第十九話 水無月祭りまで一週間
六月に入った。光は年に十二回ある祭りのうちの六月の祭り。水無月祭りの準備で大忙しだ。
「そこ、ちょっと間違ってるよ。ちゃんと位置を正して」
「おいそこ。仕事をサボるな!」
「こら!メイクしてんな」
「のんきにお茶飲んでるな!しっかり働け」
そこら中で怒鳴り声が飛び交う。あと一週間後には水無月祭りが始まるのだ。忙しなくなるのは当然だろう。大通りは人が行きかっている。大人から子供まで忙しそうに行き来していて、慌しいことこの上ない。
「零兄。これどこだっけ?」
「それはあそこだよ。二本目の街頭のとこ」
「零さん。これは?」
「それは緋寒に聞いて。俺の監督下じゃない」
矢継ぎ早の質問に若干疲労を滲ませながら答える零。優香達は本来は指示する側だが、昔大失敗した事があるので指示される側になったのだ。
「十分休憩」
零の声と共にあちこちで嬉しそうな声が上がる。かれこれ二時間以上ぶっ続けで動いていたので皆疲れていたのだ。
「よっしゃー!休憩だ」
とまぁ無駄に元気な奴もいますけど。その声を目ざとく聞きつけた緋寒が眉をつり上げる。
「そんなに元気があるんならもっと働け!」
「うっせーよ。私は緋寒みたいに人に指図するだけの楽な役割じゃないの」
「人に指示するのも骨が折れるんだぞ。それがわからないほど大馬鹿なのか。お前は」
「なんだと・・・このクソ親父!」
突然始まった親子喧嘩に、外野の皆さんは大爆笑。連夜と竜也と克弥にいたっては腹を抱えている。笑いすぎて息が出来ず、咳き込んでる奴もいる。だが、止めようとする奴は皆無だ。
「優香ちゃんは相変わらず元気一杯だね」
「そうじゃなきゃ優香ちゃんじゃないからね」
自他共に認める大親友の二人の言葉に、凪が
「そうそう。逆に静かだったら気味が悪い」
凪の言い草に零が笑いをかみ殺しながら
「優香が元気ないと空気が重くなるよね」
優也がおろおろしつつ
「そんな事言ってないで止めようよ」
「ほっときな。それにしてもいい年して緋寒も進歩ない言い合いばっかして・・・・」
凪が頭を押さえそう呟くと、克弥が淡い笑みを口元に乗せ
「毎回こんなことしてる訳?」
「そうだよ。ホントよくもまあ飽きずに」
竜也がやれやれと肩をすくめる。連夜が空を仰ぎ
「家族か・・・・・」
《私がお前の家族になってやるよ。そしたらもう・・・一人じゃないし寂しくないだろう?来いよ、暁家へ》
懐かしい声が脳裏に響く。この声のおかげで俺は自分の居場所を見つけられた。
「なんか言った?連夜」
竜也が首を傾げつつ問うてくる。
「いや、なんでもない」
「休憩終わり。皆さん!作業を再開して下さい」
零の声が響き渡り、全員は重い腰を上げて各々の作業に取り掛かる。優香と緋寒もようやく言い合いをやめて、睨みあいながら作業に移った。
「不機嫌な優香さんの機嫌直しといきますか」
誰にともなく呟く連夜。
「俺も手伝うよ」
「独り言を拾うな」
いつの間にか横に立ってた克弥を横目で見る。
「まぁまぁ。睨むなって」
手をあげてニコニコ微笑む克弥。その笑みを見てると無性に殴りたくなってくるのは俺だけだろうか。そんな事を思っていると
「おいそこ。サボってんじゃない。残ってやらせるぞ」
それだけは勘弁して欲しい。心の中でそう呟き、作業に取り掛かる。ちらっと優香の方をみてみると、道具に八つ当たりしていた。そこへ呆れたようにため息をついている凪が
「子供じみた真似はやめなよ」
的な事を言ったらしく、優香が凪に詰め寄って怒っている。
「俺も交ざろうかな。面白そうだし」
「やめときな。今交ざったら巻き添えを食うぞ」
「ちぇっ。つまんねぇの」
「克弥君、連夜。口を動かしてる暇があるなら手を動かしな!」
零が半ば怒鳴るように声をかける。二人は適当に返事をして作業を再開。
「お疲れ様。とりあえず今日分のやるべきとこは終わったみたいだから、ここまでにしようか。解散」
「お疲れ様でした」
「お疲れ~」
時刻は午後七時。友達や仕事仲間に挨拶をしてそれぞれの家へ帰っていく。
「やっと終わった~」
終わったと自覚した途端疲労の波が押し寄せてきた。
「一生分働いた気がする」
「そんなわけないじゃん」
馬鹿にしたように鼻で笑う凪。美麗がお茶を差し出し
