第九話 次世代の気持ち
「お前はなんで説教されてすぐまた怒られるようなことをするんだ。後継者としての自覚を持て」
これで四人目だろうか。今説教してる聖藍を疲れた面持ちで見つめる。なぜ疲れてるかというと、帰った途端緋寒、翡翼、風華、の順番に説教を食らったからだ。まぁ風華は説教というより話だったが。
説教されている張本人、優香は膝に乗せた紅輝を撫でながらそんなことを考えている。足元には紅蓮が寝そべっている。
なぜそんなことを考えてたかと言うと、風華を除く全員がほぼ同じ事を言うのでいい加減飽きてきたのだ。
「聞いてるのか優香」
「ハイハイ、聞いてます聞いてます」
うんざりして半分以上投げやりに返す。あと何分説教する気なんだ、と言いたかったが説教が長引く可能性があるので心に止めておく。だが・・・・
「だいたいお前は・・・・・・」
こっちの気持ちなんかお構いなしに説教を続行する聖藍。もう我慢の限界だ。もともと気は長いほうではない。むしろ他の人より短すぎるだろう。席を立ち息を吸い込み
「しつこい!帰ったと同時に説教ばっかして」
言い出したら止まらなくなった。胸に抱いていた思いを吐き出すように
「みんなあの日から過保護すぎるんだよ。私はっ・・・私は、自分のやりたいことが出来ない後継者なんかになりたくなかった。特別なんかになりたくなかった。みんなの命を預かる最高指揮官にもなりたくなかった。
私は自由に生きたかったんだよ。誰にも束縛されないっ・・・・自由な生き方をしたいんだよ。
この気持ちがわかる?普通の生き方を望んでも許されない、言いたいことも言えない、やりたいことも出来ないこの辛さが・・・っ・・・・・。生まれながら運命が決まっていたのを知ったときの私の気持ちが」
悲鳴のような声で叫ぶ。初めて聞く優香の本音に美零と零を除く全員が目を見開く。美麗と零は聞いていたのだろう。ふたりとも俯いていて表情が見えない。紅輝と紅蓮が優香をなだめるように
『落ち着け優香、座れ。紅蓮お茶を』
『わかった。ほらお茶でも飲んで』
力なく椅子に座った優香にお茶を渡す紅輝。お茶を受け取り一気に飲み干す。
重い沈黙が部屋を支配する。数秒後、
「優香に同意。あなた方の価値観とやらを押し付けられても迷惑です。後継者という、特別視で見ないでもらいたい。私達だって自由が欲しい」
『凪にしては珍しい』
『凪は特別扱いが大っ嫌いだからな』
凪の肩に乗っている一架と、頭に乗ってるテンの姿をしている満潤が交互にそう言う。凪が感情の読めない声でそう言ったのをきっかけに
「俺も優香と凪に同意見。後継者とか守護者とか区別しないで欲しい」
いつもは気弱な優也がきっぱりそう言った。すると竜也が優也の背中をバシバシ叩き
「よく言った。俺も同意見だ。好きなことして好きなように生きたい」
「当主には悪いけど俺も」
「私も~」
「私も優香ちゃんの意見に同意」
「俺も特別扱いは嫌だな」
今まで黙っていた優香が
「今さら嫌だとか言わないし、投げ出したりはしない。後継者に選ばれたからには最後までやり通す。あの日から逃げるのはやめたんだ。これは、火の後継者として生まれた私がやらなきゃいけないことだから。覚悟は決めてる。でも、後継者だからとか守護者だからとかはなしにして欲しい。私の気持ちはわかって欲しかった」
そう言ったあと、小さな声で
「それから・・・・・・後継者になったこと後悔したことないよ。後継者だったから・っ・・誰かを守れるようになったのは事実だしね。でも逆に後継者だからあの時・・・・」
そう言って傷を負ったような顔をして黙り込む。
零が優香の隣に行き
「今日はもう遅い。部屋に行こう。克弥君手伝って」
「わかった」
零が軽々と優香を抱き上げる。優香にしては珍しくされるがままだ。これはこれで不気味だ。
