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第9話 「旧街道に出没する魔物の排除」


依頼書は、久しぶりに“普通の冒険”だった。


「旧街道に出没する魔物の排除」

危険度:中

期限:三日

備考:通行に支障あり


「……おっ普通のやつだな」


ハルトは紙を畳みながら、肩の力を抜いた。


前回の撤退だの刻印だのは、今日は考えない。


安全過ぎても変に評価が上がる。

今日は、ほどよい敵と戦って終わる。

そういう仕事のはずだった。



出発前。


ハルトは、装備を確認していた。


盾。

剣。

回復薬。


「……よし」


全部、ちゃんと機能している。


「今日は、普通の肉体労働だ」


小声で、独り言。


リリカが、それを聞いて笑った。


「フラグっぽい」


「フラグじゃない!」


ハルトは即答した。


「普通の討伐なんだから、

軽く汗をかこうぜ」


「ふーん」


リリカは、興味なさそうに頷く。


エルミナが、地図を広げる。


「旧街道まで、三時間です」


「よし」


ハルトは、盾を背負った。


期待は、本物だった。



旧街道には、かつて関所だったらしい石組みの跡が残っていた。


倒れた門柱。

半分崩れた標識。

舗装は割れ、轍だけが不自然に残っている。


「この道、前は商隊で詰まってたらしいよ」

リリカが、崩れた標識を指で叩いた。


「らしいな。今は……」

ハルトは周囲を見回す。

「鳥すらいねえ」


「音が反響しない」

エルミナが言う。

「人が通らなくなると、こうなります」


「へぇ」

リリカは興味なさそうに頷いた。


「じゃあ今日の依頼、わりと妥当なんだ」

リリカは標識から指を離し、

それから、何でもない顔で振り返る。



「魔物が一体出るだけで、道が死ぬ」

ハルトは肩をすくめる。

「便利だけど、脆いな」


「旧街道ですから」

エルミナは淡々と続ける。

「新しい道が通れば、維持は後回しになります」


「帝国って、冷たいよね」


「合理的です」


「同義語じゃないと思うんだけどなぁ」


ハルトが笑い、

そのまま前を向いた瞬間だった。


地面が、低く鳴った。



振動というほどでもない。

重い何かが、規則正しく近づいてくる音。


ハルトは無意識に、盾を前に出していた。


足音が、一定だった。

重さも、間隔も、迷いがない。


――強い。


経験則が、そう告げてくる。

野生でも、魔物でもない。

「壊す前提」で歩いてくる音だ。


関所跡の奥から、人工物が姿を現した。


石を積み上げたような巨体。

関節は最低限。

装飾も威圧もない。


顔の代わりに、胸部に埋め込まれた石板。

そこに、淡く文字が浮かぶ。


「……人工物だな」


「ええ」


エルミナは即答した。


「生体反応なし。自律行動型。

 ……用途が、討伐とは一致しません」



その言葉が終わる前に、人工物――ゴーレムが動いた。


腕部が伸びる。

刃でも拳でもない、引っ掛ける形。


来る。


ハルトはそう判断した。

重い一撃。

盾で受けて、体勢を立て直す。


――いつもの流れだ。


狙いは――


「っ!?」


ハルトの盾だった。


金属音。

衝撃は浅い。


だが、盾の表面を走っていた魔力の光が、一瞬で消えた。


「……え?」


次の瞬間、盾が重くなる。

いや、**ただの鉄の塊になった**。


「未申告」


ゴーレムの胸部から、低い音声。


「喋った!?」


間髪入れず、今度は剣に腕が伸びる。


弾かれた感触。

刃に走っていた補助魔力が、同時に途切れた。


「規格外使用。

 一時差押」


「差し押さえ!?」


攻撃じゃない。

剥がしている。


「……あれ」


リリカが一歩引きながら言った。


「徴税型だね」


「徴税!?」


「うん。命じゃなくて、

 **持ってるもの**を取るやつ」


ゴーレムは追撃しない。

距離を詰めもしない。


ただ、規則正しく近づき、

触れられる範囲に入ったものから“止めていく”。


「おい待て。

これ、残クレだぞ」


ゴーレムが、淡々と応答する。


「未申告使用」


「違う!

所有権は俺にない!」


ハルトは盾を叩いた。


「これ、国のだ!

