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父が英雄、母が聖女な私、愛する王子様を監視(まも)りすぎてます  作者: ましろゆきな


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第二話:学園の日常

 穏やかなある日の放課後の生徒会室。重厚な扉がバーン!と乱暴に開かれた。


「姉上! またですか! 今度は『エドワード様に近づく羽虫を消すために、校舎に結界を張る』ってどういうことですか!?」


 飛び込んできたのは、中等部の制服を着た白銀の髪、涼やかな目元の美少年、ハインだ。 離れた校舎から全速力で走ってきたはずなのに、彼の息は全く上がっていない。 恐るべきはアイゼンベルク家の血筋か、それとも日々の過酷なパシリ生活の賜物か。


 優雅に公爵家オリジナルブレンドの紅茶を淹れていた高等部2年のジークリンデは、きょとんと首を傾げた。


「あらハイン。14歳は育ち盛りなのだから、もう少し静かに入ってらっしゃいな」

「誰のせいで走り回ってると思ってるんですか……!」

「姉上の『おまじない』の基準は、戦略級魔法なんですよ! さっき校舎の窓ガラスが全部同時にビビリ音を立てたのを、僕が『季節外れの木枯らしですね』って誤魔化して回った苦労を考えてください!」


 ハインの悲痛な叫びを、ジークリンデは湯気の立つティーカップをソーサーに置く音で優雅に遮った。


「まあ。ハインったら大げさね。……さあ、エドワード様。お茶が入りましたわ。今日はリラックス効果のあるハーブティーですの」


「ありがとう、リンデ。君の淹れるお茶はいつも香りが良いね」


 生徒会長席で書類仕事をしていたエドワードは、顔を上げて完璧な微笑みを浮かべた。 窓の外では、リンデが展開したとおぼしき結界が、バチバチと紫色のスパークを散らして『羽虫(と、それに該当する女子生徒)』を威嚇しているが、エドワードは「何も見ていない」という高等技術を発動中だ。


「……それで、リンデ。今日の『羽虫』というのは、具体的にどのあたりの種族を指しているのかな?」


 彼はカップに口をつけ、あくまで穏やかに尋ねる。 その問いに、ジークリンデは頬を朱に染め、恥じらう乙女のように答えた。


「ええ。最近、隣国の留学生の方々が増えましたでしょう? 未知のウイルスや、馴れ馴れしい視線という名の病原菌を持った『害虫』が、エドワード様の高貴な領域(パーソナルスペース)を侵さないか、わたくし心配で……」


「……なるほど。衛生管理(物理排除)の意識が高くて、僕は鼻が高いよ」


「殿下! 褒めないでください! その『害虫』の中に、今日から編入してくる隣国の王女殿下が含まれている気がしてならないんですが!?」


 ハインがテーブルに身を乗り出すと、エドワードは音もなく引き出しを開け、例の「銀色の小瓶」を指先で弾いてハインの方へ滑らせた。


「……座りたまえ、ハイン会計。まずはこれを飲んで、落ち着くんだ」

「……いただきます」


 今日もミューラー夫人謹製胃薬の世話になる常識人の二人であった。


 ◇◇◇


「殿下、『学園に入れない』と苦情が入っています!」

「ああ、そうなったか……」


 朝いちから、生徒会室に次々苦情が入ってきて、エドワードはため息とともに肩をすくめた。


「――姉上! 結界を解いて下さい! 学園の前の通りが大渋滞しています!」


 続けて、いつもの通り、生徒会室の扉が勢いよく開けられ、ハインが駆け込んでくる。

 こうなってくると、何もせずに見過ごすわけにはいかない。


「リンデ、このままでは外交問題にもなるかもしれない。留学生たちが登校できるように『羽虫対策』の結界を解除してもらえないだろうか?」

「……はい、申し訳ありません。解除しますわ」


 エドワードの言葉にしおしおとジークリンデは従うのであった。


 ◇◇◇


 休み時間の廊下。隣国の留学生がリンデに声をかけた。


「君、待って」

「はい、なんでしょう?」


「すごく綺麗だね。君はアイゼンベルク公爵令嬢だろう? もし良ければ、放課後に僕とお茶でもどうかな?」


「まあ、ありがとうございます」


(どうしましょう。お断りしようとして誤って『衝撃波』を出してしまったら、外交問題になりますわね)


 リンデは答えに困って微笑むしかなかった。


 そこへ、背後からスッと伸びた腕が、彼女の肩を「親しげに、かつ強引に」引き寄せた。


「やあ、奇遇だね。楽しそうだけど、何の話をしているのかな?」


 振り返ると、そこには「王国の太陽」ことエドワード・フォン・グランツライヒ殿下が、眩いばかりの完璧な笑顔で立っていた。


「え、エドワード殿下!?」


「やあ。我が国の公爵令嬢に興味を持ってくれて嬉しいよ。……でも、残念だったね。彼女はこれから、生徒会室で僕と『重要な案件(ただの雑談)』があるんだ」


 エドワードの声は蜂蜜のように甘かった。声が甘かったが、その瞳の奥は零下30度くらいに凍てついている。


(……近い。おい君、リンデとの距離が近すぎるぞ。彼女の周囲1メートルは『対人迎撃魔法』の射程圏内だと知らないのか? 万が一彼女がくしゃみをして、君が消し炭になったら僕の責任問題になるんだぞ。……ああ、イライラするな。これは間違いなく、国の外交を憂う『正当な怒り』だ)


 男子生徒は、本能的な恐怖(生存本能)を感じ取ったのか、青ざめて後ずさった。


「ひっ……! し、失礼しましたぁっ!」


 脱兎のごとく逃げ出す男子生徒。


「あら、エドワード様! 助けてくださったのですね!」


「もう少しで、私『衝撃波』で撃退してしまうところでしたわ」


「……はぁ。リンデ、君は魔力が強いからって、少し隙がありすぎるよ。変な虫がつかないように監視するのも、僕の役目なんだからね」


 エドワードは胃薬を取り出しながら言った。


「も、申し訳ありませんっ! ――以降注意いたしますわ」


 ◇◇◇


 男子生徒を笑顔で威圧して追い払ったエドワードを見て、ハインはふと気づいてしまった。


(……あれ? 殿下は『危険物の管理』だと言い張っているけれど。)


 姉上(リンデ)がエドワード殿下に近づく令嬢に向ける、あの「物理的に排除してやる」という野獣の目。 今のエドワード殿下の目は、それと全く同じ――いや、「社会的に抹殺してやる」という知性が乗っている分、もっとタチが悪い目をしていた。


(姉上の愛が『重力魔法』級に重いのは知っていたけれど……。まさか、被害者だと思っていた殿下の愛も、方向性が違うだけで同レベルに『激重』だったとは)


 二人は満足そうに顔を見合わせ、微笑み合っている。 ハインはそっと天を仰いだ。


(……もう手遅れだ。この二人は、『割れ鍋に綴じ蓋』どころじゃない。『魔王に邪神』だ。僕のような一般人が口を挟める領域じゃない……)


 ハインは悟った。 自分の役目は、二人の恋路を邪魔することではなく、二人がイチャイチャした余波で国が滅びないように、ひたすら事後処理(尻拭い)をすることだけなのだ、と。

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