第二十一話 現実と心
目を覚ますと真っ白なカーテンと同色の壁が飛び込んできた。一瞬身構えたが、すぐに緊張を解く。ここは光城の病室だ。
「誰が私をここまで運んできたんだろう」
最後に見た光景を探る。確か、見覚えのある誰かが駆け寄ってきてたような・・・。
そんな事を考えつつ体を起こす。すると左肩に痛みが奔る。
「・・っ・・・・」
痛みに顔を歪ませて左肩を押さえる。忘れてた痛みが蘇る。どんなに優秀な魔導師だろうと一瞬で完治することはない。かすり傷程度ならすぐに治るが。
「・・・う~ん・・・・・」
自分しかいないと思ってた部屋に第三者の声が響く。慌てて声のしたほうを見ると、凪が寝ていた。優香が寝てるベッドにうつぶせになって今にも椅子からずり落ちそうだ。見ていて危なっかしい。反対側には美零が凪と同じような格好で寝ていた。
「凪に美麗ちゃん。なんでこんなとこで寝てんだよ」
『優香を心配してるからに決まってるでしょ』
『無駄だよ。優香は自分のこと心配する奴なんかいないって思ってるんだから』
「紅蓮。紅輝まで」
「そいつらだけじゃないぞ」
ガラッという音と共に数人が病室に入ってきた。
「お前らまでくんなよ」
少し呆れ混じりに言うと、連夜が優香の頭をぐしゃぐしゃかき回しながら
「少しは感謝しろ。傷だらけのお前を俺らが連れ帰ったんだからな」
「帰った俺らが背負ってる優香を見た途端、女性陣がいっせいに上げた悲鳴がまだ耳に残ってるよ」
克弥が苦笑いを浮かべてそう言うと竜也が頷き
「滅多に動揺しない凪の動揺する姿が見ものだったな」
「そうですね」
「そっそんな事言っちゃダメだよ。竜也君、守弥君」
優也が凪と美麗に薄い布団をかけつつそう言うと、竜也がニヤッと笑い
「そういうお前だってみ「竜君病室ではお静かに」
わざとらしく人差し指を立ててみせる克弥。燈架がうんざりしたように男子を見遣り
「ここは動物園じゃないんだ。いい加減静かにしてくれないかな。それとも動物園に送ろうか?猿共」
「「「猿!?」」」
男性陣がお互いの顔を見合う。その表情は若干嫌そうだ。
「優也と零さんと守弥以外の男子だけどね」
「「「俺がこいつらと同レベル!?」」」
優也と零と守弥以外の男子がいっせいに叫ぶ。そしてお互いの顔を見合って更に嫌そうに顔を顰める。そのあまりの騒がしさに凪と美麗が眠そうに目を擦りながら起きてしまった。
「何の騒ぎ~」
半分以上寝ぼけている顔で凪が問うと、零が微苦笑を浮かべ
「猿の遠吠えだよ」
「「「零さんまで猿って言うな」」」
またまた三人そろって叫び。お互いをにらみ合い
「「「俺の真似すんな!」」」
優香はくすりと笑みを零した。三人が同時に優香を睨み
「「「笑うな」」」
「ごめんごめん。あんまりハモるから・・・・つい」
お互いを睨みあいながら黙り込む三人。優香はまだ笑いながら
「悪かったって。祭りの修繕状況は?」
守弥が真面目な顔で報告する。
「順調に進んでいます。現在は使えなくなったものを処理する係と、使えるものをつなぎあわせる係の二手にわかれています」
「そうか。順調ならなにより」
安堵したようにため息をつく優香。連夜が腕を組み
「問題は祭りに間に合うかどうかだな」
「そうなんだよね」
全員が難しい顔つきで黙り込む。このままじゃ祭りには到底間に合わない。まぁ手がないわけではないが、それは出来ればやりたくない。
「魅希は?」
「外で男共をオトしてる」
「まさかと思うが、あの手を使う気じゃないだろうな」
優香はちょっと以上に引き攣った顔で竜也を見上げて
「そのまさかだよ」
凪が窓を開けて
「しょうがないじゃん。その手しかないんだから」
「僕も凪様に同感です」
「仕方ないな。呼ぶか」
皆が嫌そうに顔を顰めながらも同意したのを確認しながら紅輝に目配せする。
『行かなきゃダメか』
「頼むよ」
『行かなきゃダメなのか』
「頼むよ」
『ホントに行かなきゃダメなのか』
「頼むよ」
『絶対行かなきゃダメなのか』
「頼むよ」