俺は使ってるだけだ!」


一拍。


「差押」


「クソゴーレム!!」


ゴーレムは、再び一歩進む。


ハルトは咄嗟に、剣を背中に回した。


「よし、これで――」


腕が伸びる。


背中の剣ではなく、ベルトに触れた。


金具が外れる。


袋が落ちる。


中身が、ばらばらと地面に散った。


干し肉。

ロープ。

替えの靴下。


胸部の文字。


「そこかよ……」

(違う。こいつ、奪う基準が戦闘じゃない)

「基準どこだ……」


エルミナが、落ちた靴下を見て言った。


「装備扱いですね」


「靴下だぞ!?」


「規格次第です」


「必用ないだろ!規格!」


ハルトは、我慢できなくなった。


「待て、返せ!」


ゴーレムに殴りかかる。


拳が、石の外装に当たる。


痛い。


でも、ゴーレムは止まらない。


逆に――


腕が、ハルトのズボンのベルトを掴んだ。


「え?」


カチャリ、と軽い金属音。バックルが、無慈悲に外された。



ズボンが、ずり落ちかける。


「ちょっと待て!!」


ハルトは、慌ててズボンを押さえた。


リリカが、爆笑する。


「あはは、ズボン!」


「笑うな!」


エルミナが、淡々と言う。


「ベルトは、装備扱いです」


「ズボンは装備じゃない!」


「でも、ベルトは装備です」


「屁理屈だ!」


ゴーレムは、ベルトを持ったまま動かない。


その時――


ゴーレムの腕が、さらに下に伸びた。


ズボンの裾を掴む。


「え?」


引っ張られる感触。


「ちょっと待て!」


ハルトは、両手でズボンを押さえた。


剣を手放す。


「あ」


剣が、地面に落ちる。


リリカが、さらに笑う。


「あはは、両手!」


「笑うな!!」


エルミナが、淡々と記録を取る。


「ベルト未装備での戦闘効率、64%低下」


「測るな!」


「事実です」


「事実でも言うな!」


ゴーレムは、ズボンの裾を離さない。


ハルトは、片手でズボン、片手でゴーレムの腕を押さえる。


リリカは、散らばった干し肉を一つ拾った。


「これも取られる?」


ゴーレムが、一瞬だけ停止する。


腕が、干し肉に向いた。


「おい投げるな!」


リリカは、投げた。


ゴーレムは、ハルトを解放して

干し肉をキャッチした。


そして――


何も起きない。


数秒後、干し肉を地面に置いた。


胸部の文字。


「非課税」


「基準どこ!?」



エルミナの魔法が飛ぶ。


着弾した瞬間、石の外装に吸われるように沈み、

ほとんど痕跡を残さず消えた。


「……効いてない?」


「高密度外装ですね」


エルミナは即答する。


「効かない仕様です」


エルミナの声は冷静だった。


「いや、嫌すぎるだろこれ!」


斬れない。

防げない。

強引に押すと、装備が減る。


「倒せなくはないが……」

「行政すぎる……!」


じわじわと、戦線が削られていく。

命じゃない。

**戦える前提**が削られる。


ハルトは、無意識に腰のあたりを押さえた。


盾でも、剣でもない。

袋でもない。


(……次、何を取る気だ)


一瞬だけ、

「冒険許可カード」という単語が頭をよぎる。


それを失えば、

戦う以前に――仕事として、ここに立てない。



「……これ、長引くと詰むな」


エルミナが、一歩だけ前に出た。


盾より前。

ハルトより半歩前。


「ハル…この個体は差押対象に該当しません」


(…なぜ俺を個体と言い直した)


「なあ」


ハルトは小声で言った。


「これ、全部取られる前に走ったら勝ちじゃね?」


「たぶん追われます」


エルミナが即答する。


「でも、追いつけないとか」


「追いつきます」


「でもさ」


ハルトは、ゴーレムの足を見る。


「遅くね?」


次の瞬間。


一歩で距離が詰まった。


「速い!!」


「帝国の徴税は迅速です」



エルミナが防御魔法を展開する。


端末を起動する音。

画面に、文字が流れた。


「停止させます」


ハルトは、反射的に顔を上げた。


「ほんとか?」


「完全停止手順が存在します」


エルミナの視線は、ゴーレムの胸部に固定されたまま動かない。


防御壁を砕き

ゴーレムの腕が、再び動く。

今度は、書類ケースに向かって。


「ちょ、待て!」


ハルトが叫ぶ。


エルミナは、止めない。


端末の表示が切り替わる。


《自律行政装置・完全停止手順》

条件:

・管理個体番号の照合

・管轄登録の一致

・停止権限の確認


エルミナは、ゴーレムを見上げた。


外装。

関節。

背面。


視線が、一定の速さで滑る。


「……番号がありません」


「は?」


「通常、個体番号は外部表示です」


ゴーレムの腕が、ケースを掴む。

留め具が外れ、中身が落ちる。


冒険許可カード。


ハルトの喉が鳴った。


「それ……!

