第二十七話 焼きそば買うのに一苦労?
「焼きそば焼きそばっと・・・・・・人が多くてわかりづらいな」
いっその事ひとまとめに風で吹っ飛ばしてやろうか。それは物凄く名案に思える。だがすぐに首を左右に振り、頭を軽く叩き
「馬鹿なことを考えるな。そんな事をしたら怪我人が続出する」
やはり地道に探すしかないみたいだ。嫌そうに人ごみを見てはぁ~とため息をついていた時
「優君。焼きそば屋は見つかったかい?」
「まったく見つからない。人が多すぎて目当てのものを見つけるのも一苦労なんて・・・・って美麗。歩きながらお茶飲むと転けるよ。足元見えなくて」
優香は声のするほうに視線を向けるが声の主は見つからない。優香の身長は百五十センチ。対して人ごみは百六十後半から百七十前後の男や百六十前半の女が大きな壁となっている。
絶対大きくなってやる。
そう心に誓いつつ美麗と優也を探す優香。人と人の間を流れるような動きですり抜けていくと、人の多さに疲弊しきった美麗と優也の姿を捉えた。
「ようやく見つけた」
「優香ちゃん。連夜君と回ってたんじゃ・・・」
驚き顔の二人に笑みをみせ「連夜なら凪達のとこにいるよ。私は焼きそばを買いに来た」と説明する。
「凪達と合流したんだ」
「そうなんだよ。偶然零兄のとこで会ってさ。橙架と守弥は?」
「あの二人なら今頃一緒に回ってるんじゃないかな」
美麗がお茶を飲みながらさらりと言うと、優香は
「ふーん。まぁ今はそんな事より・・・」
再び人ごみを嫌そうに見て、動きやすいように浴衣をいじり出す。
「そんな事より?」
「今は焼きそばを買いに行かなきゃ」
「優香ちゃんらしいね」
「美麗ちゃん達のも買ってくるからここで待っててね」
一声言い残し、優香は人波に飲まれていった。
「行っちゃったよ・・・・大丈夫かな。去年みたいに焼きそばの原型留めてないのにならないよう願っといたほうがいいかな」
「それがいい」
二人のそんな会話を知らず、優香は紅蓮と紅輝を呼ぶ。去年のように焼きそばをぐちゃぐちゃにしないようにしないと。連夜になんて言われるかわかったもんじゃない。絶対これ見よがしにため息をついて「俺は焼きそばって頼んだつもりなんだけどなぁ。はぁ~俺が行けばよかったかな。こんなわけわかんない焼きそばもどきを食うことになるんだったら」とかなんとか言ってくれちゃうんだろうな・・・・・連夜の奴。無意識に拳を握り締めていた。何かを殴りたい衝動に駆られつつ、駆けてきた紅輝と紅蓮を抱き上げる。紅輝は素早く優香の肩に乗る。
『祭り楽しんでる?優香』
「もちろん。紅蓮も楽しんでんだろ。誰と回ってるんだ?」
『紅輝と夕軌と朱音、それから・・・』
『全員で回ってるって言えばいいだろう』
『うるさいな。俺は全員の名前あげたかっただけ』
「はい、そこまで。二人にお願いがあるんだけど」
二人は嫌そうに顔を見合わせてため息をつき
『そんなことだろうと思った』
『早く終わらせられるのにしてね』
「大丈夫。すぐに終わるよ。焼きそばを買ってきてくれない?私達全員分」
『了解』
紅蓮は了承してくれたが、紅輝は返事をせず嫌そうな表情を崩さない。
「嫌ならいいよ?」
紅輝の頭を撫でると、紅輝はそっぽ向いて呟く。
『俺は無理だ。この姿じゃ焼きそばを買えてもここまで運べない』
「なんだ。そんな事を気にしてたんだ」
内心でほっと安堵のため息をついた。嫌われたのかと思った。
『俺にとっては重大な問題だ』
『じゃあ紅輝が買って俺が運ぶ。それなら問題ないでしょ』
『お前だって全員分運ぶのは無理だろう』
「じゃあこうしよう」
いつまでも続きそうな言い合いに割り込み、紅輝に
「竜の姿に戻れば?そしたら簡単じゃん?」
『そうか。大きさは調節すればいいし、この姿は仮の姿だっけか』
紅輝は目を閉じ、一瞬で竜の姿に変わった。
「頼んだよ」
地を駆ける紅蓮と、空を飛ぶ紅輝を見送る。
「さて、待ってる間なにしよっかな」
花火の場所取り。それともこの月にうまれた人の祝いの品の再確認。それか凪と克弥にあげるプレゼントを取ってくるか。
難しい顔をして考え込む。多分花火の場所取りは紅蓮達がやってくれてるはず。去年も一昨年もやってくれたから。祝いの品確認も緋寒がやってるだろう。なら
「プレゼント寮から取るか」
だが口に出してから気がついた。自分の格好を見てため息をつく。
「これじゃあ走るのもしんどいな」
実を言うとこういう動きにくい格好は嫌いなのだ。いつも着ている服も動きやすさを重視した服にしている。端的に言えば、男っぽく露出が少なめの格好のほうが好き。なぜ露出系が嫌いかというと、魅希のそこまでしますかと言いたくなってしまうほどスゴイ格好を間近にみて育ったから。
「仕方ない。魔法使うか」
風を操り寮の自分の部屋に置いといたプレゼントを取る。破かないように慎重に。人に当たらないように集中しながらも、出来るだけ速く。
「来た」
手を伸ばすと自分なりに綺麗に包装した赤と青のプレゼントが手に収まった。
「よしっ。うまくいった」
これでプレゼントの心配はない。内心でほっと息をついていると
『買ってきたぞ』
『結構人が並んでたよ~』
