第十話:壊れた世界の真ん中で、君を愛すと誓おう
「……ん……、リンデ……?」
国境付近、街道のクレーター。
エドワードがゆっくりと上体を起こすと、そこには凄惨な光景が広がっていた。 馬車は大破し、周囲の森はなぎ倒され、あちこちから黒い煙が上がっている。かつて精鋭だった隣国の護衛たちは、文字通り「ゴミのように」そこら中に転がっていた。
「……え? ここは、戦場……か?」
困惑するエドワード。しかし、その爆心地のような惨状の真ん中に、彼は「彼女」を見つけた。
「……あ、……ぁ……、エドワード、さま……っ」
そこに立っていたのは、先程まで世界を滅ぼさんばかりの威圧感を放っていた「最強の怪物」ではなかった。 エドワードと目が合った瞬間、ジークリンデの膝がガクガクと震え、そのまま地面にへたり込んでしまったのだ。
「あ……ああぁぁぁーーーん!! よ、よかった……っ、ご無事で、本当によかった……っ!!」
顔をぐしゃぐしゃにして、幼子のようにわんわんと泣きじゃくるジークリンデ。 エドワードの元へ駆け寄る力すら残っていないほど、彼女は「彼を失う恐怖」に耐えていたのだ。その姿は、かつて父ジークヴァルトが母エレオノーラの前で見せた、あの「泣き虫な甘えん坊」そのものだった。
「…………」
エドワードは立ち上がり、周囲を見回した。 立ち上る煙。ひっくり返った馬車。気絶しているソフィア。 そして、目の前で鼻水を垂らして泣いている、愛しい幼馴染。
(……ああ。そうだ。これだ)
ソフィアが提示した「静寂」なんて、どこにもない。 ここにあるのは、たった一人の女の子が、自分を助けるためだけに引き起こした「最悪で最高のハチャメチャ」だ。
「……ふっ、くくく……っ」
エドワードの喉から、妙な声が漏れた。 自分でも場違いだとは分かっている。自分を誘拐した犯人はすぐそこに転がっているし、婚約者候補は王道から外れた大暴れをしている。
けれど、おかしくてたまらなかった。 あんなに真面目に「公務」や「義務」を優先して、自分の気持ちに蓋をして、胃を痛めていた自分が、なんて馬鹿らしかったのか。
「ははは! ははははははは!!!」
エドワードは大笑いした。 涙が出るほど、腹を抱えて。 呆然として泣き止んだジークリンデが、「えっ、エドワード様……? ショックで頭が……?」と不安げに見つめるのも構わずに。
「……ああ、最高だよ、リンデ。君ってやつは、本当に……!」
エドワードは笑いながら、瓦礫を飛び越え、地面に座り込む彼女の元へ歩み寄った。 そして、泥と涙で汚れた彼女の頬を、あの日と同じように優しく包み込む。
「エ、エドワード様……? わたくし、またやりすぎて、引かれてしまいましたの……?」
「いいや。むしろ逆だよ。……自分の鈍感さに笑えてきたんだ。君がこれだけの惨状を引き起こしてまで僕を求めてくれるのに、僕はまだ『王子としての体面』なんてものを気にしていた」
エドワードの瞳が、これまでにないほど真剣な光を宿す。 彼は跪き、ジークリンデの目線に合わせると、静かに、けれど力強く告げた。
「ねぇ、リンデ。周りを見てごらん。煙が上がって、道もボロボロだ。……このハチャメチャな光景は、とても僕たちらしいと思わないかい?」
「……え?」
「君は、僕のために世界を壊す怪物だ。そして僕は、そんな君がいないと退屈で死んでしまう、出来損ないの王子だ。……傍迷惑な二人は、これ以上ないほどお似合いだと思わないか?」
ジークリンデの瞳が、驚きで大きく見開かれる。
「……だから、僕はここで君に愛を告げるよ。 ジークリンデ・フォン・アイゼンベルク。……愛している。一生、僕の隣で笑っていてくれ。たとえそのせいで、僕の胃に一生穴が開き続けることになったとしても」
月の光が、二人の「戦場」を優しく照らした。 ジークリンデは再び、今度は嬉し涙を溢れさせながら、エドワードの胸に飛び込んだ。
「……っ、はい……! はいっ! わたくしも、わたくしも、世界で一番、エドワード様を愛しておりますわーーっ!!」
ジークリンデの抱擁(身体強化なしでも強烈)に、エドワードは「ぐふっ」と息を詰めながらも、幸せそうに彼女を抱きしめ返したのだった。




