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衛星

作者: 広育 春美
掲載日:2026/06/28

今回は、大好きな「月」を題材にした短編を書いてみました。

空想を楽しみながら、最後まで読んでいただけるとうれしいです。

 陽期――三千六百年周期で恒星へ最接近するニビルの季節に入り、ピラミッドの外気温が上昇し始めた頃、事件は起きた。

 星中のピラミッドを統括する幹部たちが緊急招集され、中央会議室には重苦しい空気が漂っていた。

 ざわめきが収まるのを待ち、代表のゼウスがゆっくりと立ち上がる。

 「みんな。そろそろ第五惑星ディアスの衛星を捉えちゃった件について、会議を始めるよー。」

 室内の空気が一瞬止まる。

 「まず原因だけど……ヘルメスちゃん、またやっちゃいました。」

 会場の視線が一斉にヘルメスへ集まる。

 「違う、違う。今回は俺が担当って知らなかったんだよ。ちゃんと自分の番だって伝えなかったアレスちゃんが悪いと思うよ。」

 短気なアレスは眉をひそめる。しかし隣で腕を組むアテナの視線に気付き、珍しく冷静に答えた。

 「何言ってるの。ディアスへ接近したら重力無効装置を起動しろって、ちゃんと伝えただろ。アフロディーテちゃんも一緒だったから知ってるよね。」

 アフロディーテが静かに頷き、口を開こうとしたその瞬間。

 「まぁまぁまぁ。」

 ゼウスが慌てて割って入る。

 「今さら何を言っても問題が解決するわけじゃないから。それより、これからどうするかを話し合いたいのよ。このままだと、永久にあの衛星が後ろから付いてきちゃうよ。」

 ゼウスの横に陣取るヘラが提案した。

 「Uターンを始めるところで重力無効にして切り離したらいいんじゃない?」

 ゼウスの顔が引きつる。

 「それ、さすがに無責任すぎるよね。捉えたけど必要ないからって、宇宙にポイ捨てって……。」

 航宙士のポセイドンが身を乗り出した。

 「そう言えばさー、今回の陽期では第三惑星ガイアにもかなり接近するルートだったよね。ガイアに衛星を引き渡したらいいんじゃない?」

 全員が一斉にポセイドンを見る。

 ゼウスの顔がぱっと明るくなった。

 「いいねー。それっ。」

 しかし、アポロンがすぐに首を横へ振る。

 「けど、ガイアの重力じゃ今の速度の衛星は捉えきれないんじゃない? コースが変わるだけで、結局どっか知らないところへ飛んでいっちゃうでしょ。それじゃポイ捨てと同じだよね。」

 アルテミスが資料を見ながら補足する。

 「衛星を事前に調べてたんだけど、中には結構な量の氷が詰まってるのよ。ガイアで切り離す瞬間にその氷を一気に水蒸気へ変えて噴射すれば、逆噴射で十分な減速ができると思うけどどうかな。」

 ゼウスは机を叩いた。

 「いいねー。それっ。」

 アテナは、すぐに計算を始めた。

 「ガイアの重力、衛星の大きさ、氷は衛星の三分の二、速度は私たちニビルの三千六百年周期の公転速度と同じとして計算すると……何とか実現できそうね。噴出するタイミングや細かな制御は、あとで計算しておくわ。」

 ヘルメスが遠慮がちに口を挟む。

 「余計なお世話かもしれないけど、ガイアに影響はないの?」

 アテナは即座に答えた。

 「めちゃめちゃ影響あるわよ。」

 会場が静まり返る。

 「まず、大量の氷がガイアへ向かう。ほとんどは大気圏で蒸発するけど、地上では大雨となり、大洪水が起きるでしょうね。その後、衛星が取りつくことで自転速度が遅くなり、地軸が固定される。今までとは気候も大きく変わるわ。影響はそれだけじゃ済まない。今、地上にいる生き物たちに大きな影響を与えるのは間違いないわね。」

 その話を聞いたゼウスは頭を抱えた。

 「今のガイアの生き物が助かるように、誰か事前に通達してくれないかな。まずは洪水が来るから気を付けてねって。」

 アポロンが手を挙げる。

 「OK。もう少ししたらガイアの未来視できるから、誰に伝えればいいかも分かる。私が担当するよ。」

 ゼウスは安心したように頷いた。

 「それなら安心だ。それと、その後のガイアがどうなったのか知りたいから、少しの間でいい。地上に残る部隊も用意してくれる?」

 アレスが手を挙げる。

 「問題ない。信頼できるチームのオリオン部隊を派遣するよ。」

 ゼウスが笑った。

 「おおぉ、あの被り物が大好きな四十二人のオリオンか。彼らなら安心だ。じゃあ、三つのピラミッドごと地上へ飛ばす感じかな?」

 アレスが頷く。

 「そうだね。ピラミッドから量子通信で状況を伝えてもらう。あと、帰還用の船を乗せた格納庫のスフィンクスも下すよ。」

 「あぁ、帰りの船も必要だね。OK。何とかうまくまとまりそうだ。」

 こうして緊急会議は予想以上にスムーズに結論へと至り、無事に終了した。


 その後、衛星は無事にガイアへ引き継がれ、新たな衛星としてその軌道に定着した。

 地獄絵図と化した地上も、やがて長い年月の中で少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 オリオンチームは地上の状況を量子通信でニビルへ報告し続け、生き残ったガイアの人々に手を差し伸べながら、その文明の再建を見届けた。

 やがて任務を終えた彼らは、スフィンクスに乗り込み、静かにニビルへの帰路につくのだった。


 後にガイアの住人たちは、その衛星を「月」と呼ぶようになる。しかし、その誕生が一度の宇宙船の"うっかり"から始まったことを知る者は、誰一人として存在しなかった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、月の誕生や大洪水伝説を、SFらしい視点で一つの物語として描いてみました。

短編ですが、楽しんでいただけたら幸いです。よろしければコメントをいただけるとうれしいです。

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