第十五話 変わらぬ関係
部屋の中はあれから四年の月日が経ったにもかかわらず、まったく変わってなかった。
案外変わらないものなんだな。
妙なとこで感心してしまう。それと同時にホッとしている自分がいるのも事実だ。
音を立てないように寝室に入り、小声で声をかけてみる。
「優香、起きてるか?」
返答なし。どうやら爆睡しているようだ。
「困ったなあ。俺も眠いんだけど、これじゃあ寝れない」
ガクリと項垂れる。気を抜いたらすぐにでも夢の世界へ飛び立てそうだ。
「仕方ない。ソファーで寝るか」
よろめきつつソファーに歩いていくと、後ろから鋭い声で
『そこで何してる』
この声は聞き覚えがある。懐かしそうに目を細め
「久しぶりだな。紅輝」
『その声は・・・連夜・・・・・・か?』
『連!?』
紅輝より若干幼さの残る声だ。この声は
「紅蓮か」
『連~』
駆け寄ってきたのは、四年前より成長した紅蓮の姿が。その背中には、鼬姿の紅輝もいる。
「大きくなったなぁ、紅蓮。紅輝は・・・その姿じゃわかんないけど」
『お前も背が伸びたな』
『連は何しに来たの?』
紅蓮が足に鼻面を押し付けてきたので、しゃがんで頭を撫でて
「優香に俺の部屋どこか聞こうと思って」
『あぁ、その事か。その事なら優香から指示を受けている』
『連夜の部屋はここだよ』
「えっ」
連夜は呆けたようにポカンとしている。
『連夜の呆けた顔ってのも見物だね』
紅輝がニヤニヤ笑いながら連夜を眺める。連夜が気を取り直すように頭を振って
「ジロジロ見んな」
紅輝の頭を軽く小突く。紅蓮がその手にじゃれついて
『連~久しぶりに遊ぼ?朱音と夕軌は?』
「朱音と夕軌なら・・・」
そう言って笛を吹く。数秒後、紅蓮と同い年ぐらいの狼と紅輝と色違いの鼬が現れた。
『久しぶり、連夜。紅蓮に紅輝も』
朱音が挨拶する。夕軌も紅蓮に体をすり寄せ
『お久しぶり、紅蓮兄さん』
『四年ぶりだね。夕軌』
「そういえば二人とも兄弟だったっけ?」
瞳の色以外すべてが瓜二つ。まぁ兄弟というよりは双子に近い。
『忘れてたのか』
紅輝が呆れたように呟く。朱音は器用に尻尾で頭を押さえている。
「ゴメンゴメン」
『そういうことは、もう少し申し訳なさそうに言うものじゃん』
紅蓮が連夜の顔を覗き込んでそう言い、夕軌も
『形だけでもすまなさそうにしなきゃ』
「確かに」
『お前ら』
頭痛を堪えるように頭を押さえている朱音。紅輝がため息をついて
『話を戻すぞ。連夜の部屋はここだ。この部屋を三人で使うんだとさ。で、寝室は優香の部屋か克弥の部屋、どっちがいい?』
「克弥と同じは嫌だ。誰が好き好んで男同士で寝なきゃならんのだ。暑苦しい」
『なら、優香の寝室を改造するか。よし、決定』
紅輝が話は終わったとばかりに寝室に戻る。紅蓮も連夜の服の裾を銜えてグイグイ引っ張り
『連夜も一緒に寝よ?朱音も夕軌も皆一緒に寝ようよ。昔みたいに』
『そうね。四年ぶりだしいいかもね』
『寝よう寝よう』
夕軌も紅蓮と同じようにグイグイ引っ張る。連夜は苦笑して
「わかったわかった。わかったから引っ張るな。服が伸びる」
優香の寝室に入ると、服が散乱していた。どれも動くやすく、なおかつシンプルな服ばかりだ。
どこかの誰かさんとは大違いだな。
そう思いつつ服を畳んで隅に寄せる。
「相変わらず片付けるのは苦手なんだな」
『仕事部屋も凄いことになってるから、覚悟しといたほうがいいぞ』
「やっぱり」
思わず顔を顰めてしまう。昔は、仕事している時間より片づけをしてる時間のほうが多かった。またあんな風になるのか。
『諦めな。優香は片づけが大の苦手なんだから』
『それやらせるより、仕事をやらせた方が無難だしね』
『性格の問題なのかねぇ』
「言えてる。あいつがさつだからな」
