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父が英雄、母が聖女な私、愛する王子様を監視(まも)りすぎてます  作者: ましろゆきな


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第一話:聖女の微笑み、魔王の視点

本編では大変お騒がせいたしました。あちらのカップルがああだったので、こちら(スピンオフ)は清く正しくプラトニック……のはずなのですが、ヒロインの愛が物理的に高いところ(地上15m)へ行ってしまいました。よろしくお願いします!


挿絵(By みてみん)


 アイゼンベルク公爵邸の庭園にある、樹齢数百年の巨大な杉の木。その地上15メートル、人間10人分くらいの高さで普通なら熟練の猟師か鳥しかいないはずの枝の上に、ひらひらと純白のドレスの裾が揺れている。


 風に揺れるプラチナブロンドの髪、ジークリンデの澄んだ瞳は高性能な魔導双眼鏡を覗いていた。


「……ふふ、今日もエドワード様は素敵。あ、いけない。今、足元の小石に躓きそうになったわ。……ハンス、じゃないわ、えいっ!」


 リンデが指先をパチンと鳴らすと、ヒュンッ! と空気が裂ける音が響き、目に見えない風の刃が飛んだ。 王子の足元にあった小石は、転がされることもなく一瞬で微細な砂へと還り、風にさらわれて消滅する。 それはもはや「親切」の域を超えた、局所的な殲滅魔法だった。


 木の下から銀髪の少年が必死で首をそらして見上げていた。


「姉上! ジークリンデ姉上! 降りてきてください! 淑女がそんな高さまで素手で登るなんて、教育係が見たら卒倒します!」


 呼びかける声に気が付き、優雅に枝に座ったまま、聖母のような微笑みで下を見下ろした。


「あらハイン。淑女たるもの、愛する方を守るためには死角をなくすのが作法でしょう? 木登りくらい、令嬢教育のダンスのステップより簡単よ」


「姉上がエドワード王子を監視まもりたい情熱は理解しています! でも、登るならせめて木ではなく、屋根か、魔導浮遊椅子にしてください! お願いですから令嬢としての形を保ってください!!」


(……言っても無駄か。姉上にとって『死角の排除』は呼吸と同じ。ならせめて、目撃者が僕しかいないことだけを神に感謝するしかない……!)


 ハインは規格外の姉の破天荒な行動に頭を抱え、父の副官ハンスから教わった「見なかったことにする」という呼吸法を必死に実践するのだった……。


 ◇◇◇


 王宮の回廊を歩むエドワード王子は、まさに「王国の太陽」そのものだった。 抜けるような金髪に、知性を湛えた柔らかな瞳。文武両道、次期国王として非の打ち所がないその姿は、通り過ぎる令嬢たちの吐息を誘う。


(……痛い。さっきから右の脛が地味に痛い。あの一瞬、足元の小石が音速で粉砕されたよな? 破片がズボンを貫通して当たった気がするよな? ……リンデ。君の『障害物排除』の魔法、威力が戦場用なんだよ……)


 彼は淑女たちに優雅に微笑みかけながら、ポケットの中で一つの瓶を握りしめていた。 グレーテル・ミューラー男爵夫人謹製、対アイゼンベルク公爵家専用胃薬。これなしでは、公爵令嬢との茶会など正気では務まらない。


(……上を向いてはいけない。絶対に向いてはいけない。あの巨大な杉の木の、上から三番目の枝に、愛する婚約者候補(のドレスの裾)が引っかかっていることなんて、気づいていない振りをしなくては……!)


 彼は淑女たちに優雅に微笑みかけながら、ポケットの中で一つの瓶を握りしめていた。


(ありがとう、ミューラー男爵夫人。貴女の薬のおかげで、僕は今日も「何も見ていない」ふりができる)


「それでは、エドワード殿下、失礼いたしますわ」


 エドワードの不審げな視線を感じたか否か、ジークリンデは笑い声を残してその場を去っていった。


「はぁ……ハイン君。悪いが、例の……『銀色の小瓶』なんだが……」


「承知しております、殿下」


 すっと音もなくエドワードの背後にハインが姿を表す。顔色が若干悪いエドワードにすっと銀色に輝く小瓶を差し出した。


「こちらに準備しております。――姉上の浮かれ具合が尋常ではなかったので、何かやらかすと思っておりました。こちら、ミューラー夫人謹製安全性確認済みの『三倍濃度』の品になっております」


「ありがとう。いつも助かるよ」ハインから受け取った小瓶から高濃度胃薬の錠剤を取り出し、早速飲み干す。


「……ふぅ。これで、さっき一瞬だけリンデの背後で空間が歪んだように見えたのを次のときは『ああ、陽炎かげろうが綺麗だね』と微笑むことが出来るよ」


「いつもながら、ご迷惑をおかけして恐縮です。殿下でなくては、こうもすんなりことは進みません。今後とも、よろしくお願いいたします」


「ああ、君もな」


 この国を担う次世代の『良心』たる二人は互いの苦労を推し量りつつ静かに頷きあった。

 若き彼らの胃を守るのはハンスの奥方であるグレーテルに掛かっているのだった……。

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