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第4話 「盾は守るが、立場は守らない」

朝、装備を確認している時点で、嫌な予感はしていた。


理由は簡単だ。

昨日より、俺の持ち物が増えている。


すぐ横で、エルミナが俺の手元を覗き込んでいる。

距離が、近い。

肩が触れるか触れないかのところで、静かに息をしていた。


「問題はありません」


そう言って、彼女は小さく笑った。


なぜか、それが一番信用できなかった。



剣。

予備ナイフ。

包帯。

そして――盾。


黒い。

やたらと黒い。

無駄な装飾はなく、角ばった外観で、妙に圧がある。

黒装甲が艶やかに黒光りしている。

装甲面には帝国紋章が浮き彫りになっているが、

それすら控えめで、主張しない。


正直に言おう。

強そうだ。


だが、不思議なことに安心感はない。


これは防御じゃない。

責任が一つ、増えただけだ。



ギルド訓練場の片隅。

俺は床に立てかけられたその盾を見下ろしていた。


帝国試作重装防御盾。

非英雄型運用モデル。


正式名称――

《ヴァルファード》


……名前も、やたらカッコいい。


サイズは大きめだが、極端ではない。

黒塗りの装甲面は、磨き込まれた車体のように艶があり、

傷が付けば一目で分かりそうだった。


いかにも「前に出るやつ用」ではなく、

「前に出たくないやつが仕方なく持つ」感じだ。


一応、持ち上げてみる。


――重い。


いや、正確には

重いはずなのに、扱える。


両腕に装着すると、魔導補助が作動するのが分かる。

衝撃を逃がし、負荷を分散する設計。


鏡代わりに、磨かれた装甲面を見る。


……俺の顔、引きつってないか?


口角が上がっているのに、目が笑っていない。

高級装備を渡された冒険者の顔じゃない。

保証書を読んでる時の顔だ。


「……」


それを、横からエルミナが覗き込んだ。


「緊張していますか?」


「……してない」


彼女は否定しなかった。

ただ、少しだけ目を細めて、

さっきより穏やかに笑った。


「……ちゃんと高級品だな」


悔しいが、性能は本物だった。


「帝国製ですから」


隣で、どこか誇らしげにエルミナが言った。

今日も軍帽は正しく、背筋は直角。


「耐用評価はSです。

 想定運用下では、致命的損傷は発生しません」


「……高評価すぎない?」


俺は盾の内側に刻まれた刻印を見た。


【帝国試作装備】

【耐用評価:S】

【運用者適応済】

【信用制度連動型装備】


 剣と魔法の世界で、

 なぜ信用スコアが出てくる。

 嫌な予感が、確信に変わった。


「……エルミナ」


「はい」


「これ、“買った”扱い?」


「いいえ。契約期間中は支給扱いです」


 一瞬、安心しかけた俺の心を、彼女は次の一文で粉砕する。


「帝国民信用ポイントに基づく、条件付き使用装備です」


「……はい?」


「一定期間ごとに評価を行います。

 戦果、生存率、装備運用状況を総合判定し、

 基準を満たした場合のみ、次期使用契約が更新されます」


 なるほど。

 つまり――


「信用落ちたら?」


「使用契約は終了します」


「で、壊したら?」


「評価が下がります。修繕費は自己負担です」


「期限まで使い続けたら?」


「最終評価次第で、正式取得、再契約、返却のいずれかになります」


 俺は盾を見た。

 黒くて、でかくて、

 まだ俺の物じゃない顔をしている。


【契約更新まで:残り〇任務】


「……これ、仕組みだけ聞くとさ」


「はい」


「完全に残クレローンだよね?」

 しかも、

 途中解約できないやつ。

 

 エルミナは一瞬だけ考えた。


「不適切な比喩です」


「帝国としては、合理的な装備運用です」


悪意がないのが腹立たしい


「最悪の言い換えをありがとう!!」



「で、なんでこれが俺に?」


素朴な疑問だ。

こんな高級そうな盾、もっと向いてる人がいるだろ。


エルミナは即答した。


「設計思想と行動特性が一致しています」


嫌な予感しかしない。


「本装備は

・無謀な前進をしない(事故らない)

・戦闘回避を優先する(修繕費が少ない)

・結果的に生存率が高い(責任をとれる)