「これを飲むと疲れが吹き飛ぶよ」
「もらう」
一気に飲み干す。冷たいお茶が臓腑に沁みて旨い。おかわりをついでもらって
「やっぱり美麗ちゃんのお茶は美味しいね」
「そりゃよかった」
「美麗。俺にもお茶くれよ」
連夜が手でパタパタ仰ぎつつ手を出す。美麗はその手をチラッと一瞥して、妙に色が濃いお茶を渡す。連夜は一口飲むと、吹きだして
「苦ッ!」
優也を除く男性陣がいっせいに口元を押さえる。女性陣は燈架があ~ぁと言わんばかりの顔で腕を組み苦笑してる。凪は小声で
「ざま~みろ」
と呟いてる。優香は複雑そうな笑みを浮かべてる。そんな和やかな空気が流れている場に
「皆~魅希喉渇いちゃった。飲み物持ってきて。お・ね・が・い。パチ」
数多の男を虜にする笑顔を振り撒きながらウインクをする魅希。零を含めた連夜達以外には効果絶大なその笑みを至近距離でみた数名の男が、目をハートにしながら崩れ落ちた。他の男子共は野太い声を揃えて
『今すぐ持ってまいります、俺らの魅希様!』
と大合唱している。はっきり言って、騒音以外のなにものでもない。
「またやってるよ。魅希の奴」
忌々しそうに舌打ちする優香。魅希が可愛いのは認めてやってもいいこともないが、こうも毎回アイドルのコンサート並みに騒がれるとウザさを通り過ぎて殺意を覚える。コップに残ってたお茶を一気に飲み干す。恐怖を覚えるくらい爽やかな笑みを浮かべ
「私ちょっとあの連中を沈めに逝ってくるわ」
「優香。漢字が間違ってるような気がするんだけど」
凪が引き攣った笑みを顔面に張り付けつつ問うと、優香はこちらの背筋を冷たくするぐらい軽やかな笑い声をあげ
「気のせいだよ。あんだけ騒がれたら近隣住民に迷惑だろうから、一喝殺りに逝くだけだって」
内容がとてつもなく怖い。それに加え、笑いながら言うもんだから更に怖い。
「明らかに漢字が間違ってるだろう」
「ホントに殺すなよ」
竜也と連夜は軽い口調で返す。
「う~ん。半殺しにするかもね。少なくとも黙らせた後、五体満足ではいられないかもしんない」
その言葉を満面の笑みで言うのだ。燈架は青ざめた表情で
「優香ちゃん、落ち着いて」
「なに言ってるの、燈架ちゃん。私は最高に冷静だよ」
「燈架をちゃん付けするの初めてきいた」
克弥がのんきな事を言っている。
「燈架の事をちゃん付けで呼ぶって事は・・・・・もうダメだな」
「あぁ。もう誰にも止められない」
ひそひそ囁き合っている連夜と竜也。優也がそんな二人に必死に訴える。
「そんな事言ってないで止めましょうよ」
『無理』
声を揃えてその訴えを一蹴する。優也はがくりと項垂れる。がくりと項垂れてる優也に美麗はお茶を差し出し
「優也。これでも飲んで立ち直りな」
「ありがとう。・・・・・・って美麗なら止められるんじゃん?」
「いや~皆元気だねぇ」
「・・・・・・・・」
そうこうしているうちに優香は騒いでいる男共に近づいていく。そして、男の群れの一人の肩を叩く。男が振り返った瞬間、男は吹っ飛んだ。比喩でも冗談でもなく本当に、約三十メートル前後の距離を。男が吹っ飛んだ先には、男共に投げキッスしたり、ウインクしたり、色香を振り撒いたりしている魅希が。
魅希は吹っ飛んできた男を寸前でかわし、悲劇のヒロインのようにワザと転んで
「ヒドイ・・・」
目尻に涙を溜めてしゃっくりをあげる。もちろん演技なのだが、男共の中にはそこまで洞察力に長けている者がいないようだ。
「誰だ!俺らの魅希様を泣かせた奴は」
「出て来い。再起不能にしてやる」
「生きて帰れると思うな!」
優香はそれらの言葉を笑い飛ばし
「お前らごときが私を再起不能にする?笑わせるな。返り討ちにしてやるよ」
「調子にのんな!このガキが」
「こいつ火の後継者だぜ。やめといた方が・・・・・」
「こっちに何人いると思ってんだ!軽く百人はいる。数で仕掛ければケリはつく」
「皆~魅希の為に頑張って~♪」
派手な投げキッスをそこら中に振り撒く。
『俺らの魅希様!!』
「勝利の女神だ!」
「魅希様に勝利を!」
叫びながら優香に向かっていく男共。連夜は牛肉になる運命の牛をみるような目で男共を眺め、竜也は
「勝算ゼロだな」
