第十一話 優香の過去2
「こいつか」
リーダーが確認するように仲間その三に問う。問われた仲間その三は首が取れそうなほど上下に振り
「間違いありません」
なっ、と自分と一緒にこの子供を見つけた仲間その二に言う。仲間その二は黙って頷く。
「ただのガキじゃねぇか」
リーダーがいまいましげに唾を吐く。目の前にいるのは、木の根元にもたれかかって力なく目を閉じている女の子だ。顔色は悪く、意識も無い。おまけに金目のものは何も持ってなさそうだ。
「無駄骨でしたね」
仲間その一が自分の肩を揺すりながらリーダーに囁く。
「そのようだ。一応このガキの周り探ってみろ」
「了解しました」
若干めんどくさそうに答える仲間達。みんな本音はこんなガキが金目のもの持ってるわけない、と思っているのだが、そんなこと言った瞬間リーダーの雷が落ちることは目に見えているので何も言わない。突然
「リーダー、これ見てください」
「なんだ」
リーダーを呼んだ仲間その四は興奮した顔つきで
「これって紅玉のネックレスじゃないですか?」
仲間その四が持っていたのは、炎の形をした赤い石がはめ込まれている一見ンシンプルなネックレスだ。リーダーは恐る恐るネックレスを受け取りジーっと見つめ、次に驚嘆の眼差しで女の子を見て
「本物を見られる日が来るとは・・・・・だがなぜこんなガキがもってるんだ」
何故ここまで驚くかというと、この世界で宝石が取れることは滅多にない。仮に取れたとしても、大きい物でせいぜい親指くらいの大きさのものだ。小さい物だと、米粒の半分くらいの大きさになってしまう。この小さいのでも数十年に十個採れるかどうか、だ。
ちなみに大きいので山五つ、小さいのでも町二つぐらいは軽く買えるし、買ってもまだお釣りがくる。それをこんな子供が持っているのだからそりゃ驚くだろう。まぁこの子が持ってるのは魔力を結晶化したものであって、宝石ではないのだがこの男にそれを見分ける術はないようだ。
「いい拾いもんしたぜ」
会心の笑みを浮かべ懐にしまおうとすると
「それ私のなんだけど。勝手に取らないでもらえる」
怒りを含んだ声音が背中にぶつかる。
振り返ると女の子、優香がこちらを睨んでいた。リーダーは鼻であしらい
「そのまま気絶しとけばよかったものを。おい、片付けろ」
仲間共に命じ、歩き出そうとした先に男の子が立っていた。
(こいつ、いつの間に)
息を呑み、反射的に数歩後ずさった。男の子が静かな声で
「そのネックレスを置いて失せろ。仲間を連れてだ」
「なに言ってやがる。身の程をしれ!小僧」
そう言って弓矢を持ち、射る。
(この距離じゃ避けきれまい)そう思い、再び歩き出そうとすると
「遅いな。燈架の弓に比べたらカタツムリ並みだ」
そう冷評し、矢を指で止めた男の子、連夜はニヤッと笑い
「返すぜおっさん」
言い放った瞬間矢を投げ、矢に気をとられている隙に懐に入り込み顎に一発蹴りを入れる。そのまま流れるようにリーダーがもってたネックレスを奪い取る。
「はい終了」
『連、カッコいい』
紅蓮と夕軌は感嘆の声をあげる。朱音もめんどくさそうに拍手して
『あなたホントに十歳?詐欺じゃないの?』
「失礼な。俺は正真正銘十歳の子供だよ」
あえて沈黙を選んだ朱音。そんな朱音を捨て置き、前方を見て
「あっちも終わった頃合だね」
そこには、炎に追われ笑えるくらい必死の形相で逃げ回る山賊共の姿が。
おおかた優香が「こっち来ないほうが身のためだよ。まぁそれでも来たいんなら止めないけど、痛い目みたくないでしょう。山賊気取りのおじさん達」とか言ったのだろう。
そして挑発に乗った山賊が自分の間合いに入った瞬間、魔法を発動したのだろう。
優香の口元には、「ほらね」とでも言いたげな意地の悪い笑みを浮かべている。
『紅くてキレイ』
紅蓮が、山賊共の身体に点いている炎を追いかけ始める。幼さゆえにこの状況をうまく飲み込めてなくて、ただ単に花火の類と思っているようだ。