個体向けに調整されています」


「……それ、褒めてる?」


「はい」


即答だった。


「英雄クラスが使用すると、性能の三割以上が過剰になります」


「つまり?」


「もったいないです」


ひどい。


「……これ、誰が俺に回した?」


「私です」


即答だった。


「適合率が最も高かったので」


視線を逸らさず、淡々と。

でも、ほんの一瞬だけ、間があった。


「開発部では

 〈事故らない一般人モデル〉と呼ばれていました」


「名前をもうちょっとなんとかしろ!!」



今回の依頼は、森の魔物排除。

前線近郊だが、小規模。


「非戦闘寄りです」


その言葉と業務用スマイルを、俺はもう信じない。


森に入ってすぐ、異変に気づいた。


地面が抉れている。

木の幹に、硬質な傷。


「……甲殻型か」


「はい。

 《鋼殻穿獣》です」


聞きたくなかったやつだ。


「突進と貫通攻撃を主とします」


「盾、耐える?」


「直撃でなければ」


その言い方、ほんとやめろ。


やがて、来た。


黒光りする獣。

猪に似た体躯だが、全身が金属質の殻で覆われている。


「……蜂じゃなくてよかった」


前よりマシな気がするのが怖い。


「来ます」


その一言で、体が動いた。


俺は盾を構える。


この盾なら、死なない。

理屈では。


でも。


これ、高級品だよな?

ワンオフだよな?

査定、下がらないよな?


一瞬、頭をよぎる。


そして理解した。


ここで出さなきゃ、

俺が終わる。


「……クソ」


突進。


衝撃。


鈍い音。

だが――割れない。


表面に、薄く光が走り、衝撃が逃げる。


俺は盾の向こう側を、そっと覗き込んだ。


……まだ、原形あるな?


