出発駅
とある繁華街の真ん中、とある駅のホームに電車が停車して大きな溜息をつく。
”プシュー。”
そうして開いた口の中へ空気の代わりに吸い込まれていく人々。
それとまた同じ列に並び、同じスピードで仕事終わりの彼女も疲れきった顔をして電車に乗り込んだ。
いつもと同じ最終電車、いつもと同じ席に着く。
同じ車両に乗り込んだ人は少なく、それも駅に着くたびに一人減り、二人減り、やがていなくなっていく。
電車が止まるたびに出発を告げるベルの音が決まったタイミングでけたたましく鳴る。それはドアに遮られ、くぐもって小さくなり、ぷつりと途絶える。ゴトリ、と大きく揺れて動き出した街の光。
段々、街灯とネオンに照らされていた景色が遠ざかると夜の華やかさが薄れ、外は夜の闇に覆い尽くされていく。暗い窓の中に映る明るい車内。座っている彼女は彼女自身と目が合った。
窓の中の世界は鏡の世界と違って現実味がない。淡く歪んだ偽者の世界。彼女は生気のない顔に自嘲に似た微笑みを浮かべた。
彼女は座席に全身を預け、荷物を投げ出し、俯いた。
虚ろに掌を見つめている目には涙が滲み潤んでいるが、溢れ出てくることはなかった。
もうずっと泣いていない。最後に声を出して笑ったのがいつだったかも思い出せないくらいだ。静かに脈打つ心臓の鼓動が高鳴るような出来事はもう何も存在しないような気さえしてきていた。そしてそれを悲しいと思う心さえ疲れ果てた。
低い男性の声の車内アナウンスと電車の音が重なり合いながら車内に響く。
「これよりトンネルを通過します。」
その声はどこか遠く、自分とは関係ないことのような気がした。だけど、その言葉を頭ですっかり飲み込んでしまってからふと疑問に思った。 この電車が通る道にトンネルなんてあっただろうか。
まさか行き先の違う電車に乗り込んでいたのか?そんなはずはない。これは最終電車なのだ。行き先が変わるはずがない。
不安を感じた彼女が外の景色を見て今いる場所を確かめようと視線を上げた瞬間、車内の明かりが一斉に消え、同時に電車の揺れもピタリと止まった。
窓の外は相変わらず暗闇だったが、不思議なことに胸騒ぎも、恐ろしさも感じなかった。
無数の小さな光がまるで蛍のように明滅して車内を照らしていたからだ。その優しい煌めきに懐かしささえ覚える。やがてその光は何かに吸い寄せられるように窓から車内に飛び込んできた。どこかで見覚えのある小さな光たちに包まれて手を伸ばした彼女は気付いた。
これは、星だ。