本人が聞いたら怒りそうな内容を、本人の枕元で話している四人(一人と三匹)。紅輝は欠伸をして
『とにかく早く寝ようよ』
「そうだな」
優香を起こさないようにベッドに潜り込む。酷く懐かしい香りが鼻孔をくすぐる。ようやく自分の居るべき場所に戻ってきた気分だ。
「ただいま」
誰にともなくそう呟き、睡魔に身を委ねた。
耳障りな音が静まりかえっている部屋に響く。その音は次第に大きくなり、窓を叩く。
「・・・・・・雨・・・か」
ポツリ、と目が覚めきってない声が漏れる。もう一眠りしようと寝返りを打ち、そこにいるはずのない人物をみつけ目を見開いた。
大声を上げそうになった口を塞ぎ、目を瞬かせる。
「なんで連夜がここに」
優香は唖然としつつようやくそれだけ呟く。よく見れば、朱音や夕軌も一緒に寝ている。
おそらく、紅蓮が連夜達に一緒に寝ようとか言ったのだろう。実際に会話は聞いていないが、大体の想像はつくのだ。
小さく笑みを零し、連夜の髪を梳く。自分と同じように細い髪だ。昔はこの髪が気に入らなかったが、今は結構好いている。理由は寝癖が気にならないから。
「連夜には茶髪より漆黒が似合う」
優香も黒い髪が似合ってるよ。ずっと前に聞いた言葉が脳裏に木霊す。ため息を飲み込んで、窓を開ける。外は薄暗く、正確な時刻はわからないが四時前後だろう、多分。
『・・・・・・優香、起きたのか』
「紅輝・・・ごめん、起こした?」
『自然に目が覚めただけだ』
安心したように紅輝の背中を撫でる。気持ちよさそうに目を細めながら
『外は雨か。嫌な天気だな』
「うん」
雨は嫌いだ。雨音を聞いていると、思い出したくない過去を思い出してしまう。
軽く頭を振って思考を切り替える。いつまでも過去に囚われていては前に進めなくなる。立ち止まってる暇などないのだ。
「私は私の出来ることをすればいいんだから」
自分に言い聞かせるように呟く。紅輝が励ますように尻尾で背中を叩く。薄く笑って言葉を続ける。
「今までずっと過去から目を背けてた。逃げてたんだ。直視するのが怖かったから。認めてしまうのが恐ろしかったから、ずっと見ないようにしてた。だけど、それじゃあダメなんだ。前に進むには、過去を乗り越えないと話にならない。今頃になって気づくとは、情けないことこの上ない」
最後は自嘲気味に吐き捨てた。
『これはお前の問題だから、俺達は手を出せない。ヘタに手を出すと、傷口を広げかねないからな。だが、一言言っておく。辛くなったらいつでも言え。迷ったら自分の信じた道を行け。一人で抱え込むな。その為に俺達がいるんだから』
優香は顔を歪ませた。目尻には涙が溜まってる。泣いてるとこを見られまいとして俯き、涙声で
「ありがと・・・」
『優香が泣くのを見たのは久しぶりだ』
「うっせぇ」
涙を拭いながら軽い口調で返す。そうでもしないと泣き崩れてしまいそうだ。
紅輝が何か言おうと口を開いたが、優香の後ろを見た途端わざとらしくそっぽ向いた。不思議に思い後ろを見てみると、前足で頭を押さえてる朱音、真剣な顔して会話を聞いている夕軌、目を丸くしている紅蓮、最後にニヤニヤ笑いながらこっちを眺めている連夜がいた。
「俺らのことは気にせず続けて」
「アホか!」
恥ずかしさと、黙って会話を聞いていた怒りが混ざった声で怒鳴り、近くにあった枕を連夜に投げる。危なげなく受け止めて
「危ないな。一応女なんだからもっとおしとやかにしてなきゃ」
「うるさい」
『連がからかうからだよ』
朱音がそういうと、連夜が心外なとばかりに目を見開いて
「からかってるんじゃない。遊んでるんだ」
「なおさら悪い」
噛み付きそうな勢いで抗議するが連夜は意に介さず
「ハイハイ。優香ちゃんお静かに」
「子供扱いすんな」
『優香って子供なの?』