 早く止めてくれ!」


エルミナは、動かない。


「いや今!」


「別個体だった場合、業務妨害です」


ゴーレムの胸部に、文字が浮かぶ。


「対象:未登録」


同時に、エルミナの端末が反応した。


一拍。


「旧型です」


「……何?」


「個体番号は、本部管理です」


ハルトは、言葉を失った。


エルミナが、端末を操作する。


指の動きは、早い。

迷いがない。


送信完了。


画面に表示された文字。


《照会受付》

返信予定:三日後


沈黙。


風が吹き、

散らばった干し肉が転がった。


「……で?」


ハルトが言った。


エルミナは、端末を閉じる。


「三日後に、停止可能です」


ゴーレムは、そこに立っている。


仕事を終えた顔で。


ハルトは、腰を押さえながら空を見た。


「討伐って……何だっけ」


一拍


「……三日、このままか?」


「そうなります」


「ズボン押さえたまま?」


「はい」


「無理だろ!」


リリカが、軽い調子で言う。


「じゃ、私のでいい?」


「それは――」


ハルトは、一瞬だけ考えて――


「――もっと嫌だ」


「なんでよ」


「お前のは、絶対何か起きる」


「失礼だな」


「事実だろ」


エルミナが、一歩前に出る。


「リリカさんの端末、使用しますか?」


「許可すんの!?」


「選択肢がありません」


リリカが、にやりと笑う。


「ね?」


「くそ……」


彼女の手には、小型の端末。

武器には見えない。

むしろ、事務用。


「それ、何」


「大丈夫なやつ」


「リリカは大丈夫の基準が違うと思う!」


リリカは、端末を取り出す。


「局所魔力供給停止端末」


「もっと嫌な単語来たな!?」


エルミナが一瞬だけ考え、頷いた。


「問題ありません」


リリカが、スイッチに手をかける。


「じゃ、いくね」


「待て!」


「大丈夫だって」


「ちゃんと説明しろ!」


「すぐ終わるから」


「それが怖い!」


リリカは、にっこり笑った。


「よし」


リリカがスイッチを入れた。


「聞けよ!!」


音が、消えた。


風も。

振動も。

魔力の流れも。


ゴーレムは、そこで止まった。


胸部の文字が消え、

石板に細かな亀裂が走る。


数秒後。


内部構造が、自壊するように崩れ落ちた。


壊れた、というより――

**役目を終えた**。


同時に。


ハルトの剣が、完全に沈黙した。

魔力補助が戻らない。


街道の補修痕が、ぱらぱらと剥がれる。

最低限の維持魔力が切れただけだ。


遠くで、依頼主の馬車が軋む音を立てた。

装甲板が一枚、外れて落ちる。


沈黙。


ハルトは、リリカを睨んだ。


「リリカさん?」


リリカが端末を見て、首を傾げる。


「この辺、帝国供給魔力で

 ギリギリ保ってたみたい」


「……つまり?」


エルミナが答える。


「主要機能への影響はありません」


「……なあ…誰の責任だ、これ」


「責任者は…ハルトさんになります」


「…」


「ご安心ください。

 報告書は完璧に仕上げます」


「それが怖い!」


ハルトは、頭を抱えた。


「結果オーライじゃん」


「オーライじゃない!」


依頼主が、引きつった笑顔で口を開いた。


「討伐は……成功、ですよね?」


ハルトは、

沈黙した剣と、崩れた街道を見比べた。


「装備の機能停止は、すでに本部へ報告しました」


一拍。


「普通の討伐って……何だっけ」


誰も、答えなかった。


リリカが、ハルトの沈黙を見て、

楽しそうに肩をすくめた。



報告書には、こう書かれた。


・徴税装置:停止

・通行路:供給断により一部崩落

・装備:規格外使用のため機能停止

・追加処理:要再申請


勝敗は、ついている。

命も、守られている。


それでも、納得だけが残らなかった。


「……次は、強くても異世界的な敵がいい」


ハルトの独り言は、

誰にも拾われなかった。


前線は、今日も

仕様通りに回っている。

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