「私もお風呂入ったら寝よっと。一架、満潤、美麗ちゃん、燈架ちゃん一緒に入ろう」
『あぁ』
『じゃあ早速行こうか』
「いいよ~翡翠、緑行くよ」
『行く行く。翡翠も行くだろ?』
『わかったよ。行くよ』
緑に引っ張られ渋々といった感じで立ち上がる翡翠。ちなみに翡翠は柴犬だ。
「うん、行く。琥珀、雪も行こうよ」
『ハイハイ』
『もちろん行くよ。お風呂大好き』
ウサギの姿をしてる琥珀は投げやりに、雪は行く気満々で答える。
「俺も風呂に入って寝よっと」
『それが賢明だな』
優也の肩に後ろ足を頭に前足をかけた格好で頷く菫青。黙っているが、床でお座りしてる黒い柴犬、緑夏も同意見らしい。
「俺もそうしよっと。おい水蓮、出て来い」
すると開いている窓の外から眠そうな声で
『なに~?私は眠いの。用もないのに呼ばないで』
『水蓮・・・・またそんなとこで寝てたのか』
竜也に抱かれてる氷華は、枯れ草だらけの水蓮を見て呆れたようにため息をつく。水蓮はシベリアン・ハスキーの姿だ。
『今日はお開きだな』
『当主も少しはこっちの気持ちを知れて、勉強になっただろうさ』
どこにいたのか突然零の足元から声が聞こえた。秋田犬の姿をしている火龍の蓮。狼の芯だ。最初に言葉を察したのは芯の方だ。
「相変わらず蓮は手厳しい」
零が苦笑すると蓮は容赦なく
『後継者と守護者の思いに気づけなかった馬鹿共には、これくらい言わないとな』
『蓮さんカッコいい』
仮の姿がキツネ(アカギツネ)の烈火が憧れの先輩をみるような眼差しで烈火を見つめる。
「俺とどっちのがカッコいい?」
『克弥に決まってる』
「勝った」
どうだ、といわんばかりの表情で蓮を見下す。なんていうか龍に対して大人気ない気が・・・紅葉もそう思ったのか
『蓮に勝っても意味ない気が』
「確かに」
掠れた声で紅葉に同意する優香。そんな会話をしながら食堂から出て行く。
残された当主達は
「あんな風に考えていたとは・・・・」
緋寒がそう呟き頭を押さえる。聖藍も驚きを隠さない表情で
「俺も気づかなかった。自由か・・・そんなの考えたこともなかった」
「火の後継者はあの日から変わったな。あいつが死んでから、今までずっと我慢してたんだろうな」
俺は何をみていたんだ、と自嘲気味に吐き捨てる翡翼。
「もう少し見方を変えるべきでしょう。いずれ光を継ぐ後継者達を・・・」
★★★★★★★★
雨が降っている。すべてを洗い流す清めの雨が。その雨の中に赤いモノが混ざっている。
「・・・ゃ・・・・んや・・・・・・・っ連夜・・・・・・・・連夜!」
泣きながら自分の腕の中にいる男の子に向かって呼びかける女の子。年は二人とも九~十歳だろう。
「連夜・・・返事っ・・して・・・・答えてよ。連夜・・・・・逝かないで・・」
嗚咽混じりに男の子、連夜を抱きしめる。氷のように冷たい身体。いつもなら優しく髪を撫でてくれる手は、ピクリとも動かない。胸からは血が流れ続けている。
「連夜!・・・・蓮・・ゃ・・・お願っ・・・一人に・・一人にしないで」
魔力を全開にして治癒の魔法を使い、傷口を塞ごうとしている女の子。だが、連夜の出血は止まらない。
この出血量ではもう、助からないだろう。女の子は顔を歪ませ
「私のせいだ・・・・私の・・」
「・・・それ・・は・・・・・・違っ」
喘ぎながら消え入りそうな声を絞り出す。
「れ・・ん・・・・っ・・・や」
連夜は苦痛を感じさせないいつもの笑みを浮かべて
「俺は・・・お前を守りたかっ・・た。だから・・・自分を責めるな」
鉛のように重い腕を上げ、女の子の髪を撫でる。それだけなのに無性に涙が溢れ出す。
「・・・お前は、覚えてっ・・・てくれよ。そしたら・・・・俺はお前・・・の思い出の中で・・・生きられっ」
連夜が低く呻き歯を食いしばる。
「連夜!」