さっきより目を更に目を見開く紅蓮。連夜は腹をかかえて爆笑している。紅輝も枕に顔をうずめて体を震わせてる。唯一夕軌だけが話の内容がいまひとつわかってないようで、朱音に聞いている。
「私は子供じゃない。連夜が勝手に言ってるだけだから真に受けないで」
自分の持っている数少ない自制心を総動員させ気を静める。だが、声音にはわずかながら怒りが含まれている。紅蓮は無邪気な笑い声を上げて
『連夜が勝手に言ってるだけなの?そっか。そうだよね。優香は怒りやすくて無鉄砲で考え無しだけど子供じゃないもんね』
物言わず撃沈した優香。連夜は爆笑どころではなく、大爆笑している。紅輝は枕で笑い声を押し殺しているが、時々
笑い声が漏れている。夕軌もようやく理解したみたいで笑みを浮かべている。朱音も同様に笑ってる。優香は全員を睨んで、ベッドに身を投げた。そして、掛け布団を頭からかぶる。
「不貞寝開始だなッ」
必死に笑いを堪えつつ声を絞り出す連夜。紅輝が少しやりすぎたかなと思い
『優香、その・・・悪かった。ちょっと悪ふざけが過ぎた』
『優香?どうしたの?どこか痛いの?』
自分の言葉が優香にトドメをさしたとは露知らず、心配そうに布団の隙間から頭を突っ込む。
『紅蓮って無意識な分性質悪いね』
朱音が同情の眼差しを優香に向ける。夕軌も苦笑いを浮かべてる。紅輝が何とか優香の機嫌を直そうとわざと明るい声を出して
『そういえば、あと一ヵ月後には武術・魔術総合大会が行われるんだったな。優香はどれに出るんだ?』
「剣術と魔術」
物凄く不機嫌そうな声が返ってきた。連夜が挑戦的に
「へぇ、俺も同じの出よっと。今年こそは未成年の部で優勝してやるよ」
そう言い放つと、優香が掛け布団を跳ね上げて
「やれるもんならやってみな」
不敵な笑みを浮かべている。お互いに言い合ってる二人を尻目に夕軌が首を傾げて
『武術?魔術?大会?』
『そうか。お前はまだわからないか』
朱音がそう言い、夕軌に説明する。
『この光の世界では、年に一回武術と魔術の総合大会が行われるんだ。会場はその年毎に火・風・水・雷という順番で回ってくる。今年の会場は火だから私たちのとこでやるんだけど、それは置いといて』
そう言って、何かを脇に退ける仕草をする。連夜は可愛いなあと呟き、頭を撫で回す。されるがままになりながら話を続ける。
『武術の部門では、剣術、弓矢、魔術の部門では、攻撃魔法、防御魔法がある。全部に出てもいいけど、どれか一部門は必ず出なきゃいけないんだよ』
『朱音物知りだね。じゃあ未成年の部ってな~に?』
今度は紅蓮が朱音に問う。
『未成年の部は八歳から十五歳までで、成人の部は十六歳から出場出来るんだよ』
「そうだったのか」
「知らなかったな。やっぱり物知りなんだな、朱音は」
言い合いを中断して話に割り込んでくる優香と連夜。
『知らなかったのか』
呆れ混じりのため息をつく紅輝。優香と連夜は同時にそっぽ向く。朱音は苦笑して
『まぁそんなことだろうと思ったよ。昔勉強サボったツケが回ってきたね』
「うっせぇ」
「ほっとけ」
『説明を続行するか』
朱音がそう言うと、すぐさま寄ってくる紅蓮と夕軌。朱音は説明を続ける。
『総合大会のあとには、九月に武術大会、十一月に魔術大会があるんだ。その大会は成人も未成年も関係なくごちゃ混ぜでやるから、怪我人が続出するという・・・』
『うわぁ・・・怖いね』
『怪我人が続出って・・・・・・熱中しすぎでしょ』
紅蓮と夕軌がそう言うと、優香がわざとらしく咳払いする。連夜が意味あり気な笑みを浮かべて
「そういえばどっかの誰かさんは、出場するたびに怪我してたっけ」
『確かに。どっかの誰かさんは毎回大怪我してたっけな』
さりげなく優香の方を見ながら言う紅輝。
「うるさいぞ。余計な事を吹き込むな」
ニヤニヤ笑ってる紅輝と連夜と朱音に向かって、優香は噛み付きそうな勢いで怒鳴った。