「優香、そろそろ止めとけ。そいつらももう懲りただろう」
「ちぇっ。仕方ないな」
不満げにしながらも炎を消す優香。連夜は優しく頭を撫でて
「お疲れ様。治療再開するか」
「お願いします」
「素直でよろしい」
偉そうに言いつつ治療再開。一応麻酔をかけたが、完全に治してはいないのだ。麻酔が切れないうちに治癒してしまうのが賢明だろう。
『優香、魔力は』
「あと三十分程度ならぶっ続けでも大丈夫」
『そうか。よかった』
ホッとため息をつく紅輝。優香はなんでみんなして過保護なんだろうと心の中でぼやく。
数分後、連夜は疲れたように伸びをして
「はい、終わり」
「ありがとう連夜。誕生日なのにごめんね」
申し訳ない気持ちでいっぱいになった優香は俯く。連夜の手を煩わせてしまった自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
「いいってことよ。気に病むな」
優香の頭をポンポン叩き、身軽に立ち上がり
「足止めを食っちまったがそろそろ行くか」
「うん。紅輝、紅蓮。おいで」
駆け寄ってきた紅蓮を抱き上げ、紅輝が肩に止まったのを確認してから連夜に目配せする。連夜は人差し指と親指で輪を作り、笑ってみせる。
風が二人を取り巻き虚空に消えた。
「よし。準備完了」
達成感に満ちた表情で室内を見回す竜也。そこには『連夜 十歳の誕生日おめでとう』と書かれた誕生日チョコケーキが一個。しかも、二段重ねだ。作ったのは美麗ちゃんと零と竜也で、凪はケーキの飾りつけ、優也は各自の用意した誕生日プレゼントの包装、燈架と魅希は室内の装飾担当だ。
「みんなも終わったかい?」
零が優也と燈架と魅希に訊ねる。優也は薄く笑みを浮かべ
「お・・・終わったよ」
「バッチリです」
「完璧だよ♪」
疲れきってる優也と燈架をしりめに、魅希は零に抱きついて答える。零は苦笑いして
「えーと・・・」
困ったように魅希を見下ろすが、魅希は気づかず
「そっちのケーキ美味しそうだね~ねぇ一口食べていい?」
「ダメに決まってるだろう」
呆れ混じりに呟く竜也。魅希は今度は竜也に歩み寄り
「一口だけ、ね」
可愛らしく小首を傾げてみせる魅希。竜也、優也、零、連夜、各当主以外の男なら一発で頷いてしまうだろうが、生憎ここにいる男には効かなかったようで
「ダメなものはダメ」
ため息をついて魅希から離れる。魅希はつまらなそうに頬を膨らませ
「竜也が冷た~い」
とかなんとか言って玄関に向かう。気晴らしに男共のとこに行くのだろう。
「ふぅ~。今のやり取りで疲れが倍増した気がする」
「お疲れ、竜君。お茶いる?」
「もらう」
美零からお茶をもらい、近くの椅子に腰掛ける。
「美麗。俺にもちょうだい」
「私ももらっていい?」
「ど~ぞ」
「ありがとう。零さんももらう?」
今まで呆けてた零はその声で我に返り
「あぁ、もらう」
心なしか動きがぎこちない。
「どうかしたの?」
「いゃ・・・優香達は何してるかなって」
「きっと楽しんでるよ」
凪は窓を見つめてそう呟く。みんなもつられて外を見る。さっきまで降っていた雪は止んでいた。
「やっと着いた」
魔力を使い過ぎてへたり込んでる優香を見下しつつ、微笑む連夜。その笑みは見る者の心を温かくさせるような微笑だ。優香は魅せられたように連夜の笑みを見返す。
「俺の顔に何かついてる?」
慌てて両手を左右に振り
「違くて・・・・・・かっこいいなって・・・思って」
『優香~?頬が真っ赤だよ。リンゴみたい』
無邪気な笑顔で優香の頬を鼻面で突く。
『ホントだ。珍しいこともあるもんだ』
明日は霰が降るかな、とか言いながら空模様を確認する朱音。
「どういうことかな」
口元に笑みを浮かべるが目が笑ってない。
『優香、落ち着け。連夜、夕軌が海に向かってるぞ』
「なに!?」