「ありがとう。二人とも」
焼きそばを受け取りお礼を言うと、どうって事ないとでも言うように尻尾を振る。そして紅蓮達は夕軌達の元に戻り、優香は美麗達の元へ。
「優香。遅いね」
凪が何でもないことのように呟く。零は心配そうに表情を曇らせる。
「焼きそば屋混んでるのかな・・・・・優香、大丈夫かな」
「大丈夫ですよ。零さんはいつも心配しすぎ。そのうちはげますよ」
さりげなく失礼なことを言う連夜。が、零は気にした風もなく意味もなく左右に視線を走らせている。まるで過保護な父親のようだ。緋寒より父親っぽい。
そんな事を考えていると、後ろから聞こえる騒音が更に大きくなってきた。それに加え周りの野次馬が二人に「もっとやれ!」とか「やったれ!兄ちゃん」とか物凄くうるさい。まだ二時になったばかりだというのに。この祭りは夜中まで続く。今騒いでて後半もつのか心配だ。
優香が買いに行ったのは一時半を過ぎた頃だから、そろそろ戻ってくる。そしたらこのうるさい騒ぎも少しは収まるだろう。
耳を塞ぎ、他人のふりをしている凪はそんな事をぼんやりと考えていた。
「うっさいなぁ。まだ喧嘩やってるの?」
「優香。遅かったな」
微苦笑を浮かべる連夜。その笑顔を見て女性が何人か倒れていく。もちろんそんな事は慣れているので
「ごめんごめん。思ったより人が多くて・・・・・はい、焼きそば」
「ど~も・・・・・って後ろにいるの美麗と優也?」
「こんちわ~」
「お邪魔だったかな・・・・・?」
零からラムネをもらい片手を振る美麗と、おどおどしている優也。連夜は優也の肩を叩き
「邪魔じゃないっての。いい加減おどおどすんのやめい」
「ごっごめんなさい」
「謝んなって」
「連夜、優也君をいじめない。優也君、ラムネいるかい?」
連夜の頭を軽く叩き優也にラムネを差し出す零。優也は何度もお礼を言いながら受け取る。
「さて、皆で食べれる場所あるかな」
凪が左右を見るが、人が多すぎて全然見えない。
「来る途中に座れる所あったよ。ちょうどいた燈架達が場所とっといてくれてる」
「それを先に言え」
連夜がバシッと優香の頭を叩いてきた。お返しに腹に一撃決めてから
「言い出すタイミングがつかめなかったんだよ。いちいち叩くな」
「じゃ、そこに行こ「ちょっと待った」
凪が歩きだそうとすると零が待ったをかける。そしていまだに喧嘩している二人を指差し
「この二人も連れてってくれる?」
「もちろん。連れてくよ」
そう言うと優香は二人の間に歩いていき、二人が突進してきた瞬間
「いい加減にしろ!馬鹿共が!!」
二人の腹に拳を叩き込む。野次馬が唖然とする中、前のめりになった二人の首に手刀を叩き込む。そして気を失った二人の襟首を掴み無造作に引きずっていく。長い喧嘩にしては呆気ない幕引きとなった。
「手馴れてるね。こういうことに関しては」
凪の呟きに無言で肯定する野次馬達。連夜は優香が引きずってきた二人の頬を軽く叩き「もしもし~生きてるか~」と聞いている。その隣で優也が「連夜君。もっと優しく」と注意している。
「さて、全員揃ったことだし行くとしますか」
優香が晴れやかな顔で歩き出した。
「へ~そんな事があったんだ。運がなかったんだね、竜也と克弥君は」
同情の笑みを浮かべる燈架。竜也と克弥は美麗に治療を受けている。優香は連夜と楽しそうに話しながら焼きそばをほお張っている。ちなみに先ほどの出来事を燈架に話しているのは優也と凪だ。守弥もぼろぼろの兄を横目で見やりながら話を聞いている。
「まっ、喧嘩してたあの二人が馬鹿だったていうだけの話だよ」
凪が酷い締めくくりをする。優也が「その言い方は酷いんじゃ・・・」と言っているがまったく聞く耳を持ってない。
「腹一杯っと」
優香が空になった容器をゴミ箱に捨てて連夜に寄り掛かる。寄り掛かられた連夜は「食いにくいから退け」と文句を言っているが無視。
「ったく」
悪態をつきながらも無理矢理退けようとしないのは、連夜も嫌ではないということだ。小さい頃に学んだ。
「花火上がるの何時だっけか?」
「九時からだよ」
唐突な克弥の質問に凪が即答する。優香が感心したように凪の頭をポンポン叩き「すげえじゃん。さすが凪」と言っている。
「気安く触んないでよ」
冷たくそう言い放ち優香の手から逃れる凪。優香は空になった手をぶんぶん振って「冷たいな」と苦笑を浮かべる。
「やだなぁ。し・ん・ゆ・うにはこんなに優しいのに」
「区切って言うな。てか全然優しくないし」
今までの数多の出来事を回想するが、まったく心当たりのない言葉だ。もしかしたら優しかったこともあった気もしないでもないが・・・・・・。凪には“冷徹”という言葉が似合っている。
「聞こえてますけど」
じとっと不機嫌そうな声音が耳朶を打つ。しまったとばかりに口を塞ぐが、時すでに遅し。
「口に出して言ってた・・・・?ごめんごめん」
「君の口は縫いつけたほうがいいかもね。なんなら無料でやったげよっか?」
満面の笑みでそんな事を言う凪。正直に言おう。冷徹じゃ甘すぎた。凪への評価の甘さを訂正していると、視界の端で優也が涙目になっているのが見えた。おそらく今の凪の言葉を聞いてびびったのだろう。