物凄く重い腰を上げ蛇行しながら音もなく窓から外に飛び出していく。皆は同情の眼差しを向けながら紅輝を見送った。
「彩夜様。気分はいかがですか」
「最悪」
小さな子供のように頬を膨らましている彩夜。雷音は彩夜の傷の手当を終えて立ち上がり
「まだ根に持っているのですか?戦いに割って入ったこと」
「当たり前。あそこでお前が割り込まなかったら優香をしとめられたのに」
「今の彩夜様では火の後継者は殺せません。よくて相打ちですね」
彩夜は殺気立った目で雷音を睨みつける。雷音は涼しい顔でその視線を流す。
「完全でない今の力では、ね」
「いつになったら力が戻るのさ」
「あなたが成人になる年ですよ」
彩夜だあからさまに顔を顰め
「あと二年も待たなきゃいけないの。私は早く光をのっとりたいの。それには・・・「それはわかっています。ですがまだ時が満ちていないのです。今しばらくのご辛抱を」
「わかってる。今まで我慢してきたんだから、あと二年くらいどうってことない」
「あなたも火の後継者も気が短いので心配ですね」
「子供じゃないんだから心配無用。だいたいあっちがいつも喧嘩吹っかけてくるんだもん」
「その喧嘩を買ってしまうあなたにも非があると思いますが」
自覚があるのか黙り込む。雷音がさらにたたみ掛けようとしたとき、高らかな哄笑が響いた。そのままゆっくり近づいてきたのは闇の風の後継者の風牙だ。
「なに用だ」
警戒心をむき出しにしながら彩夜の前に立つ雷音。風牙は気にしたふうもなく
「あんたらなんでそこまで火の後継者を警戒してんだ」
「あいつの封印されてる力を警戒しているだけだ。あの力を扱えるようになる前に奪う・・・」
「へぇ、そんなにすごいんだ。火の後継者の内なる力」
「優香が気になるのか。風牙」
彩夜が口を挟んだ。風牙はニっと笑い
「俺は強い奴と戦いたい」
「優香の守護者も水、雷、の守護者も強いよ。裏切った守弥もね」
「腕が鳴るぜ」
瞳がギラギラ光っている。戦いが楽しみで仕方ないようだ。
「血の気の多い奴だ」
柱から声が発せられた。ぎょっとして振り返ると、氷が立っていた。相変わらず何を考えているのかまったくわからない顔だ。
「どうでもいいが、俺を面倒事に巻き込むなよ。それから彩夜」
「氷が声をかけてくれるとはね。明日は天気が荒れるかも」
「抜かせ」
雷音が氷に掴みかかりそうな顔をしているのを横目で一瞥し、鼻で笑う。
「お前はいい加減、相手の弱点を突く幼稚な戦い方をやめたほうがいい」
「幼稚だとッ」
怒りで瞳の色が変わりかけている彩夜。氷は一ミリたりとも動じず
「火の後継者にあってお前にないのは自分を鍛えることだ。そんなんじゃ足元をすくわれるぞ」
彩夜への忠義の欠片もみえない態度だ。風牙はパンパンと拍手して
「言うじゃん。暗い奴って思ってたけど、そうでもなかったな」
「お前にどう思われていようが興味ない」
未練なく踵を返す氷。雷音は拳を柱に叩きつけて
「なんだあの態度は。失礼にもほどがある」
「落ち着きな雷音」
「じゃあ俺も好きにさせてもらうよ」
風牙がそう言い、瞬時に掻き消える。
「相変わらず、扱いにくい奴らだ」
雷音が心底から忌々しそうに吐き捨てる。彩夜は感情が抜け落ちた顔で
「春花を呼べ」
「御意」
優雅に一礼してから一瞬で消える。彩夜は何もない虚空を見て口角をつり上げ
「優香。あんたの力、私がもらう。そして、光の時代に永遠の終止符を」
「魅希にお願いってな~に?」
思わず殴りそうになって、拳を布団の下で握り締める。努めて深呼吸をしながら
「魅希の取り巻き共に祭りにセットを直させてくれないかな」
「そのぐらいお安い御用だよ」
ウインクしながらホントに余裕そうに言う。ここにいる男性陣には効かないが、他の男子になら効果抜群だろう。そして軽快な笑い声をあげながら病室から出て行く。早速男共に頼むのだろう。
「これで祭りの件はひと段落したね」
じゃあ俺は緋寒に報告してくるから、と言って病室を出て行く。これでようやく悩みの種がなくなった。ほっと一息ついていると、視線で穴が開きそうなほどじっと見つめてくる目に気づき