滅多に動揺しない連夜の端整な表情に焦りの色が浮かぶ。海の方を見てみると、夕軌が海に入るまであと数歩のとこにいた。
『連~入っていい?』
「入っていいけど・・・・・・朱音。溺れたら助けてやってくれ」
『わかったわ』
「紅蓮も入りたいなら紅輝と行ってきな」
『うん』
嬉しそうに返事をすると優香の頬を一舐めし、紅輝と海へ向かう。
「何度みても綺麗だね」
連夜が優香の隣に腰を下ろす。
「そうだね。この景色は何度見ても飽きない」
二人はしばし無言で海で遊んでいる紅輝達を眺める。
ふと思いついたように
「ネックレスつけなきゃ」
ポッケから出したのは、後継者と守護者の契約の証の大切なネックレスだ。これを囮に使ったと緋寒が知れば何を言われるか想像に難くない。
ちなみに、契約の証にはネックレスのほかにもブレスレットと指輪がある。
美麗と優也は、契約の証を指輪にし。右手の中指にはめている。凪と竜也は、契約の証をブレスレッドにし、左手首にはめている。
「もう一回契約の儀式しない?」
連夜が自分のネックレスをはずし優香に渡す。
「ここで?」
「もちろん。やってみたかったんだ」
「面白そうだね。やろっか」
そういうと、優香は立ち上がり姿勢を正した。反対に連夜は片膝をつき、右手を左胸に当てる。
「汝、我が牙となることを誓うか」
「誓います」
「我が盾となることを誓うか」
「誓います」
「我が守護者になることを誓うか」
「この命に懸けて誓います」
優香は連夜に立つよう促す。連夜が立ち上がったら、一言言って連夜の首にネックレスをかける。そして、ネックレスの宝石部分に手を当てて
「火の国の後継者、優香の名のもとに連夜を火の守護者に任ずる」
優香には不似合いな真面目な表情と厳かな声で締めくくる。
数秒の沈黙の後、堪えられなくなったのか連夜が肩を震わせ笑い出す。
「連夜・・・」
渋面を浮かべて連夜を睨む。
「ゴッ・・・・・・ゴメッ・・・」
「笑いながら謝っても許す気になれない」
不貞腐れたようにそっぽ向く。連夜はまだ笑いながらなだめる様に優香の髪を梳き
「だって・・・優香が似合わない真面目な表情するんだもん」
「ほっとけ」
「まぁまぁ、悪かったよ。怒るな」
なんとか笑いをかみ殺して真面目な表情を作る連夜。
しばらくして、海で遊び疲れた紅蓮達が紅輝達に運ばれて戻ってきて
『優香~寒いよ。温めて』
『連~。身体が冷たいよ』
『冬なのに海に入るからだよ』
半ば呆れ混じりの声で紅蓮を地面に下ろす紅輝。朱音はため息をついている。
「紅輝の言葉は正論だな」
夕軌の身体についた水気を魔力を使って飛ばす。優香も紅蓮に同じように水気を飛ばしてやり、上着で紅蓮を包み
「これで少しは温かくなるだろ」
『ありがと~』
お礼のつもりか頬をペロペロ舐めてくる。
「くすぐったいよ」
そんな風にじゃれていると、一頭の龍が飛んできた。凪の相棒、満潤だ。
優香は腕を上げ、満潤が止まりやすいようにする。
『探したぞ。せめて行き場ぐらい言ってから行け』
優香の腕に止まった途端文句を言う。優香はすまなさそうな表情を作り
「ごめんごめん。満潤達に行き場所を告げる暇・・・・・・時間がなかった」
『いま暇って言ったかな?』
「いや、言ってない。空耳じゃん」
ねぇ連夜、と話をふる優香。連夜はわざとらしく咳払いをして
「そうだな。満潤の聞き間違いだな」
そして夕軌を抱き上げるためしゃがんだとき、肩が震えるのを優香は見た。それについては触れず、仕方ないと言わんばかりの表情で
「帰るか。連夜、紅輝、朱音、しっかり掴まっててね。飛ばすから」
『私を置いていく気?』
「忘れてた。満潤も一緒に帰るならおいで」
言いたいことが心中に溢れかえってるが、押し止めることになんとか成功した満潤。口を開いたら一気にぶちまけてしまいそうなので、黙って連夜の肩に乗る。
その後、寮に帰った優香達は連夜の誕生日パーティを盛大に催した。