第4話 「盾は守るが、立場は守らない」
朝、装備を確認している時点で、嫌な予感はしていた。
理由は簡単だ。
昨日より、俺の持ち物が増えている。
すぐ横で、エルミナが俺の手元を覗き込んでいる。
距離が、近い。
肩が触れるか触れないかのところで、静かに息をしていた。
「問題はありません」
そう言って、彼女は小さく笑った。
なぜか、それが一番信用できなかった。
剣。
予備ナイフ。
包帯。
そして――盾。
黒い。
やたらと黒い。
無駄な装飾はなく、角ばった外観で、妙に圧がある。
黒装甲が艶やかに黒光りしている。
装甲面には帝国紋章が浮き彫りになっているが、
それすら控えめで、主張しない。
正直に言おう。
強そうだ。
だが、不思議なことに安心感はない。
これは防御じゃない。
責任が一つ、増えただけだ。
◇
ギルド訓練場の片隅。
俺は床に立てかけられたその盾を見下ろしていた。
帝国試作重装防御盾。
非英雄型運用モデル。
正式名称――
《ヴァルファード》
……名前も、やたらカッコいい。
サイズは大きめだが、極端ではない。
黒塗りの装甲面は、磨き込まれた車体のように艶があり、
傷が付けば一目で分かりそうだった。
いかにも「前に出るやつ用」ではなく、
「前に出たくないやつが仕方なく持つ」感じだ。
一応、持ち上げてみる。
――重い。
いや、正確には
重いはずなのに、扱える。
両腕に装着すると、魔導補助が作動するのが分かる。
衝撃を逃がし、負荷を分散する設計。
鏡代わりに、磨かれた装甲面を見る。
……俺の顔、引きつってないか?
口角が上がっているのに、目が笑っていない。
高級装備を渡された冒険者の顔じゃない。
保証書を読んでる時の顔だ。
「……」
それを、横からエルミナが覗き込んだ。
「緊張していますか?」
「……してない」
彼女は否定しなかった。
ただ、少しだけ目を細めて、
さっきより穏やかに笑った。
「……ちゃんと高級品だな」
悔しいが、性能は本物だった。
「帝国製ですから」
隣で、どこか誇らしげにエルミナが言った。
今日も軍帽は正しく、背筋は直角。
「耐用評価はSです。
想定運用下では、致命的損傷は発生しません」
「……高評価すぎない?」
俺は盾の内側に刻まれた刻印を見た。
【帝国試作装備】
【耐用評価:S】
【運用者適応済】
【信用制度連動型装備】
剣と魔法の世界で、
なぜ信用スコアが出てくる。
嫌な予感が、確信に変わった。
「……エルミナ」
「はい」
「これ、“買った”扱い?」
「いいえ。契約期間中は支給扱いです」
一瞬、安心しかけた俺の心を、彼女は次の一文で粉砕する。
「帝国民信用ポイントに基づく、条件付き使用装備です」
「……はい?」
「一定期間ごとに評価を行います。
戦果、生存率、装備運用状況を総合判定し、
基準を満たした場合のみ、次期使用契約が更新されます」
なるほど。
つまり――
「信用落ちたら?」
「使用契約は終了します」
「で、壊したら?」
「評価が下がります。修繕費は自己負担です」
「期限まで使い続けたら?」
「最終評価次第で、正式取得、再契約、返却のいずれかになります」
俺は盾を見た。
黒くて、でかくて、
まだ俺の物じゃない顔をしている。
【契約更新まで:残り〇任務】
「……これ、仕組みだけ聞くとさ」
「はい」
「完全に残クレローンだよね?」
しかも、
途中解約できないやつ。
エルミナは一瞬だけ考えた。
「不適切な比喩です」
「帝国としては、合理的な装備運用です」
悪意がないのが腹立たしい
「最悪の言い換えをありがとう!!」
◇
「で、なんでこれが俺に?」
素朴な疑問だ。
こんな高級そうな盾、もっと向いてる人がいるだろ。
エルミナは即答した。
「設計思想と行動特性が一致しています」
嫌な予感しかしない。
「本装備は
・無謀な前進をしない(事故らない)
・戦闘回避を優先する(修繕費が少ない)
・結果的に生存率が高い(責任をとれる)
個体向けに調整されています」
「……それ、褒めてる?」
「はい」
即答だった。
「英雄クラスが使用すると、性能の三割以上が過剰になります」
「つまり?」
「もったいないです」
ひどい。
「……これ、誰が俺に回した?」
「私です」
即答だった。
「適合率が最も高かったので」
視線を逸らさず、淡々と。
でも、ほんの一瞬だけ、間があった。
「開発部では
〈事故らない一般人モデル〉と呼ばれていました」
「名前をもうちょっとなんとかしろ!!」
◇
今回の依頼は、森の魔物排除。
前線近郊だが、小規模。
「非戦闘寄りです」
その言葉と業務用スマイルを、俺はもう信じない。
森に入ってすぐ、異変に気づいた。
地面が抉れている。
木の幹に、硬質な傷。
「……甲殻型か」
「はい。
《鋼殻穿獣》です」
聞きたくなかったやつだ。
「突進と貫通攻撃を主とします」
「盾、耐える?」
「直撃でなければ」
その言い方、ほんとやめろ。
やがて、来た。
黒光りする獣。
猪に似た体躯だが、全身が金属質の殻で覆われている。
「……蜂じゃなくてよかった」
前よりマシな気がするのが怖い。
「来ます」
その一言で、体が動いた。
俺は盾を構える。
この盾なら、死なない。
理屈では。
でも。
これ、高級品だよな?
