第十八話 凪の過去
消えない過去がある。深く癒えることのない傷がある。闇というべきモノが少しずつ大きくなっていく。一生消えることのない傷跡が、しだいに闇に変わっていく。止める術はない。居場所がない限り・・・
雪が降っている。心まで凍てつきそうな冷たい雪が。
「あの子よあの子。後継者になった子」
「でもあの子親がいないんでしょ」
「聞いた聞いた。捨てられてたあの子を現当主が拾ったんでしょ」
「後継者の証があるからってあんなどこの馬の骨かわかんない奴が後継者なんて」
「この国も終わりかも」
「しっ聞こえるよ」
そんな大人達の横を生気のない目をした少女が通り過ぎていく。
少女が通り過ぎたらまたひそひそ話し出す。歓迎されてない。そんな事は最初からわかってた。だがもうどうでも良い。すべてがどうでも良くなった。
聖藍にお前は捨てられたんだと告げられたときは、絶望が襲いかかってきたが今はもうなにも感じない。
涙も枯れてしまった。もう一生分流しきってしまったかのように。
闇が蠢く。その闇に意識のすべてを委ねようとしたとき
「あなた、なにしてるの?」
幼い声が問いかけてきた。顔を上げると、真っ白な雪の中にくるっと巻いてある綺麗な茶髪が視界に飛び込んできた。見たことのない顔だった。少女がもう一度問うてきた。
「あなたはだれ?」
「あんたこそだれだよ」
つっけんどんに言うと、怖がる様子もなく
「わたし?わたしは魅希っていうの。ひかりのこうけいしゃよ。あなたは?」
「わたしは凪。みずのこうけいしゃ」
ぶっきらぼうに名乗ると、魅希は驚くほど優しい微笑を浮かべ
「凪っていうの?」
一拍置いて手を握ってきた。目を見開いて固まる凪の様子に気づかず
「いいおなまえね」
「わたしといっしょにいないほうがいいよ」
「どうして?」
「いいことないから」
そう言うと、魅希は首を傾げてからこう言った。
「そんなのいっしょにいてみないとわかんないじゃん」
これが凪の未来を変えた少女との出会いだった。この少女と出会わなければ今の自分はなかっただろう。
「みんな、このこがみずのしゅごしゃのこなんだって。なまえは凪。わたしたちとおないどしなんだって。ね?」
「うん。五歳になった」
魅希がやたらと嬉しそうに話しかける。皆の中の強気そうな少女が値踏みする様に上から下までジロジロ眺め
「ふーん。このせいきのかけらもないやつがしゅごしゃねぇ」
「優香ちゃん、そんなにジロジロみたらしつれいだよ」
弓矢を肩に背負った少女が優香と呼んだ少女を嗜める。優香は頬を膨らませ
「いいじゃんか。燈架はケチだなぁ」
「そういうもんだいじゃ」
言い合いを始めた二人を捨て置き、お茶を飲んでる平和オーラ垂れ流ししてる少女が名乗る。
「わたしはかみなりのくにのこうけいしゃ、美麗といいます」
「ぼくはかみなりのくにのしゅごしゃ、優也です。よっよろしく」
「おれはひのくにしゅごしゃ、連夜。おぼえなくていい」
非友好的な態度をとる連夜。竜也が連夜の肩に腕を置き
「あいかわらずぶあいそうなやつ。おれはみずのくにしゅごしゃ、竜也。これからよろしく」
「・・・・・・よろしく」
それから一年が経ったある日。
いつものように薄暗い通りに呼び出された凪はうんざりしていた。今日で何度目だろう。数えるのも億劫になってきた。目の前には通称いじめっ子と呼ばれる少女が数人、偉そうに腰に手を当てている。
「いい加減こういうことやめて欲しいんですけど・・・」
「うるさい。親無しが」
髪をツインテールにしてる少女がそう言うと、リーダーらしき人が