「どうしたの?凪」
問いかけるが、反応なし。唇の端を引き攣らせながらもう一度問う。今度は少し大きな声で
「私の体に変なとこでもあるのか」
またも無視。優香は凪に頭を掴み
「人の話を無視するとはいい度胸だな。このや「怪我は大丈夫?痛いとこない?左肩は動く?誰にやられたの?」
真剣な目で矢継ぎ早に質問を浴びせる凪。突然のことでうまい反応が出来ず、目を白黒させている優香。
その様子を見て、連夜と克弥がにやにや笑い合い、竜也と優也は予想通りの反応だなっと言い合い、燈架は美麗と仲良くお茶タイムをエンジョイしている。守弥は微笑ましいものでも見ているような顔をしている。
「質問に答えてやれよ。優香」
克弥がまだにやにや笑いながら優香の頭を小突く。無言で克弥の脇腹に拳を叩き込んでから
「もう一回言ってくれないかな?速くて聞き取れなかった」
凪は優香の体を上から下まで一通り眺めてから
「怪我は大丈夫?」
「うん。心配かけたね」
「痛いとこない?」
ない、と言いかけて凪の真剣そのものの瞳を見て
「左肩がちょっとね。あとは全然痛くない」
「左肩は動く?」
ためしに少し動かしてみると、鋭い痛みが奔った。優香とずっと一緒にいた者でなければ気づかないほど微かに顔を顰める。
「無理っぽいな」
優香の表情の変化を見逃さなかった連夜がぼそりと呟く。
「誰にやられたの?」
「彩夜」
全員の顔に緊張が走った。
「彩夜が!?」
「マジかよ」
「もう力が甦ったのか・・・」
「いや。それはないと思う」
優香が静かに呟く。守弥は
「と言いますと」
「うまく説明できないんだけど・・・・・あいつの力が完全なら、多分催眠系の魔法を使って私の動きを鈍らせる必要はなかったと思うんだ」
初めて聞いた内容を皆は聞き流さなかった。
「催眠系の魔法!?聞いてないぞ」
「なんで話さなかった!」
話さなかったからに決まってる。克弥と連夜に詰め寄られ、優香は内心でため息をついた。こういう風に騒ぎになるから話したくなかったのだ。自分の馬鹿さを心底から呪ったが、言ってしまったことは取り消せない。仕方なく説明する。
「最初甘い香りを吸い込んだんだ。それが催眠系の魔法を含んでたみたいで」
それから隠してもしょうがないだろうと観念し、戦いを詳しく話し始めた。皆は黙って聞いていたが、話し終わった途端全員の視線が心なしか冷たい気が・・・。
「お前の甘さには呆れるよ」
連夜が偉そうに腰に手を当てて言う。克弥も何も言わないが、言いたい事は同じらしい。優也だけが助け舟を出す。
「でも、それでよかったんじゃないかな?無駄な殺生を避けられたんだし・・・・・」
「あのな。そんな甘い事言ってたらやられるのはこっちなんだぞ。あいつは殺す気で優香を襲ったんだ」
竜也は厳しい声ではっきり言い切る。優香は俯いて瞳を閉じる。竜也は更に言い募る。
「優香は敵に対して甘すぎなんだよ。教わっただろ。敵を一人斬るのを迷いしとき、味方が一人倒れるとき。て」
きつく唇を噛み締める。そんなこと言われなくてもわかってる。だけど
「人を・・・人を一人殺すたび、その人の人生を終わらせてしまう。それが・・・怖い。それに、殺した人の帰りを待ってる人がいると思うと・・・・大事にしてる人がいると思うと・・・・・」
搾り出すように震えた声を出す。連夜がそっと頭を撫でる。克弥も難しい顔で床に穴が開くほど熱心に見つめる。凪は微かに震えながら自分の体を自分の腕で抱く。燈架は風に溶けるほど小さく
「優香は優しすぎんだよ」
「それが優香ちゃんだから」
美麗が悲しみが混じった声で言う。守弥は形容し難い顔で黙り込んでいる。
この壁は自分で乗り越えなければいけない。いくら精神力が強くても、生来からもっている性情までは変えられない。一時的に心を押し殺すか、麻痺するのを待つかしかない。竜也は低い声で
「厳しいことを言っているようだが、これがこの世界の現実だ。綺麗事ばかり言ってたらやられる」
しん、と静まり返った室内には竜也の言葉が響き、悲しい現状を突きつけていた。