第二十二話 過去の痛みと今やるべきこと1
竜也の言葉が胸に突き刺さってる。その傷口から血が流れ出し優香の心を飲み込んでいく。
またあとでっと竜也達は病室を後にしたが、優香はずっと俯いたまま。
敵を殺さなければ自分がやられる。それはわかってる。戦いとはそういうものなんだと理解している。だが、理解するのと実行するのでは天地の差がある。理解してても、感情が、心が追いつかない。簡単に慣れることなどできるわけない。それに慣れるのが・・・・怖い。
手のひらに爪を食い込ませる。体が震えだしそうになるのをそうやって堪えているのだ。
「私は・・・・」
続きは声にならず掻き消えていく。どうすればいいかなんて決まってる。だが声に出せない。
「私・・・は・・っ」
だんだん呼吸が荒くなってきた。胸を押さえて顔を歪ませる。視界が霞み、意識が遠ざかっていく。
「女子供は隠し通路を通って安全な場所へ避難しろ!」
「早く逃げろ!」
怒声と悲鳴が入り混じり、全員恐怖に歪んだ顔で逃げ惑っている。近くで爆発音が響いた。更に悲鳴が大きくなる。
「皆さん、急いで下さい!」
「子供がまだ来てないんです!」
「お子さんのことなら任せてください。必ず助けます!今は避難を優先して下さい」
まだ幼い声が誘導する。視線を左右にさ迷わせ、安全かどうか確認しているようだ。
「敵が近くまで攻めてきてます。なるべく速やかに移動して下さい!」
「連夜!そっちはどうだ」
連夜と呼ばれた少年は端整な顔に焦りを滲ませながら怒鳴り返す。
「問題ない!優香の方は」
「こっちも問題ない!竜也の方は敵が姿を現したみたい。あっちは危険だ」
「優也の方は!」
連夜が問うと、優香が待ったという風に手を上げる。よく見ると菫青が優香の肩に乗って状況報告をしていた。
「優也の方はまだ安全っぽい!」
優香は爆発音に負けぬよう大声を出す。そこに紅輝が飛んできて
『ここら一帯に逃げ遅れた奴はいなかった』
「よし。ありがとう、紅輝」
一般人が全員隠し通路に逃げ込んだのを確認して
「連夜!封印式やるよ」
「タイミング間違えるなよ!」
「そっちこそ」
二人は隠し通路の入り口に己の血で封印式を書き込み、同時に叫ぶ。
「「封!」」
隠し通路は元通り平坦な道に様変わり。ほっと一息つき
「さて、じゃあ皆と合流するか」
「合流場所で落ち合おう」
拳をぶつけ合い連夜は右へ、優香は左へ走り出す。合流場所に向かう途中も周りに生存者がいないかどうか探すように見回す。
「ヒドイな・・・・・」
周りは瓦礫の山だ。元は一軒家が立ち並ぶ綺麗な町だったんだが、今は跡形もない。今さらながら敵のやり方に怒りを覚える。イライラして瓦礫を蹴ると、ひっと息を呑む声が聞こえた。
「誰かいるんですか!?」
注意深く周りを見る、が、人が居そうな様子はない。早くも気のせいかと思い始めたとき、ゴトっと何かが動く音が聞こえた。
「えっと。私は火の後継者であって敵じゃないので、出てきても大丈夫ですよ!」
そう呼びかけると、優香の右斜めにある大きな瓦礫の下から小さな子供が出てきた。一人は女の子、もう一人は強気そうな男の子。どちらも四歳、七歳に届くかどうか。
「君達、逃げ遅れたの?」
膝を折って目線を合わせながら聞くと、こくんと頷いた。女の子は今にも泣きそうだ。
「お父さんとお母さんは?」
「父さんは知らない。母さんは・・・・・外に出たっきり戻ってこない」
おそらく、父親は兵として戦っているのだろう。母親は無事隠し通路から逃げたか、巻き込まれて・・・のどちらかだろう。
「じゃあ私と一緒に逃げよっか。ここは危ないから」
警戒しながらもこくんと頷く男の子。優香は出来るだけ怖がらせないように笑みを絶やさず
「行こうか」
女の子を抱えて、男の子と一緒に走り出す。その間も爆発音は耐え間なく響く。間が悪いことにだんだん近づいてきている気が・・・。
