第三十二 終わりと始まり
「封ッ」
そう叫んだとき、私は確かに声を聞いた。
『代償はお前の記憶だ。それでもいいんだな』
底から響いてくるようなその声は、どこかで聞いたことがあるような声だった気がする。私は即答した。
「いい」
気がついたときには、周囲が真っ暗闇になっている変な所に立っていた。しかも妙に寒いし寂しい場所だ。絶対現実世界じゃないし。
『よかろう。これより“空の珠”はお前に仕える。他の二つの玉は、それぞれの主を選ぶだろう』
「その選ばれた二人も記憶がなくなるのか!?」
声を荒げて詰め寄る。珠を使ったのは自分なんだ。選らばれた二人が記憶を取られるなんて理不尽すぎる。
『いいや。記憶がなくなるのはお前だけだ』
ほっと安堵のため息をつき、首にかけといたネックレスを取り出す。この戦いの前に親友全員と写真を撮った。その写真を切り取り、ロケットに入れておいたのだ。
『未契約のものが我を使うと記憶がなくなる。お前にとって一番大切な記憶をな。そこらへんは覚悟しとけ』
「記憶って・・・自分の事も忘れんの?」
『いいや。友の事だけ忘れる』
「何でそんな限定的なんだよ」
優香は微苦笑を浮かべつつ問う。友達の事だけ忘れるとかきついんですけど。記憶に空白が出来んじゃん。
『はぁ~。いいか。三つのたまにはそれぞれ代償がある。記憶、感情そして体力。ここまではわかるな』
わざとらしいため息と共に呆れた声で説明してくれる。姿が見えないのが残念だ。見えてたら顔が原形留めなくなるまで殴ってやるのに。
心底から残念がっている優香を尻目に、説明は続く。
『そしてその中でも特に大切なものをもらうんだ。お前の場合は友と過ごした記憶って訳。わかったか』
「だいたいは。・・・・・記憶って一生戻んないのか?」
優香は少し寂しそうに笑う。ずっとあいつ等の事友とわからないまま生涯を終えるのはちょっと嫌だな。
『戻る時もあるし戻らない時もある』
「曖昧だな」
それでも戻る可能性があるのは嬉しかった。ちょっと迷ってから言ってみた。
「あいつ等の名前だけ・・・・・・・記憶の隅に残しといちゃくれないかい?」
『・・・・・・まぁいいだろう。特別だぞ』
「さっすが。話がわかるね」
わざと軽い口調で言ってみる。うん。我ながら完璧だ。優香は目を閉じる。今までの友との記憶が走馬灯のように流れて、消えていく。頬に温かいものが伝う。柄にもなく泣いているようだ。
『お前を元の世界に帰そう』
ゆっくり目を開け、空に手を伸ばす。その手の隙間を記憶が進んでいく。
「さよなら」
『あぁ。言い忘れていたが。どこに落ちるかわかんないからそこらへん要注意な』
「先に言っとけよ~!!」
あ~らら。せっかくいい終り方だったのに・・・台無しだね。優香は自分のエコーした声に見送られながら消えていった。
――――――――もう一つだけ、お願いしていいか?
――――――――なんだ。
――――――――私の記憶が消えた経緯をあいつ等に教えて欲しい。あいつ等の事、私の記憶から消えちゃうからさ。酷い事とか、言うかもしれないから。フォローして欲しい。頼む。
――――――――わかった
「報告は他にないか?」
「はっ、もう一つだけ。火の後継者様、水の後継者様、雷の後継者様、連夜様、そして克弥様と闇の彩夜がいぜん行方不明です」
「そうか。下がっていいぞ」
緋寒の声と共に兵が去っていく。ここは最高指揮官室。部屋主はいない。
「まだ見つからないんですか?」
竜也は凪を抱きしめつつ訊ねる。緋寒が黙したまま何も言わない。竜也は重いため息をつく。あの戦いの日に珠に吸い込まれて以来、目撃情報はおろか行方すら掴めないまま。四カ国と闇が協力して捜索しているが、それは希望を打ち砕くだけだった。
「ここまで情報がないと探しようがな」
聖藍も苦渋の表情だ。こんなことは今までなかったので皆どうすればいいのかわからないのだ。緋寒が自分のわかる限りの事を説明する。
「三つの珠のどれかを未契約のものが使うと、“空の珠”を使ったものは記憶を、“海の珠”を使ったものは感情を、“地の珠”を使ったものは力を代償として差し出さなければならない。そして珠の中でそのやり取りをやる」
ということは、優香は三つの珠のどれかを使い、珠の中に吸収されたってことか?いまいち現実味に欠けるけど、まぁ納得する他ないみたい。
