第二十五話 水無月祭り開催
「優香。始末書書いたか」
「何回言われようと書かない。そんなもの誰が書くか」
「お前・・・・・っ。これは大事な書類だぞ!それをなんだと思って「うっさいなぁ。私は今呪文の暗唱してるの。黙っててくれない。てか、はっきり言うけどウザい。話しかけんな。目障り」
「親に向かってなんという口の利き方ッ!!そんなんだからお前は「くたばれ」
緋寒は顔を激怒のあまり真っ赤にしながら優香に詰め寄り、優香は軽やかに逃げながら魔法書に目を落としている。
「まだやってるよ。馬鹿親子喧嘩」
冷たい視線を馬鹿親子に浴びせる凪。正直このノリについてけない。
「そんな冷たい目で見ないであげなよ。緋寒にとって唯一のコミュニケーション手段なんだから」
美麗が毎度の事ながら頭を抱えたくなるこの光景を見もせず呟く。まるで見る価値など無いとでも言わんばかりの態度で。では、見もせず何をしているのかというと、体は明後日の方に向けてお茶を飲み、後ろの騒音をバックミュージックにしながら優也と燈架を交えて和んでいるのだ。まぁ優也はしょっちゅう後ろを見て体を強張らせているし、燈架は時々「もうやめなよ」と言っているので、実質的に美麗だけが後ろの騒音を完璧に無視して和んでいる。
凪は美麗の言葉をふんと鼻で笑い飛ばす。まぁ聖藍と凪がこんな事をしていたら自分の目を疑うだろう。
「父さん。いい加減子供じみた喧嘩はやめてください。大人気ないですよ」
零が見かねて注意するが
「聞いちゃいねぇし」
二人は綺麗に無視してぎゃあぎゃあ言い合っている。そろそろ本格的に止めないといろいろとヤバそうだ。
「はぁ。ったく毎度の事ながらウザってぇな」
連夜は小声で愚痴り、風に溶けそうなぐらい小さな声で呪文を唱えだす。ルーンが完成に近づくにつれ、不気味な風が吹き始める。まるで嵐の前の静けさのようだ。
「皆、飛ばされないように踏ん張ってね」
一声掛けてから最後のルーンを叫ぶ。連夜が作り出した小型の台風は緋寒と優香の間に割ってはいる。二人は口を閉じて互いを睨み合い優香は連夜の隣へ、緋寒は病室から出て行った。
「さて、落ち着いたとこで仕事しましょうか」
「魅希。祭りの修繕状況は」
優香が問うと、魅希は待ってましたとばかりに身を乗り出して、得意げに報告し出す。
「魅希の王子様達が一日で終わらせてくれたんだ。もう明日には祭り始められたよ」
「凄いじゃん。さすが魅希」
凪が魅希を褒めると魅希は可愛らしく微笑み
「そう思う?やっぱ魅希って超可愛い~」
「いや。そんな事誰も言ってないし」
凪が冷静に突っ込むが、魅希はまったく聞いていない。優香は満面の笑みを浮かべ
「皆に知らせてくるね」
そう言うと同時に優香は助走をつけて窓から外に飛び出す。慌てて窓から下を見ると優香は難なく地面に着地して、大声で知らせ回っている。
知らせを聞いた人々は喜びの声を上げている。大人も子供も関係ない。周りが一気に騒がしくなり、凪がうるさそうに目を眇める。
「ゆか~おまつりできるの?」
まだ幼い子供が優香の服の裾をくいくい引っ張る。優香は膝をつき視線を合わせて
「そうだよ。明日お祭り開催だ」
「ほんとに?おとうさんとおかあさんにもおしえてあげなきゃ」
愛らしい笑顔を浮かべて駆けていく子供を見送り、まだ知らされてない人に伝えていく。
「俺らも行くか。普通に玄関から」
連夜の声を合図に皆は病室をあとにした。
翌日。
ひゅるるる~ ドンドン
朝からやかましい花火が上がり人々の歓声があがる。屋台がたくさん立ち並び、売り手が客に呼びかける声があちこちで飛び交う。子供が駆け回り、大人がそのあとを追いかける。時刻はまだ十時。そんな中
「次チョコバナナ買おうよ」
桜と朱がまじった浴衣を着て子供のようにはしゃぎまわる優香。その後を呆れ顔のメンバーがぞろぞろ歩いていく。
「優香様!まさかこのまま通り過ぎる気じゃないでしょうね」
「この声はたこ焼き屋のおっさんだな」
優香は声をかけてきた男に笑いかける。子供が優香の手を引っ張って
「ゆか~あっちでしゃてきやってるよ。ごうかしょうひんがあたるよ」
「お前ら、豪華の意味ちゃんとわかって言ってるんだろうな」
子供の頭をくしゃくしゃかき回しながら苦笑する。
「いいじゃんか。行こうぜ、優香」
