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【完結】父が英雄、母が聖女な私、愛する王子様を監視(まも)りすぎてます  作者: ましろゆきな


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第九話:理屈の檻、砕け散る純愛

 西の街道、巨大クレーターの中心。


 舞い上がる砂塵が晴れると、月明かりの下で二人の少女が対峙していた。


「……驚いたわ。まさか、王都からここまで一瞬で移動してくるなんて。生物としての構造を疑うわね」


 ソフィアは衝撃でずれた眼鏡を指先で直し、努めて冷静に吐き捨てた。 内心では冷や汗が止まらない。彼女の計算では、追手が来るとしても国境付近。こんな場所で捕捉されるなど、想定外のバグだ。


「あら。愛の力の前では、距離なんてただの誤差ですわ」


 ジークリンデが優雅に(しかし周囲の地面をメキメキとひび割れさせながら)一歩踏み出す。 その瞳は、獲物を前にした肉食獣のように爛々と輝いていた。


「さあ、泥棒猫さん。わたくしのエドワード様を返していただきますわ。今なら、全身の骨を折るくらいで許して差し上げますけれど?」


「……野蛮な交渉ね。お断りよ。彼は私が、正しい世界へ導くの」


 ソフィアが懐から信号弾を打ち上げた。 それを合図に、馬車の周囲に潜んでいた黒衣の護衛たちが一斉に飛び出し、ジークリンデを取り囲む。彼らが手にしているのは、奇妙な形の銃や投擲具だ。


「かかれ! 『対魔術師用プロトコル』を開始せよ!」


「ハッ!」


 護衛たちが投げつけたのは、煙幕弾だった。 だが、ただの煙ではない。魔力の流れを阻害し、術者の方向感覚を狂わせる特殊な金属粉末が含まれている。


「視界を奪い、感覚を狂わせれば、いくら魔力が高くても狙いが定まらない。これが『理屈』よ、アイゼンベルク!」


 煙の中でソフィアが勝ち誇る。 ……だが。


「……狙い? そんなもの、必要ありませんわ」


 煙の向こうから、呆れたような声が聞こえた。 直後。


 ドォンッ!!!!


「なっ……!?」


 ジークリンデを中心として、全方位360度に向かって、ただの「魔力の塊」が爆発的に放出された。 狙いも、技術も、属性もない。ただの純粋なエネルギーの暴力。


「ぐわぁぁぁっ!?」


 特殊な煙も、訓練された護衛たちも、木の葉のようにまとめて吹き飛ばされ、遥か彼方の森へと消えていった。


「……な、なによ、これ……。魔法ですらない、ただの力の放出だなんて……非合理的すぎるわ!」


 ソフィアは馬車にしがみつき、暴風に耐えながら叫んだ。 彼女の計算が、音を立てて崩れていく。


「非合理? いいえ、最適解ですわ。邪魔な砂利を掃除するのに、いちいちホウキの角度なんて気にしませんでしょう?」


 ジークリンデが、風を纏って宙に浮き上がる。 その姿は、月夜に輝く美しい女神のようであり――同時に、慈悲なき破壊神そのものだった。


「ひっ……!」


 ソフィアは最後の切り札を取り出した。銀色に輝く、複雑な機械仕掛けの装置だ。


「こ、これならどう!? 我が国の最新兵器、『魔力吸収の檻(マナ・ドレイン)』! 貴女が力を出せば出すほど、この装置が吸収して無力化する!」


 ブゥン!と低い音を立てて装置が起動し、ジークリンデの周囲の魔力を強烈な勢いで吸い上げ始める。


「……なるほど。わたくしの力を吸い尽くすつもりですのね?」


 体が重くなる感覚に、ジークリンデは少しだけ眉をひそめた。 だが、彼女の視線が、馬車の窓越しに、ぐったりと眠っているエドワードの姿を捉えた瞬間。


 ドクンッ、と心臓が跳ねた。


(――あの日。凍えていたわたくしの手を、握ってくれたあの温もり)


「……ふふ。愛を、機械で測ろうだなんて」


 ジークリンデは笑った。 力を抑えるどころか、彼女はリミッターを完全に解除した。


「吸いきれるものなら、吸ってみなさいな! わたくしのエドワード様への想い(魔力)を!!」


 バリバリバリバリッ!!!


 限界を超えた魔力の奔流が、吸収装置に流れ込む。 装置は悲鳴のような金属音をあげ、赤熱し――


「きゃあぁぁぁっ!?」


 チュドォォォォン!!!


 許容量を超えた装置が大爆発を起こした。 ソフィアは爆風に煽られ、無様に地面を転がる。


 静寂が戻った荒野に、立っているのはただ一人。 肩で息をしながらも、勝利の笑みを浮かべる「最強の怪物」だけだった。


「……さあ、お迎えの時間ですわ、王子様」


 ジークリンデが馬車の扉に手をかけた、その時。


「……ん、……ぐ、……」


 凄まじい魔力の衝撃波と爆音によって、強制的に意識を覚醒させられたエドワードが、ゆっくりと目を開けた。


「……ここは……? 僕は、一体……」


 まだ薬の影響で霞む視界。 窓の外には、見たこともない荒野のクレーター。倒れ伏すソフィア。 そして、月の光を背負い、扉を開け放って自分を見下ろす、この世で最も愛おしく、最も恐ろしい少女の姿があった。

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