無意識に、指で装甲をなぞる。

傷がないことを確認してから、

ようやく息を吐いた。


「……ヒビ、入ってない?」


「問題ありません」


エルミナが踏み込む。

剣が、関節の隙間を正確に断った。


一体、撃破。


残りは逃走。


盾が無傷なのを確認してから、

 ようやく

 自分の無事を思い出した。



戦闘終了。


俺は、その場に座り込んだ。


「……エルミナ」


「はい」


「今の、査定的にどう?」


彼女は盾を一瞥する。


「評価は維持されます」


「……下がらない?」


「はい。

 想定運用内です」


少しだけ、救われた気がした。


「ただし」


やめろ。


「同様の行動を繰り返すと、

 次回更新時に使用優先度が上がります」


「……前に出る回数、増える?」


エルミナは胸を張った。


「合理的です」


その言葉を、

 今日だけで

 三回は聞いている。



帰還後。


掲示板が更新される。


【前線魔物排除・成功】

【担当冒険者:ハルト】


評価、上昇。


俺は静かに理解した。


この盾は、確かに俺を守る。

死なせない。


だが同時に、

俺を前に出す理由を、完璧に揃えている。


「……ヴァルファード」


盾は、何も答えない。


隣で、エルミナが小さく頷いた。


「合理的な装備選択でした」


この世界で一番信用ならない言葉を聞きながら、

俺は次の依頼票から、目を逸らした。


逸らせなかったけど。



盾の整備を終えた翌朝。

俺は、ギルドの掲示板の前で立ち尽くしていた。


理由は単純だ。

受けられそうな依頼が、ない。


正確には、ある。

あるが――全部、前線寄りだ。


「……昨日まで、こんなじゃなかったよな?」


小型魔物の討伐。

物資護送の随行。

非戦闘補助。


そういう、金は安いが命が軽い依頼が、綺麗に消えている。


代わりに並んでいるのは、


・前線魔物排除

・危険地域調査

・帝国補助部隊同行


どれも、報酬はいい。

その分、逃げ場がない。


「節約、しようと思っただけなんだけどな……」


俺は本気でそう思っていた。


昨日の戦闘で理解したのだ。

ヴァルファードは、確かに守ってくれる。

だが、前に出続けないと意味がない。


なら――

前に出ない選択をすればいい。


装備を使わない。

戦闘を避ける。

消耗を減らす。


完璧な節約プランだ。


「……エルミナ」


「はい」


「俺、今日は一番安全そうな依頼にする」


彼女は一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに頷いた。


「合理的判断です」


その言葉に、少しだけ救われた。


俺は掲示板の端に貼られた、

地味で誰も見ていない依頼票を剥がす。


《旧補給路・安全確認》

報酬:低

危険度:低

評価加点:微量


完璧だ。



現地は、本当に何もなかった。


魔物の痕跡なし。

地形異常なし。

補給箱も無傷。


俺は一歩も前に出ていない。

盾も使っていない。

剣も抜いていない。


「……平和だな」


「はい」


エルミナは淡々と周囲を確認し、記録を取っている。


「損耗ゼロ。理想的な行動です」


そう。

これだ。

こういうのでいいんだ。


帰還後、俺は整備窓口にも寄らず、

そのままギルドの受付に向かった。


「依頼、完了しました」


受付嬢が書類を確認し、

一瞬だけ、眉を上げた。


「……あ、こちらですね」


カウンターの奥で、紙が一枚、追加される。


「補給路の完全確認、ありがとうございます。

 帝国側から、評価が入りました」


嫌な予感がした。


「評価……?」


「はい。

 危険地域における無損耗任務達成として」


俺の視界の端で、

掲示板が更新される。


【帝国民信用ポイント:上昇】

【装備運用評価:優】


俺は無言で、掲示板から一歩下がった。


もう一度近づいて、

表示を指でなぞる。


……消えない。


瞬きを三回しても、

評価はそのままだった。


「……え?」


「前線装備を保持したまま、損耗を出さずに任務完了。

 模範的運用例として記録されます」


頭が追いつかない。


「ちょっと待って。

 俺、何もしてないぞ?」


「それが評価されています」


エルミナが、いつもの無表情で頷いた。


「装備を保持し、無駄な戦闘を避け、任務を遂行。

 結果として、戦力を温存したと判断されました」


「……節約しただけなんだが」


「高度な判断です」


違う。

そうじゃない。


俺は逃げたかっただけだ。


なのに。


評価が上がる。

信用が増える。

次に回ってくる依頼の“質”が、上がる。


掲示板を見ると、

さっきまでなかった依頼票が、増えていた。


全部、

俺向けに見える。


「……なあエルミナ」


「はい」


「もしかしてさ」


「はい」


「節約すると、余計に縛られるタイプのやつ?」


彼女は少しだけ考えてから、答えた。


「効率的な人材は、重要視されます」


最悪だ。


この世界、

節約すると信用が上がる。


信用が上がると、

逃げ道が減る。

なのに、楽をした気になってしまう。


【次回更新時:推奨配属先 前線安定区域】


俺は、次の依頼票を見つめながら、

深く、ため息をついた。


盾を一度だけ持ち上げて、

すぐに下ろしてみる。


重さは変わらない。

なのに、さっきより重く感じた。


「……前世と同じじゃねえか」


ヴァルファードは、今日も無傷だ。

それが、一番の問題だった。



ギルドにて


「……おい、また『条件付き任務』が増えてるぞ」

「ああ、信用ポイントが足りないと受けられないやつか。

 税金の控除は減るわ、金利は高くなるわ、依頼は減るわ」

「帝国は非効率なやつに厳しいからな…」


「…それより…なあ、聞いたか?」

「聖王国の勇者様、最近前線に来てるらしいぞ」

「マジか。勇者って本当に休みないよな」

「正義は休まない、だってさ」

「……疲れそう」


笑い声。

軽い調子。


冒険者にとって、

噂は酒のつまみで、

真実はどうでもいい。


だから、

それが「何かの始まり」だとしても、

誰も気づかない。

帝国技術局、深夜。開発主任がデータを見て目を丸くした。


「……ヴァルファード、想定の三倍耐久してますね」

「使用者は?」

「ハルトとかいう冒険者です」

技師Aがグラフを見ながら、眉をひそめる。


「戦闘スタイル……徹底的に回避、防御優先……攻撃はほぼゼロ」

技師B、笑いをこらえきれず。

「これ、冒険者としてどうなんだ……いや、すごすぎる……!」


開発主任、指をグラフに置きながら言う。

「装備の損耗率ゼロ。生存率100%。査定S」

技師Aが吹き出す。


「なんだこれ……戦わないで評価S!?……」

「ああ。でも“死なない冒険者”モデルとしては完璧だ」


技師B、思わずメモを取りながら小声。

「これ、量産……するんですか?」

「このまま行けば…もちろんだ」開発主任がにやりとする。


数年後、前線に黒い盾が増える理由は、ハルト本人は知らない


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