連夜が優香の手を引っ張り走り出す。優香は慣れない浴衣なのでこけないようにバランスをとりながら
「ちょっ。連夜」
「とろとろすんなよ。ほら、早く」
連夜は優香の手を握ったまま足を止めない。後に残されたメンバーは苦笑し合いながら追いかける。
「おじさん!イカ焼き二つね」
「はいよ・・・って優香様じゃないか。連夜様も。デートですか」
優香と連夜は顔を見合わせる。お互いの若干赤く染まった顔を見て、不自然な動きで顔をそむけ
「そっ・・そんなわけないじゃん・・・ねっ・・・ねぇ。連夜」
「そうだよ。・・・・・そんなわけあるわけない」
(若いっていいねぇ)
そんなことを思いながらイカを渡す。二人はぎくしゃくとしながらイカを受け取り、右手足と左手足を一緒に出しながら歩いてく。そして相手の格好をみて楽しそうに笑い出す。
そんな二人を後ろから見ていたメンバーの感想は
「青春だねぇ」
お茶を飲みながら下になるにつれ濃い緑色になっていく浴衣を着ている美麗はぽそっと呟く。純白の布地に花火のような鮮やかな刺繍を凝らした浴衣を着た橙架がたこ焼きを頬張りながら
「あの二人は見てて飽きないね~」
その隣で青空に川獺を模した雲が描いてある浴衣を着ている凪が竜也の袖を引っ張り
「あの二人ってホント仲いいね。いつからだっけ?連夜があんなに笑うようになったの。てか連夜ってなんで昔はあんなに無愛想だったの?」
「いまでも無愛想な気がするぞ」
克弥が突っ込むが、竜也が無視する。
「そっか。凪は知らなかったんだっけ・・・・あいつも親がいないんだよ」
「えっ!?」
「はぁ!?」
言われてみれば確かに連夜が親の話をすることなど一度もなかった。問うように竜也を見上げると、竜也は口を開け閉めしているだけで続きがでないようだ。優也が言いにくそうに話す。
「連夜は・・・・まだ二歳のときに捨てられたらしいんだよ。そして三歳のころ優香に出会って、それ以来ずっと俺らと一緒に生きてきたんだ」
「連夜曰く、『優香は俺の一番大切な家族だ』らしいよ」
零が補足する。克弥は連夜の背中に視線を向ける。陽だまりのような明るい笑い声を上げている連夜は、とてもじゃないが竜也や優也が話したような暗い過去があるとは思えない。克弥がそう思っていると、凪が竜也に
「誰かがなにか言ったのかな」
「あぁ。優香が『私の家族にならない?そしたら絶対にお前を一人にさせない』って言ったんだってさ」
「優香らしいな」
思わず笑みが零れてしまう。克弥は凪の顔をまじまじと見て
「お前って笑えたんだな。あんまり笑わないから頬の筋肉が切れてんのかと思ってた」
失礼な奴だ。そんな思いを込めて睨んでやると克弥は「おっかね~」と笑い声を上げる。
「馬鹿はほっといて俺らも自由行動にするか。凪・・・・・その・・・一緒に回らない?」
竜也が恐る恐る言うと、凪は首を傾げ
「何でビクビクしてる訳?私が断ると思ってんの?」
竜也が黙り込むと、呆れたように肩をすくめて
「断るわけないじゃん。私も竜也を誘おうと思ってたとだし」
竜也の顔が輝く。二人は楽しそうに話しながら人波に呑まれていった。
「じゃあ私達も行こうか、守弥」
「はい、そうしましょう。では失礼します。零様、兄さん、美麗様、優也様」
橙架と守弥も残りのメンバーに手を振り屋台を見て回る。優也がお茶を飲んでいる美麗に
「一緒に回らないッ!?」
「いいよ~行こうか」
優也は滅茶苦茶嬉しそうに笑って美麗とゆっくり歩いていく。
「残ったのは俺らだけですか」
克弥はがくりとうな垂れる。すると、零が申し訳なさそうに
「俺は店番する時間だから行かないと。ごめんね、克弥君」
そう言うと走ってどこかへ行ってしまった。ぽつんと一人で立っていると、女の集団が寄ってきて
「私達と回らない?」
魅希のがマシに思えるくらい厚化粧をした女が腕にまとわりついてくる。はっきり言って物凄く気持ち悪い。一秒ごとに生気が吸い取られていくみたいだ。すぐさま振り払い
「俺、先約がいるんで。すんません」
早口にそう言い放ち、急いで走り出す。後ろから「待ってょ~」とか声が聞こえるが、無視する。あんな奴らと一緒に回るくらいなら一人で回ったほうが何倍もマシだ。
「誰かに会うかもしんないし一周ぐるりと歩くか」