ワンオフだよな?
査定、下がらないよな?
一瞬、頭をよぎる。
そして理解した。
ここで出さなきゃ、
俺が終わる。
「……クソ」
突進。
衝撃。
鈍い音。
だが――割れない。
表面に、薄く光が走り、衝撃が逃げる。
俺は盾の向こう側を、そっと覗き込んだ。
……まだ、原形あるな?
無意識に、指で装甲をなぞる。
傷がないことを確認してから、
ようやく息を吐いた。
「……ヒビ、入ってない?」
「問題ありません」
エルミナが踏み込む。
剣が、関節の隙間を正確に断った。
一体、撃破。
残りは逃走。
盾が無傷なのを確認してから、
ようやく
自分の無事を思い出した。
◇
戦闘終了。
俺は、その場に座り込んだ。
「……エルミナ」
「はい」
「今の、査定的にどう?」
彼女は盾を一瞥する。
「評価は維持されます」
「……下がらない?」
「はい。
想定運用内です」
少しだけ、救われた気がした。
「ただし」
やめろ。
「同様の行動を繰り返すと、
次回更新時に使用優先度が上がります」
「……前に出る回数、増える?」
エルミナは胸を張った。
「合理的です」
その言葉を、
今日だけで
三回は聞いている。
◇
帰還後。
掲示板が更新される。
【前線魔物排除・成功】
【担当冒険者:ハルト】
評価、上昇。
俺は静かに理解した。
この盾は、確かに俺を守る。
死なせない。
だが同時に、
俺を前に出す理由を、完璧に揃えている。
「……ヴァルファード」
盾は、何も答えない。
隣で、エルミナが小さく頷いた。
「合理的な装備選択でした」
この世界で一番信用ならない言葉を聞きながら、
俺は次の依頼票から、目を逸らした。
逸らせなかったけど。
◇
盾の整備を終えた翌朝。
俺は、ギルドの掲示板の前で立ち尽くしていた。
理由は単純だ。
受けられそうな依頼が、ない。
正確には、ある。
あるが――全部、前線寄りだ。
「……昨日まで、こんなじゃなかったよな?」
小型魔物の討伐。
物資護送の随行。
非戦闘補助。
そういう、金は安いが命が軽い依頼が、綺麗に消えている。
代わりに並んでいるのは、
・前線魔物排除
・危険地域調査
・帝国補助部隊同行
どれも、報酬はいい。
その分、逃げ場がない。
「節約、しようと思っただけなんだけどな……」
俺は本気でそう思っていた。
昨日の戦闘で理解したのだ。
ヴァルファードは、確かに守ってくれる。
だが、前に出続けないと意味がない。
なら――
前に出ない選択をすればいい。
装備を使わない。
戦闘を避ける。
消耗を減らす。
完璧な節約プランだ。
「……エルミナ」
「はい」
「俺、今日は一番安全そうな依頼にする」
彼女は一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに頷いた。
「合理的判断です」
その言葉に、少しだけ救われた。
俺は掲示板の端に貼られた、
地味で誰も見ていない依頼票を剥がす。
《旧補給路・安全確認》
報酬:低
危険度:低
評価加点:微量
完璧だ。
◇
現地は、本当に何もなかった。
魔物の痕跡なし。
地形異常なし。
補給箱も無傷。
俺は一歩も前に出ていない。
盾も使っていない。
剣も抜いていない。
「……平和だな」
「はい」
エルミナは淡々と周囲を確認し、記録を取っている。
「損耗ゼロ。理想的な行動です」
そう。
これだ。
こういうのでいいんだ。
帰還後、俺は整備窓口にも寄らず、
そのままギルドの受付に向かった。
「依頼、完了しました」
受付嬢が書類を確認し、