「まぁまぁ、落ち着きなって」
「だけど愛夢。こんな親無「いい身分だよね~優遇されてさ。さすが後継者様。チョー羨ましいわ。どこの馬の骨かわかんない捨てられっ子のくせにさ」
明らかに悪意込めまくりの言葉だ。凪は無言で手のひらに爪を食い込ませた。こうでもしないと飛び掛ってしまいそうだ。リーダー的少女、愛夢の演説は続く。
「あんたみたいな力がない奴が後継者になれるなんて、マジ信じらんないわ。てことで私に後継者の座譲ってくれない?あんたみたいな親無しの特別扱いされてる奴みてるとイラつくんだよね」
「なんで私があんたらの都合で後継者をやめなきゃいけないのかがわかんない。それに後継者は生まれながら決まって「黙りな!」
髪をお団子にしてる少女が腰にさしてある刀の柄に手をかけた。
「あんたに拒否権はないの。あんたみたな弱い奴が、後継者の証があるからって優遇されてるのが気に食わないんだよ!ここで死ね!」
その言葉を合図に、少女が武器を手に襲い掛かってくる。凪は必死に応戦するが、いかんせん数が多すぎる。
腕、足、腹、背中、頬、胸に次々と切り傷が増えていく。
「どうせこんな奴を助けに来るやつなんかいないんだ。厄介な魅希は今当主たちに呼び出しを食らってる。じわじわいたぶってやろう」
その通りだ。自分を助けに来る奴なんかいない。魅希だけだ。自分を特別扱いしないで友として接してくれたのは。他の守護者や後継者達は一定距離離れたとこから話しかけてくるだけだ。
まぁ話かけられても、最低限の返事しかしなかった自分が悪かったのもあるが。
「いいざまだね。水の後継者様よぉ」
壁に背中を預け喘ぐ。口の中に血の味が広がる。視界が揺れる。体の感覚がまったくない。
「これでトドメ」
いじめっ子全員が刀を振り下ろした。
こんなとこで死ぬのか。まぁ自分には相応しい最後かもしれない。
キィーン
金属同士がぶつかり合う甲高い音が響く。咄嗟に閉じてしまった目を恐る恐る開いて見ると
「・・・火の後継者!?」
「よっ水の守護者の・・・・なんて言ったっけ?・・・っ・・ねぎだっけ?・・ぎんなん・・・・だっ・・・け?」
「凪だよ!なんだよぎんなんって」
「・・・ごめんごめん。で、・・・っ・・大丈夫か?」
数本の刀を一本の刀で止めたままで心配そうに振りかえる優香。そのとき
「あんた・・・・・そこ・・・」
優香の脇腹に止めきれなかった刀が一本突き刺さってる。そこから赤い血が流れる。苦しげに息をしながら
「こんくらいッ・・・どって事・・・ない。・・・・・それより・・っ怪我は?」
「私の事より自分の事を気にしなよッ!血が出てんだぞ」
「そうそう、自分の心配しなよ」
優香の脇腹に刺さってる刀をゆっくり押しながら愛夢が囁く。優香の顔が苦痛に歪み、唇から血が滴る。
「うるせぇ・・・」
風に溶けてしまうほど小さい声で呟く。髪で表情が隠れていて見えないが、優香のまとう空気が触れれば斬れそうなほど鋭くなる。
次の瞬間、優香は顔を上げた。その瞳は真紅に染まっていた。
その目を真正面から見た愛美は一歩後ずさった。優香の瞳には抑え切れない怒りがこもっていた。
「死にたくなければ二度と凪に手を出すな!でなきゃお前らを殺す」
この年の少女でもわかる明確な殺気を向けられ、いじめっ子達は一目散に逃げ去った。
「あれくらいの仕打ち、耐えられたから。余計な事しないでよ」
優香の傷の手当をしながらそう言った。まさか魅希以外に助けてもらえると思わなくて、嬉しさ半分で動揺していた。
「助けてやったのにその言い草はないだろう」
