第二十八話 寝起きの二人にご注意を
時刻は八時四十五分。花火まで残り十五分を切った。そろそろ緋寒がこの月に生まれた者達を集め始める頃だろう。凪はらしくもなく緊張してるらしくせわしなく視線を左右にさ迷わせている。
「緊張すんなって。こんなの毎年あるじゃんか」
腕組して馬鹿にしたように笑う。さっきまでの毒舌はどこへやら。竜也と美麗と優也が凪の緊張を解そうとしているがまったく効果がない。
『凪。そろそろ出番だ。いい加減腹を括れ』
満潤がそう諭すが、顔色が更に悪くなっただけだった。
『おい。ホントに大丈夫か?』
眠そうに凪の膝の上で丸くなっていた一架にまで心配される始末。克弥が小声で
「こいつって人前に立つのダメなの?」
「そうなんだよ。親しい人以外とはあんまり・・・・」
同じく小声で返す燈架。守弥は皮肉っぽく
「兄さんには理解できないでしょうね。人の前に立つことを嫌がる人の気持ちなんて」
「あぁ、わかんねぇよ。あんな奴らジャガイモの袋詰めとか思っときゃいいんだよ」
忌々しそうに吐き捨てる。こいつとは昔っからそりが合わなかった。合わせる気はこれっぽっちもないけど。
そうこうしているうちに緋寒の声で《今から名を呼ばれたものは前に来ること》という放送が入った。耳を澄ませると聞いた事ない名前が呼ばれていく。
《曙 克弥》
「お前って曙っていう苗字だったんだ」
竜也が克弥にそう言うと
「そっ。俺は曙 克弥って言う名前なんだよ」
「そうだったんだ。そういえば私達の苗字知らないよね?私は暁 優香っていうんだ」
時間を確認しながら適当に名乗る優香。連夜は「俺は教えない」と素っ気無く呟く。
「なんだよ。けち~」
子供のように頬を膨らませる克弥。連夜は凪より冷たい声で「けちで結構。視界から失せろ」
「連夜君こわ~い」
わざとらしくおどけた声を出す克弥。何故か無性に殴りたくなってくるのは私だけだろうか。優香がイライラしながらそんな事を考えていると、凪達もフルネームを教えていく。
「私は浅緑 美麗っていいます~」
「俺は蒼翠 優也です。えっと・・・・・よろしく?」
「なに疑問符付けてるの?私は東雲 燈架っていうんだ。今後もよろしく。ほら、竜も自己紹介しな」
「ちっ。蒼天 竜也。仲良くしなくていいから。てか今すぐ俺のフルネーム忘れろ」
舌打ちしながらも嫌々名乗った竜也の肩に寄り掛かり、克弥は実に気安く「つれないこと言うなよ。仲良くしようぜ、竜ちゃん」
「「竜ちゃん!?」」
全員腹を抱え笑い転げてる。もちろん本人を除く。竜也は額に青筋を浮かべつつぞっとするぐらい恐ろしい笑顔を顔面に張り付け、克弥の肩を叩き
「一回死ね」
言うが否や克弥の頭にかかと落しを華麗に決める竜也。克弥は冗談でも比喩でもなく地面に埋まった。悲惨だ。さすがに同情を禁じえない状況に思わず両手を合わせる。美麗は流麗な字で和紙に何かを書いていく。その横では翡翠が墓石のようなものを立てている。
「―――――美麗。それはちょっとやり過ぎじゃ・・・・・」
「出来た」
優也の言葉などまったく聞かず墓石に和紙をかける。内容は{この者は己のネーミングセンスの無さにより、自らの墓穴を掘った。}
「さすが美麗ちゃん。確信をついた一言だね」
優香は克弥の方を見て(ざま~)と思いながら美麗の頭をポンポン撫でる。連夜もなにも言わないが内心は同じらしく口角が上がっている。
「てめえら・・・」
地の底から響いてくるような低い声を出しながら克弥が体を起こす。そして怒鳴ろうと口を開くと同時に
《碧空 凪》
びくっと凪の体が震える。竜也が励ますが「聞こえてないっぽいね」「そうみたいだ」
緊張しすぎて周りの言葉が入ってこないようだ。これは重症だ。一同がそう思った特