「記憶って何もかもを忘れるって事?」
燈架が恐る恐る訊ねる。緋寒は難しそうに眉根を寄せ
「それはなんとも言えん。なんせ今まで未契約で使った例がないからな。わからないんだ」
優也が遠慮がちに手をあげて
「え~と。珠に吸収された人はいつ現世に戻ってくるんですか?」
「もっともな疑問だな」
緋寒がうんうんと頷き、横に目配せをする。すると風華が立ち上がり、古いぼろぼろの焼け焦げた跡のある本を優也に放る。優也はその本を両手でお手玉しながらなんとか掴む。ほっとため息をつき、本をまじまじと見つめる。近くで見るとより一層年季の入った本だ。表紙は三つの珠が三角形になっているのかな?これが一体なんだというのだろうか。
「あの・・・」
優也が困ったような首を傾げる。これをどうしたらいいのだろう。緋寒が「まぁとにかく開けてみろ」と言ったので、ページを捲る。凪達も集まっていく。
ページを捲ると、1三珠、2“空の珠”、3“・・の珠”、4“地・・・”という目次があった。もう一ページ捲ると三珠についての説明が書かれている。
「これって・・・」
珠についての説明書か。所々破れたり擦れたりしていて大変読みにくいが。
「“空の珠”のとこ見せろ」
竜也が身を乗り出し、優也に指示する。優也は慌ててページを捲っていく。
「これだ。さっきのより更にぼろぼろだ。焼け焦げてるし、敗れてるし所々途切れてる。これじゃあ知りたいとこ知れるか心配だな。いつの時代の本なんだろう。ここまでぼろぼろになるなんて」
「そんな事はいいからさっさと読めるとこ読んで!」
「すみませんっ」
凪に怒鳴られ、ヒィィと悲鳴を上げながら必死に読んでいく。
「えっと・・・契約に至るまで、かな?
“空の珠”は時にあらゆる天候を・・・り、時にあらゆるも・・・・・かす脅威と・・珠で・・。この珠を従えるには、契約をしなくてはならない。契約・至るに・血の証・・・さなければ・・・い。
・・証を示さなければならない・・、この“空の・・”を持つに相応しいか・・るため。・・・しくない者は・・・ここは読めないな」
読める部分だけ読み上げていた優也が最後の方で眉をひそめる。最後は焼け焦げていてまったく読めない。
「いいから次を」
守弥に急かされ、優也は読めそうなとこを探す。生憎この続きは破られていてない。隣のページを見ると
「未契約者が珠を使・・場・・?」
「そこだ!読んで」
燈架が興奮を隠し切れない声で言う。優也は文章に目を走らせる。
「未契約者・“・・・珠”・使った・・・。珠に呑まれ、珠の中で契約を執・・・・・。契約を・・行うにあた・・、未契・・・・は代償・・・出さな・・・なら・・。“空の珠”・・合は、記憶、“海の・・”の場合は・・情、“・・珠”の・・・・、力。
その中でも、“・・・珠”は未・・・・・・にとって大切な・・・記・・を、“海の珠”は未契約者にとって大事な感情を、“地の珠”は未契約者に・・・一番必要な・・・を差し出すことになる、だって。いつここに戻ってくるか書いてないね」
「役に立たない本だな」
舌打ちして竜也は床を殴りつける。凪は暗い顔で部屋の隅に座り込む。ちゃっと怖い。燈架は今にも「役立たず」と言わんばかりの顔で本を睨みつける。守弥はどうしたものかと考え込む。優也は他にも何か書いてないか必死に読み進めているが、その後はほとんど読めないか破れているかだった。
「ぁ・・・・・っ・・」
優也は食い入るようにその文章を見つめる。そこだけ破れてはいなかった。擦れて読みにくい字はたくさんあるが。
これは・・・もしかして。
「皆、これ違うかな?」
「読んでみて」
まったく期待してない声で促す竜也。凪は物凄い勢いで走り寄ってくる。
「読むね。最後に、未契約者が珠を使って珠の中で契約を終え、現世に出てくる際に時間に歪みが出来る。その歪みは一年~三年にかけて生んじ、未契約者が一年から三年のいつに戻ってくるかは誰にも予測できない。って」
「一年から三年」
「今日は丁度一年・・・」
この場にいる全員の脳裏に同じ考えが宿った。すぐに行動に移す。
「今すぐ光と闇の全土を探せ!それからあの森の向こうっ、禁断の森の向こうにある国々にも応援要請をかけろ。今すぐだ!!」
次回から新章が始まります。タイトルは三珠の社と記憶を探す旅です。
お楽しみに