美麗はお茶菓子をほお張りながら、黒い笑みをひらめかせている。燈架と優也は止めるべきかどうか右往左往。凪は
嘲笑っている。零は包帯や傷薬、添え木などを用意している。克弥は
「ワクワクするな。どうなるんだろう」
結果は悲惨だった。
優香が宣告したように、男共は誰一人、五体満足ではいられなかった。必ずどこかを骨折してるか、火傷してるか、切り傷が全身にあるか、青あざがあるか、だ。
「ほらね。だから言ったでしょ?お前らごときじゃ無理だって」
最初に突っ込んできた男の襟元を掴んでつり上げつつ不敵に笑う優香。男は呻きつつ
「嘘だろ・・・・・あんなにいたのに全滅なんて」
「安心しな。殺してないから。まぁ全治一ヶ月以上だろうけど、全員」
そう言い放ち、男をそこらに投げ捨てる。男はしばらく傷の痛みに呻いたいたが、気絶した。
「無駄な運動だったな。腹も減ったし、帰るか」
終わったようだと判断して近寄ってきた連夜に声をかける。
「容赦ないね」
「完膚なきまで叩きのめすのが、私のモットーだから。だいたいあっちから喧嘩売ってきたんだから、手加減無用でしょ」
「喧嘩売ってきた?」
胡乱げに返すと優香は当然の事のように腰に手を当て
「私の目の前で騒いだ=喧嘩売った」
「お前の頭の中はどうなってるんだ」
竜也が惨状を見やりながら言う。
「まぁまぁ。とにかく終わったんだから、帰ろうか」
零がそう言うと全員は寮へ帰った。
翌日。日の光と、外の騒がしさで目が覚めた。
「・・・・・・ぅ・・・うるせぇ・・・・・」
寝ぼけつつ目を開けると、紅蓮がカーテンを開けていた。紅輝が優香の顔を覗き込んで
『起こしたか』
「外が騒がしいみたいだけど・・・・・なんかあった?」
『俺らもわからない。だが、外で何かあったことは確かだ』
体を起こし、伸びをしてカーテンを完全に開ける。
「・・・ぅ・・・・・ん」
「へっ?」
自分の横から声が聞こえる。視線を下げると連夜が一緒に寝ていた。その横には当然のように夕軌と朱音が寝ていた。そのまま固まっていると、優香の視線を辿った紅蓮はあぁと呟き
『昨日一緒に寝ていい?って連夜が言ったら優香がいいよって言ったんじゃん』
そう言われて慌てて記憶を辿る。そういえば言ったような気がしないでもない。とにかく
「起きろ連夜。いつまでも寝てるな」
強く揺すると、連夜は薄く目を開けて
「・・・・・優香。おはよう」
「おはよう、じゃねぇよ。起きやがれ」
『朝から元気な事だね』
『おはよ~優香、連夜、紅輝、朱音、紅蓮兄さん』
「おはよ。朱音、夕軌」
「はよっす」
お互い挨拶していると、外が更に騒がしくなってきた。顔を見合わせて急いで服を着替えて外に出ると
「なんだよ・・・・・・これ」
隣では連夜も絶句している。紅輝達も目の前の光景が信じられないのか、何度も目を擦っている。
二匹と二頭と二人の前には、昨日を入れて一週間かけて作っていた祭りのセットがすべて壊されていた。薪の山に見えても、元が神輿や矢倉や屋台には見えないだろう。
優香はギリッと唇を噛み締め、拳を固く握り締めた。
「誰が・・・・・こんな事を・・」
唸るように声を絞り出す。
「彩夜です」
後ろから答えが返ってきた。ずいぶんと悔しそうな声音だ。振り向くと守弥が立っていた。
「すみません。僕が間諜とばれてしまいました。それでキレた彩夜が・・・・」
「彩夜か・・・」
口の中に血の味が広がる。怒りで視界が真っ赤に染まった気がする。
《わたし、しょうらい優香のしゅごしゃになりたいな。いまは光と闇っていうかべがあるけど、いつかかならず》
《うん。約束だよ彩夜》
《もちろん》
幼い頃指切りをした言葉が儚い泡のように浮かび上がって消えていく。なんで、という言葉が言葉にならず消えていく。
「優香」
気遣うような声が耳朶を打った。のろのろと顔をあげると、連夜が一瞬痛みを堪えるような顔をして優しく頭を撫で
抱きしめた。
「我慢するな。お前は昔から何でも抱え込みすぎだ」
「優香様。申し訳ありません。僕がばれないようしっかりしていれば・・・」
自分を責めるような口調になった守弥。自分の些細なミスのせいでこんなことになったのだ。悔やんでも悔やみきれない。
「守弥のせいじゃない」
意外としっかりした声で言う。顔を上げ
「彩夜を潰す」