「緊張してるんだ?」
人の悪い笑みを浮かべながら凪の顔を覗き込む馬鹿一名。
ドスッ
鈍い音が聞こえたかと思うと克弥の体勢が傾いた。凪が克弥の腹を力任せに殴ったのだ。
「・・・・・ぁ、だいぶ緊張解れたかも」
「よかったじゃん。行ってきな」
「うん。ほら、そこの克弥さっさと行くよ」
「ヘイ」
いつもの覇気はどこへやら。がくりと首を項垂れ蛇行しつつついて行く。竜也はそれを見送りながら顔を顰めている。どことなく不機嫌そうだ。
「どうかしたの?」
気になって訊ねてみると、不機嫌八割突破の声で「べ~つ~に~」
「なんでそんなに不機嫌なんだよ」
連夜が不思議そうに竜也の肩を叩く。竜也はその手を振り払い「気安く触んな」
「なんだと・・・・喧嘩売ってんのか。てめぇ」
連夜は一気に機嫌が悪くなったみたいだ。あ~ぁ、誰が止めるんだよ。優香が暢気にそんな事を考えているうちに、竜也が連夜に詰め寄り
「喧嘩売ってきたのはお前だろうが。自覚しろ」
「んだと」
ぎゃあぎゃあ言い合いを始めた二人を眺めて「気が済んだら追いついてきてね」
まったく説得する気の欠片もない美麗がお茶を飲みつつそう言うと、優也があわあわしながら「美麗・・・・止めようよ。ふっ二人ともやめ『うっせ~ぞ!優也。黙ってろ』「ごっごごごごごごめんなさいっっ」二人同時に怒鳴られ優也はもうすでに泣きそうだ。気の毒に。優香は頭を掻きつつ心の中で優也に手を合わせる。
「優香ちゃん。止めてきてよ。うるさくてかなわない」
「燈架がそう言うなら」
渋々二人の喧嘩を止めるため袖を捲くる。そして二人の間に立ち「いい加減やめんか!」一喝し、拳骨を頭に落とす。
「「痛って~!」」
「当然の報いだ」
冷たく言い放ち、蹲っている二人の首の後ろを掴み引きずってく。「痛ぇよ。離せ!」「暴力魔人」後ろから暴言が飛ぶたび殴って黙らせる。
「ほら、二人とも前見なよ」
痛む頭を押さえながら前を見ると、凪が困ったように笑いつつこちらを見ている。隣の克弥にいたっては爆笑を通り越して悶絶している。うぜぇ。
「あいつ戻ってきたら原型留めなくなるまでぶん殴ってやる」
「賛成。俺も混ぜろよ」
つい先ほどまで喧嘩していたくせに、こういう時だけ何故意気投合するのだろうか。しかも内容は優也が涙目になってしまうほど残酷な内容。
この二人は敵に回さないようにしよう。
優香と美麗以外の全員が固く心に誓った。
その後、花火が上がり祭りは終わった。が
「おいてめぇ。ちょっと面貸せや」
「え・・・・俺なんかしたっけ?」
「とぼけんなよ。いいからあっちに逝こうか」
「い~や~」
ずるずる連行されていく克弥に手を振って
「さて、帰るか。凪はあっちの血祭りでも見てけば?」
「誰が見るか!」
「そういう優香ちゃんが見に行けばいいじゃん」
燈架には珍しい意地の悪い笑みを浮かべつつ優香の背中を押す。優香は若干以上に引き攣った笑みで「遠慮しときます」
「まぁまぁ優香ちゃん。あんな血祭りなんかほっといてお茶でも飲もうよ。あっお茶菓子が無い。買ってこなきゃ」
「私が買ってくるよ。何がいい?」
「えっと。饅頭にかりんとうにみたらし団子に大福に和菓子詰め合わせセットと・・・・・・あとは抹茶パフェかな」
正直に言っていいだろうか。そんなに買うお金はない。もっと言っていいなら抹茶パフェはここらには売ってない。
「・・・・・・すみません。ちょっと無理です」
泣いて詫びるしかなかった。
「明日には治るでしょ。寝かしといてあげな」
美麗が克弥の傷に包帯を巻きつつめんどくさそうに呟く。優香は笑いを堪えながら頷く。克弥のやられように笑いのつぼを刺激されたのだ。