時々顔を顰めつつ、不貞腐れる優香。
「迷惑だって言ってんの!どうせ私の事親無しの力のない名ばかりの後継者って思ってるくせに!」
いつも心の中で叫んでた言葉を吐き出す。
優香は目を見開いて驚いたように私を見ている。数秒黙ったあと
「じゃあ私が・・・私達がお前の友達になってやるよ。それと、名ばかりの後継者って言われなくなるように一緒に特訓してやる」
「ぇ・・・」
人間意外な答えが返ってくるとどうしても上手く返事が出来ないらしい。呆然としていると優香がニコッと笑って
「よろしくな、凪」
それから一週間と少し経ったある日。全員で親睦を深めつつ修行しよう。という優香の提案で近くにある修練場へ向かった一行。が・・・。
「魅希!早速サボってんじゃねぇ」
少女にあるまじき怒声を上げる優香。怒鳴られた本人は
「うるさいなぁ。魅希は今神聖なメイク勉強中なの~邪魔しないで」
「な~にが神聖なメイク勉強だ!そんな事してる暇があるんなら、魔術と剣術でも磨け!」
「ぇ~魅希そんな野蛮な事したくない」
「なっ・・・・・野蛮だと・・・この野郎・・・・・真面目に取り組んでないお前がそんな事言えると思ってんのか!」
「うん。思ってるよ」
「てめぇ・・・」
果てがなさそうな二人を見て、美麗がのんびりした声で
「優香ちゃん。あんまり暴れると傷口開くよ」
「傷!」
「いつ負ったんだ!誰にやられたんだ」
不機嫌そうに木に寄り掛かってた連夜と、微笑ましいものを見てるような顔をしてた零が目の色を変えて優香に詰め寄る。凪が深く俯く。優香は困ったように頭を押さえて
「この傷は大事な友達を・・・家族を守った証なんだ」
「友達?」
「家族?」
うろんげに返した二人には何も言わず、凪の傍に歩いていきその頭に手を乗っけて
「だから・・・そんな悲しそうな顔・・・・・すんなよ」
優しく頭を撫でる。凪はその手を払って、そっぽ向き
「ほっといてよ」
「えっと凪さんだっけ?なんでそんなにツンツンしてんのかな」
優也がビクビクしながら訊ねる。凪が目をやると体を強張らせ涙目になる。ずいぶん気弱な性格のようだ。
竜也が優也の肩に腕を置き
「お前は相変わらず気弱だなあ」
「男のくせに泣くんじゃねぇよ」
連夜が吐き捨て、優也が更に泣きそうになる。零がその様子を見て
「お前ら。優也をいじめるな。優也もすぐ泣くな」
三人の頭を順番に叩く。まるでお兄さんみたいだ。
「優也君は連夜君と竜也君の玩具になってるね」
燈架が苦笑しつつその様子を傍観してる。その横ではいつものようにお茶とお茶菓子を広げ、美麗がくつろいでいる。
「よっし。連夜、竜也、手合わせしよう。今日こそ連夜に勝つ」
勢いよく拳を上にあげて傷に響いたのか顔を顰める。連夜が口元に微笑を浮かべ
「受けてたつ」
凪は目を見開いた。喜怒哀楽が欠落したような顔で突っ立てた連夜が笑ったのだ。しかも見たものをハッとさせるような、魅力を兼ね備えた笑みだ。
「久しぶりにみたな。連夜の笑顔」
竜也がひゅうと口笛を吹いた。優也は同姓なのに見惚れている。
「きゃあ、連ったら超カッコイイ♪さすが魅希の王子様」
すぐさま元の不機嫌そうな顔に戻って
「俺はお前の王子様じゃない。気持ち悪いこと言うな。鳥肌がたつ」
酷い言いようだ。そう思ったのか凪が批判的な目で連夜を睨む。連夜がその視線に気づき真っ向から睨み返す。その不毛な睨み合いの真ん中に立ち
「お前ら、なに見つめ合ってんだ?もしかして一目ぼれってやつか?」
優香が間の抜けた事を真顔で言い、全員が一瞬固まったあと笑いの嵐が巻き起こった。