、命の重さなんて、知らないようなものだったから、手を伸ばしても届かない夜空に行くことができて、そこで光輝く星になれた父を、とても羨ましく思っていた。
十数年経った今、あの時泣いていた母の気持ちが分かる瞬間がきた。
母が、死んだのだ。
もともと身体が弱くて、二、三年前から入退院を繰り返していた。それが、半年前から医師に退院の目処が立たないと言われ、病院に入り浸りの生活になった。そして、昨日、私の仕事場に母が急変したと連絡が入り、病院に向かったら、母が息を引き取った後だった。
悲しみに暮れる前に、私には、やることがあった。 母の死を親戚に伝えなければならないのだ。
そして、葬儀の準備など、やらなければならないことが、たくさんあった。
喪主は私だった。
今まで、法事は何回かあったけど、葬儀なんて初めてだったから、何をしたらいいかよく分からなくて、叔母夫婦に色々と手伝ってもらいながら準備をした。
通夜には、今まで交流のあった父の兄弟の家族などの親戚や母が働いていた時の同じ職場の人が参列した。
それもまた、私は弔問客への対応があって、精一杯の状態だった。
通夜が終わり、弔問客は帰って行った。親戚で葬儀屋の用意してあった寿司を摘み、その後暫くして父の兄弟の家族、母の兄弟の家族も帰って行った。
「じゃあ、明日、私達は早めにくるからね」
帰りぎわに斎場の出入口のところで叔母がそう言った。
「綾ちゃん、大変だろうけど、気をしっかりね」
「はい。おやすみなさい」
私は、軽く会釈をして、叔母夫婦を見送った。
疲れた…。本当に疲れた。息をつくと、十一月の空気の中に白く広がった。
寒さが身に染みて、腕をさすった。
ふと、夜空を見上げると、今夜は晴れていて、星が夜空に広がっていた。
その瞬く星たちを見て、小さい頃のことを思い出した。
年を重ねるにつれて、昔、母が言っていたことは、小さな子供に父親が死んだということをストレートに伝えないための言い回しなのだと思うようになった。あれは、本当のことじゃないんだ、と…。
でもなぜか今は、違っていた。
あの星空の中に、母はいるのだろうかと、そう考えている自分がいる。
そして、何の意識もないのに、涙が溢れた。上を向いているというのに、涙はこぼれて頬を伝った。
あの時の、母の涙の理由が分かった気がした。きっと、今の私のこの涙と同じだ。
もし、本当に死んだ人が星になるのだというのなら、あの星の輝きは、なんて寂しいものなんだろう。
いくら綺麗に輝いていても、それはなんて悲しいものなんだろう。
手の届かない夜空に行けるということは、もう会えないところに行ってしまうということだ。
大切な人が死ぬということは、そういうことなんだ。言い様のない感情込み上げて、募っていく。
母も、父が居なくなった時、こういう思いをしたに違いない。私は、覚えていないから、母は、一人で抱えていたんだろうか…。
「お母さん…」
私は、夜空に向かって呼び掛けた。
産んでくれて、ありがとう。
たった一人で、寂しかったのに、たった一人で、私を今まで育ててくれて、ありがとう。
私、やっと一人で働けるようになったのに、お母さんに何も返せないままで、ごめんね…。
どうか、お母さんが死んだその瞬間に、夜空に新しい星が生まれていてくれますように――
そして、それは、お父さんのそばでありますように――
お母さん…
どうか…夜空で、綺麗に輝いていてください――