舌打ちしたい気分に駆られながら、紅蓮を呼ぶ。連夜がいれば隠し通路への扉を開けるが、一人では無理なのだ。あの扉は同じ属性の後継者と守護者の血が必要だから。
風のようにかけてきた紅蓮は、優香の腕の中にいる女の子と、こちらを怯えたように見つめる男の子を交互に見て
『どうしたの?その子供はな~に?』
「生存者だ。あんまり怖がらせるな」
男の子の頭をなだめるようにポンポン叩いて
「連夜にこっちに来てくれって伝言頼めるか?敵がこっちに近づいてるみたいで・・・」
『わかった』
返事と同時に走り出す。あっという間に見えなくなった紅蓮を見送り、合流場所に急ぐ。
突然ゾクッと背筋が冷たくなり、後ろから何かが飛んでくる音が聞こえる。
「ヤバッ」
男の子を抱え込み近くの瓦礫と瓦礫の間に出来た穴へ女の子と一緒に放り込み、自分には魔法のシールドを張る。その直後、何かがシールドにぶち当たり派手な爆発音が響く。
「魔法攻撃か」
振り返ると、敵が三名。しかも全員そこそこ悪そうな顔をしている。
「ガキが一人か。こんなんじゃ一秒で終わっちまうな」
ガキっという単語に優香の肩がピクリと反応する。男共は気づいた様子もなく
「誰がやる?俺はパス。こんなガキ相手にしたってつまんねえし」
ぴくぴくっと優香の肩が動く。男共は自分達が地雷を踏んでいることに気づかず
「じゃあ俺がやる。こんな弱そうなガキでも刀の錆落しにはなるだろう」
ブチッと何かが切れる音が聞こえた。もう誰にも止められない。優香はやけに親しげな笑みを顔面に張り付け
「ねぇ、おじさん達。天国に逝ってくれません・・・・か?」
語尾を言い終える前に一瞬で男共の間合いに出現し、最初にガキっと言った奴の顎に膝蹴りを決める。続いて流れるように次にがきっと言った奴の腹に拳を叩き込む。そして最後にガキと言った奴の男の一番大事部分に一発。声もなく倒れこんだ男共を見下ろし
「言葉の使い方に気をつけろ、おっさん共。こう見えても私はもうすぐ九歳になる。ガキじゃない」
憤然と言い捨てる。この場に第三者がいれば、充分ガキじゃんか、とつっこみを入れるだろうが、残念な事につっこみを入れる無謀な奴はいない。
「さて、先を急ぐか」
誰にともなく呟き、女の子を抱き上げ男の子と走り出す。だが、男の子の体力の限界がきた。
「もっ・・・・走れなっ」
喘ぎながら座り込む。優香は困ったように眉根を寄せ
「う~ん。仕方ない。歩くか」
男の子の頭を優しく撫でて手を差し出す。男の子は戸惑ったように優香を見上げる。
「手つないでこう」
出来るだけ優しい笑顔を作る。男の子は優香の手を握り、ゆっくり歩き出した。
(連夜早く来いよ。どこで道草食ってんだよ)
心の中で悪態をつく。子供の扱いには慣れてないし、なにより沈黙が重い。
(連夜達となら会話が弾むんだけどな。初対面の人だとダメだな)
そんな事を考えつつとろとろ歩いていると、男の子が
「あんた、名前は?」
「へっ?」
突然のことに思わず変な声をあげる優香。男の子は下を見たまま繰り返す。
「あんたの名前は?俺の名前は星哉。妹の名前は恵利」
「私は優香。今さらだけどよろしく」
簡単に自己紹介を済ませると、次々に質問をしてくる。ホントに後継者なのか、魔法を使えるのか、さっきの狼は優香のパートナーなのか、なぜ刀を二振り持っているのか等。
連夜が優香達と合流したときも質問は続いていた。連夜はたっぷり三回呼吸をしてから訊ねる。
「なにやってんだ、お前は」
「あはは。連夜遅かったね」
若干やつれ気味の優香が弱弱しく手をあげる。星哉は好奇心に満ちた瞳でなんで、なんでと迫っている。恵利も兄を真似してなんで、なんでと優香に迫る。それらの状況を見て
「人気者は大変だな」
肩に手を置くと、星哉が連夜を見上げ
「あんた誰」
不仕付けな質問に連夜は口の端を引き攣らせ
「ずいぶんと礼儀知らずなガキを拾ったな」
声音にもとげが含まれてる。優香は微苦笑を浮かべ