「じゃ俺はそろそろ寝る。さっきから欠伸が止まんなくて困ってんだ」
「右に同じく」
連夜と竜也がすっきりとした顔で欠伸を連発している。二人も包帯を巻いている。克弥よりは傷は浅いが。
「そうだね。こいつ部屋に運んでやりな。そしたら寝ていいよ」
優香は欠伸を噛み締めながら部屋へ歩き出す。自分で運ぶ気はさらさらないようだ。後ろから「お前が運べよ」という声が追いかけてくるが、完全無視を貫く。
「こら。無視るな!優香!」
「うるさいよ。竜君」
怒鳴る竜也にお茶を差し出しながら注意する美麗。連夜は嫌そうにしながら克弥の右足を掴んで引きずってく。ちょっと可哀想だ。竜也はお茶を飲み乾し、克弥の左足を掴み同じく引きずってく。
「こいつの部屋どこだっけ?」
「俺んとこだ」
「へ~お前ら部屋同じなんだ」
「そりゃ守護者だからな」
「三人じゃ狭くねぇか」
「空き部屋の壁ぶち破って俺らの部屋にしたから問題ない」
「そっか・・・・・・確かに問題な・・・・・・・・・問題大有りだ!!」
思わず頷きそうになったが寸前で間違いに気づき連夜の頭を殴る。思いっきり。結構痛そうだ。
「痛~な。なにしやがんだっ」
噛み付きそうな勢いで竜也に詰め寄る連夜。竜也は腕を組み「それはこっちのセリフだ。何してやがんだ、アホなす」
「誰が・・・・・・っ」
肩を震わせながらギロリと竜也を睨みつける。固く握り締めた拳など今にも殴りかかりそうだ。
「アホなすだと!!!」
「お前の事だよ。お・ま・え」
「二度とその単語吐けねぇようにその口、縫ってやろうかッ!!!?」
「やってみやがれ。ア・ホ・な・す」
当初の目的はどこへやら二人は夜中にも関わらず殴り合いの喧嘩が始まりそうだ。いや、始まる。優香と美麗はもう部屋に戻っている。克弥はいまだ目を覚まさない。止める人はいない。
ぎゃあぎゃあ罵り合いながら喧嘩開始。はっきり言って安眠妨害以外の何物でもない。うるさすぎる。おまけに物は飛ぶし廊下は壊れるしで修理費が心配になってくる。
それよりも心配なのは、寝起き最悪のアイツが目を覚ますことで・・・・。
「誰かなぁ・・・・魅希の眠りを妨げる奴は」
噂をすればなんとやら。派手なピンクの扉が開き、部屋の主魅希が現れた。物凄く不機嫌そうだ。出来れば関わりたくない。
ヤバッ。
滝のような冷や汗が二人の背中を伝う。
「ねぇ・・・・君達かな。魅希の眠りを妨げた騒音の元は」
「「違いますッ」」
必死の形相で即答する。自分達がやったくせになに言ってんだか。
「そっか~じゃあ誰かな?魅希の安眠を邪魔したのは」
「えっと・・・・」
「それは」
自分達だとは口が裂けてもいえない。だからと言って何かしら言わないと確実に殺られる。
「どうしたの~?黙っちゃって」
不思議なくらい明るい声で問うてくる。それが更に恐怖を煽る。
逃げよう。
ここにいたら絶対ヤバイ。
迷い無く背中をみせ逃げ出す。
「ねぇ・・・どこ行くのかな」
後ろから地獄の底から響いてくるような声が追ってくる。
「「すみませんごめんなさい申し訳ありません」」
声を揃えて謝りながら逃げていく二人。魅希を相手にするなんて命が危ない。優香でも返り討ちにあってるのだから、自分達が挑んでもよくて相討ち。悪ければ二人共々返り討ちにあうこと必須だ。
「はぁはぁ・・・・・まいた・・・か?」
「とりあえず・・・逃げ切れたみたいだ・・・・・な」
注意深く周囲を見回しながら安堵のため息をつく。久々の全力疾走に疲弊した二人は、壁に寄り掛かり腰を下ろす。
「こんばんわ、お二人さん。ちょ~といいかな?」
恐る恐る振り返ると、そこには滅多にお目にかかれない冷笑を浮かべている凪が・・・・。
「「ぎゃ~っ!!!」」
二人の絶叫が寮に響いた。