一瞬だけ、眉を上げた。
「……あ、こちらですね」
カウンターの奥で、紙が一枚、追加される。
「補給路の完全確認、ありがとうございます。
帝国側から、評価が入りました」
嫌な予感がした。
「評価……?」
「はい。
危険地域における無損耗任務達成として」
俺の視界の端で、
掲示板が更新される。
【帝国民信用ポイント:上昇】
【装備運用評価:優】
俺は無言で、掲示板から一歩下がった。
もう一度近づいて、
表示を指でなぞる。
……消えない。
瞬きを三回しても、
評価はそのままだった。
「……え?」
「前線装備を保持したまま、損耗を出さずに任務完了。
模範的運用例として記録されます」
頭が追いつかない。
「ちょっと待って。
俺、何もしてないぞ?」
「それが評価されています」
エルミナが、いつもの無表情で頷いた。
「装備を保持し、無駄な戦闘を避け、任務を遂行。
結果として、戦力を温存したと判断されました」
「……節約しただけなんだが」
「高度な判断です」
違う。
そうじゃない。
俺は逃げたかっただけだ。
なのに。
評価が上がる。
信用が増える。
次に回ってくる依頼の“質”が、上がる。
掲示板を見ると、
さっきまでなかった依頼票が、増えていた。
全部、
俺向けに見える。
「……なあエルミナ」
「はい」
「もしかしてさ」
「はい」
「節約すると、余計に縛られるタイプのやつ?」
彼女は少しだけ考えてから、答えた。
「効率的な人材は、重要視されます」
最悪だ。
この世界、
節約すると信用が上がる。
信用が上がると、
逃げ道が減る。
なのに、楽をした気になってしまう。
【次回更新時:推奨配属先 前線安定区域】
俺は、次の依頼票を見つめながら、
深く、ため息をついた。
盾を一度だけ持ち上げて、
すぐに下ろしてみる。
重さは変わらない。
なのに、さっきより重く感じた。
「……前世と同じじゃねえか」
ヴァルファードは、今日も無傷だ。
それが、一番の問題だった。
◇
ギルドにて
「……おい、また『条件付き任務』が増えてるぞ」
「ああ、信用ポイントが足りないと受けられないやつか。
税金の控除は減るわ、金利は高くなるわ、依頼は減るわ」
「帝国は非効率なやつに厳しいからな…」
「…それより…なあ、聞いたか?」
「聖王国の勇者様、最近前線に来てるらしいぞ」
「マジか。勇者って本当に休みないよな」
「正義は休まない、だってさ」
「……疲れそう」
笑い声。
軽い調子。
冒険者にとって、
噂は酒のつまみで、
真実はどうでもいい。
だから、
それが「何かの始まり」だとしても、
誰も気づかない。
帝国技術局、深夜。開発主任がデータを見て目を丸くした。
「……ヴァルファード、想定の三倍耐久してますね」
「使用者は?」
「ハルトとかいう冒険者です」
技師Aがグラフを見ながら、眉をひそめる。
「戦闘スタイル……徹底的に回避、防御優先……攻撃はほぼゼロ」
技師B、笑いをこらえきれず。
「これ、冒険者としてどうなんだ……いや、すごすぎる……!」
開発主任、指をグラフに置きながら言う。
「装備の損耗率ゼロ。生存率100%。査定S」
技師Aが吹き出す。
「なんだこれ……戦わないで評価S!?……」
「ああ。でも“死なない冒険者”モデルとしては完璧だ」
技師B、思わずメモを取りながら小声。
「これ、量産……するんですか?」
「このまま行けば…もちろんだ」開発主任がにやりとする。
数年後、前線に黒い盾が増える理由は、ハルト本人は知らない