「まぁまぁ。とにかくこれで早く進める。連夜は星哉を抱き上げてね」
「そういうことかよ。それより敵はどうしたんだよ」
「優香が瞬殺したよ」
優香より早く星哉が答える。意味をわかって言ってるのだろうか。それに殺してないし。優香は心の中で反論した。
「俺を呼んだ意味なくね?」
ギロッと睨まれたので、さりげなくそっぽ向く。連夜は何か言いたそうな顔をしながら走り出す。しばらく走っていると、魔法同士のぶつかり合いに巻き込まれた一般人の死体が所々にあった。慌てて抱えている恵利の目を塞ぐ。連夜も同じく星哉の目を塞ぐ。この光景は子供にはきついだろう。優香は顔を歪ませ吐き気を堪える。
これが戦争というもの。一般人を巻き込むなんて。
このとき初めて人の死というものを見たのだ。連夜も辛そうに顔を顰めている。死体を極力視界に入れないようにしながら走り抜ける。
ようやく着いた合流場所にはもう全員そろっていた。皆心なしか表情が暗い。特に凪と美麗と燈架は隅っこにしゃがみこんでいる。顔色が青白い。優也があわあわしながら三人の背中を順番にさすってる。
「遅かったな。道に迷ったのか」
竜也が明るく問う。努めて明るく振舞おうとしているのが丸わかりだ。
「生存者を見つけたんでね」
恵利と星哉をおろす。凪は目尻に涙を溜めながら抱きついてきた。体が小刻みに震えている。優香は目を閉じた。
やっぱり、凪達も・・・・・。
九歳の子供が体験するにはまだ過激すぎた。だがいずれ通らなければならない道だ。それが少し速かっただけの話で。頬を熱いものが伝っていく。手の甲で拭ってみると、水だった。
涙か・・・・・なに泣いてんだか。
自嘲気味な笑みを浮かべる。竜也が頷いて
「全員そろったようだから俺らも避難しますか」
軽い口調で言うと、皆立ち上がる。星哉は連夜が、優香は恵利を抱き上げる。そのまま無言で走っていくと、前方に数名の人影を見つけた。明らかに光の人間ではない人影を。その人影はまだこちらに気づいてないが、こんなに光の内部まで攻め込んできたのだ。しかもたった四、五人で。かなりの手練に違いない。
竜也が手を上げ全員音を立てないように燈架、美麗、優香、連夜、優也の四人、竜也、魅希、凪の三人に別れて瓦礫に身を潜める。しばらく息を殺していると水華が足元に来て
『子供を連れて美麗、凪、優也、魅希、燈架が先に行く。残るのは優香、連夜、竜也だ』
「なんで私達だけ逃げなきゃいけないの」
小さく声を荒げる燈架と美麗。優香は柄に手を置き、燈架、優也、美麗の順番に目を合わせて
「この子達を頼む」
短くそれだけ言うと二人を優也と燈架に押し付ける。そして少し離れた場所に身を隠している竜也に合図を送る。竜也は頷き、いまだに納得していなさそうな凪に何か囁く。凪は神妙な顔で竜也の言葉に聞き入り、泣きそうに顔を歪ませる。そして凪の頭を軽く叩いて、魅希に一言言ってから指を三本立てる。三・二・一
「「「行け!」」」
三人の声が発せられると同時に美麗達は走り出した。優香達は美麗達を追えないよう立ち塞がる。
「ようやく鼠が出てきたな」
冷淡な声音に体が震えだしそうになる。こいつらはとっくに気づいていたのだ。思ってたよりかなり厄介だ。それに加え相手の年齢は二十以上。経験の差もある。圧倒的に不利だ。
「お前ら、何者だ!」
「闇の者だが?そんな事もわからないのか」
馬鹿にしたような口調に怒りがこみ上げてきたが、冷静さを失わないように深呼吸をする。感情的になったら負けだ。ただでさえ力の差は歴然としているのだから、考え無しに飛び込んで行ったらそれこそ瞬殺される。
「ガキにしてはたいした度胸だ。褒めてやるよ。だが、お前ら程度の力じゃ俺らには勝てない」
一番背が高く、多分一番年上の男が偉そうに言い切る。その男の右側にいる男は不快な笑い声をあげた。
「こんな奴ら俺だけで充分だよ」
そう言うや否や目では捉えきれない速さで間合いに突入された。