「俺はもう、長くない。・・・・頼む・・・俺を・・」
手の平に爪を立てる。そうでもしないと叫びだしそうだからだ。その先は言わなくてもわかった。親友であり、悪友であり、守護者であり、初めて好きになった男の事だ。わからないはずがない。
目を閉じて涙を強引に拭う。手の平に爪が食い込みそこから血が流れる。だが痛みは感じない。心の傷より痛む傷などないのだと今さらながら思い知った。
「最後の願いだ」
連夜の言葉を聞き、何か言おうと口を開くが声にならず消えていく。身を屈め連夜の唇に自分の唇を重ねる。そして、刀を鞘から引き抜き連夜の心臓に突き刺し、苦痛を与えないようすぐに引き抜く。
雨音にかき消されそうなほど小さい声で
「なにが後継者だ。なにが守護者だ。・・っそんなの何の意味もない。守りたい人一人守れない、大切な人のが傷ついてるのに何も出来ず、この現世から消えていく瞬間を黙ってみてるしか出来ない無力な人間に過ぎないんだよ」
最後は悲痛な声で叫ぶ。何も出来なかった自分に対する憤りと自責の念のこもった声だ。
体の内で慟哭が響く。
もっと自分にチカラがあれば、その思いが彼女の心を責める。いつも守りたいモノだけ手のひらををすり抜けて逝く。
それと同時に初めて人を殺した。そう自覚した瞬間、連夜の心臓を刺した感触を思い出してしまい口を押さえる。我慢していたが、堪えきれず地に手をつき吐いた。猛烈な不快感に襲われ、膝立ちしてるのもかなわず、大地に倒れこむ。
連夜の氷のような手を握る。いつも握り返してくれたその手に暖かさが戻ることは二度とない。自分を呼ぶ声も、楽しそうに笑う表情も、心配そうに見つめる瞳ももうない。
恐る恐る連夜の顔を見る。声にならない叫びが雨音に消される。連夜は笑っていたのだ。まるで彼女に送られることを望んでいたかのように。
雨が降っている。まるで鎮魂歌のように・・・・
★★★★★★★★
優香は泣きながら目覚めた。周りを見回すと自分の部屋のベッドだった。手の甲を額の上に乗せる。
「夢か・・・」
掠れた声で安堵のため息をつく。いつの間に降り始めたのか、外から雨音が聞こえる。それのせいかわからないが久々に見たあの日の夢。自分の無力さを心底から呪った日だ。
「連夜っ」
懐かしい名前を呼ぶ。胸の中がズキンと痛んだ。涙が溢れそうになり唇をかみ締める。
「もう自分の無力を嘆くのはのはやめたよ」
誰にともなく呟く。おそらく自分自身に向かってだろう。
「あの日から誓ったんだ。どんなことをしても大切な人を守るって。もう誰も失いたくないんだ」
手の平を天井に向け、一言一言自分に言い聞かせるように。
「それと同時に決めたんだ。もう逃げないって。自分の運命から」
言い終わってから髪をぐしゃぐしゃにして吐き捨てるように
「なに言ってんだ。私は」
『優香。大丈夫か?』
横から気遣うように顔を覗き込んでくる紅蓮。
「うん。大丈夫・・・大丈夫だよ」
『あの日の夢か』
問うというよりは確認という感じで訊ねてくる紅輝。
「出来れば見たくなかった」
優香には似つかわしくない重い声だ。
『もう少し寝てろ。まだ起きる時間ではない』
紅蓮が優香の隣に寝転がる。紅輝も再びベッドで丸くなり
『俺達がいるから』
「ありがとう」
儚い笑みを浮かべる。そして深呼吸して目を閉じる。胸に痛みが奔る。過去の光景が深い傷になっているのだ。
この傷が優香の闇。光の者はみな心に闇を持っている。大きさは様々だが闇が深いほど光は強くなる。
雨が降っている。この雨が止む頃には心の傷はなくなるだろうか。
「レンヤ・・・・そいつとなにがあったんだ・・」
優香と同じ部屋の克弥の口から言葉がこぼれる。寝室は離れているが同じ部屋なので聞こえたのだろう。
起き上がり向かうのは竜也達の部屋。
あの日になにがあったのか聞くために