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第2話 「生存率が上がったので、死にやすい仕事を任されました」

初仕事の翌日、俺はギルドで本気で後悔していた。


原因は、はっきりしている。

昨日――評価が上がった。


結果は良好。

生存。

任務達成。

被害軽微。


理由欄は、空白だった。


書類に並ぶ文字は、どれも前向きだ。

だが、そこに「どれだけ必死に逃げ回ったか」とか、

「何回心臓が止まりかけたか」なんて項目は存在しない。


過程?

そんなもの、誰も見ていない。


評価が上がるとどうなるか。

依頼が回ってくる。


しかも決まって、

断りづらいやつが。


笑顔つきで。

丁寧な言葉つきで。

「お願い」じゃなく「ご提案」の顔をして。


「ハルトさん、こちらなどいかがでしょう?」


受付のお姉さんは、今日も柔らかく微笑んでいた。

カウンターの向こうで、書類を一枚だけ前に出す。


これは戻す気のない位置だ。


声は優しい。

所作も丁寧。

接客マニュアル百点満点。


なのに、背中がぞわっとする。


――この感覚、知っている。


前の世界で、

「ちょっとだけお願いがあって」

と上司に呼ばれたときの空気だ。


“断れない前提”で話が始まるやつ。


差し出された紙を見る。


【前線近郊・魔物掃討】


紙の端に、

すでに受付印が押されている。


「……これ、戦闘ですよね?」


分かっている。

百パーセント分かっている。

それでも、確認という名の現実逃避をした。


「はい」


即答だった。

呼吸するより速い。

迷いゼロ。


「昨日は調査でしたよね? 比較的、安全な……」


「評価が上がりましたので」


理由が雑!!

雑すぎる!!


(……対応"可能"って)

(対応"したい"じゃないんだよな……)


「……評価、下げられません?」


小声で聞く。


受付のお姉さんは、

初めて**困った顔**をした。


「それは……難しいですね」


一拍。


「下げるには、

 任務失敗か、重大な過失が必要です」


「**どっちも嫌だ!**」


「では、こちらで」


次の書類をもう一枚、重ねる。


昨日の俺を全力で殴りたい。

できれば時間を遡って、

剣を振る前の俺に「やめとけ」と言いたい。



集合地点に立っていたのは、エルミナだった。


銀髪をきっちりまとめ、

軍帽のような帽子を真っ直ぐに被っている。


背筋は異様なほど真っ直ぐで、

姿勢だけ見れば「模範兵士」の見本市だ。


鎧は実用一点張り。

無駄な装飾は一切ない。


顔立ちは整っている。

普通に可愛い――と思う。

思うのだが。


表情が、いつも一定だ。


穏やかで、

落ち着いていて、

感情があるようで、どこか希薄。


俺が来たことを確認するより先に、

彼女は地図を畳んだ。


「本日も同行します」


「……また!?」


声が裏返った。


「成功体験の再現性を高めるためです」


怖い。

言ってる内容が完全に業務改善案で怖い。


「俺の成功体験って、

 たまたま死ななかっただけなんだけど?」


「それが最も重要です」


即答。


この人、

生存を“成果指標”として処理してる。


「前回の任務では、

 想定死亡率12%に対し、実際は0%でした」


「数字で来るな!」


「今回の任務難易度は一段階上ですが、

 前例データから判断して問題ありません」


「問題しかない!」


エルミナは首を傾げた。


「生存率84%です」


「低い!」


「帝国基準では、十分です」


「基準がおかしい!」


一拍。


「……なあ、エルミナ」


「はい」


「もし俺が死んだら?」


「報告書を作成します」


即答だった。


「そこ悩めよ!」



現場は荒れていた。


地面は焼け焦げ、

柵は内側から引き裂かれたように壊れている。


「対象は《灰皮走獣》三体」


エルミナが淡々と説明する。

俺の位置を確認せず、

すでに立ち位置を決めている。


「魔力影響により皮膚が炭化しています。

 表面は硬化していますが、関節部は比較的柔らかいです」


見た目は、

炭になりかけた巨大な猪。


鼻息は荒く、

地面を削りながらこちらを睨んでいる。


……可愛げ、ゼロ。


「作戦は?」


「正面から制圧します」


「却下!!」


反射で叫んでいた。


「昨日の距離感で正面は無理だ!

 近づいた瞬間、潰される!」


「正面戦闘の成功率は――」


「俺、潰されたくない!!」


理屈より先に本音が出た。


エルミナは一瞬だけ首を傾げる。

考えている……ように見えるが、

たぶん内部で再計算しているだけだ。


「……理解しました」


早い。

早すぎる。


「代案は?」


「え、俺!?」


「前回も、現場判断は有効でした」


(……それ、褒めてないよね?)


「……じゃあ俺、ちょっと走ってくる」


「走る、とは?」


「なんかこう、

 魔物の注意を引きつければ、

 大丈夫な気がする」


「理解しました」



「死亡確率は、許容範囲内です」


「今、さらっと怖いこと言った!?」


「数値上の話です」


にこっと笑った。

規定通りの、業務スマイルだった。



結果から言う。


囮は、

致命的に向いてなかった。


《灰皮走獣》は速い。

思っていたより、ずっと速い。


そして俺は、

思っていた以上に間抜けだった。


走る。

必死に走る。

息が切れる。


脳裏に前世の記憶が蘇る。

終電後のタクシー代をケチって走った夜。

雨の中、書類を濡らさないように必死で走った記憶。

――また、走ってる。

死んでまで、俺は何から逃げてるんだ?


視界の端で、

エルミナが予定通りの位置にいるのが見えた。


頭の中が妙に冷える。


「これ、異世界労災で処理されるかな……?」


そんなことを考えた瞬間、

足がもつれた。


――あ。


自分で置いた石に、

完璧につまずいた。


転ぶ。

地面が近い。

嫌な近さだ。


時間が、伸びた。


土の匂い。

自分の荒い呼吸。

背後から迫る、重い振動。


巨大な影が、

ゆっくりと視界を覆う。


近い。

でかい。

臭い。


(あ、これ死ぬやつだ)


英雄的な最期とか、ない。

叫びも、覚悟もない。


ただ、

「ああ、評価とか関係なく死ぬんだな」

という妙に現実的な感想だけが浮かんだ。


「ハルトさん」


エルミナの声が聞こえる。

異様なほど落ち着いている。


「距離、近すぎます」


分かってる!!


俺は反射的に剣を振った。

構えも狙いもない。

完全な悪あがき。


――当たった。


剣先が、

魔物の顎の柔らかい部分に突き刺さる。


《灰皮走獣》が、

「なんで?」という顔で崩れ落ちた。


残り二体が、

一瞬だけ動きを止める。


「今だ!!」


叫んだのは俺だった。


エルミナは、

ほんの一瞬だけ俺を見て――

視線を外し、次の動きに入った。


口元だけ、規定通りに上げた。


「了解です」


その動きは、

教本通りではなかったように見えた。


踏み込み、

体勢を崩し、

関節を正確に破壊する。


冷静で、

合理的で、

そして――

ほんの少し、楽しそうだった。



戦闘終了。


俺は地面に座り込み、

しばらく立てなかった。


エルミナが俺の前にしゃがみ込んだ。


距離が、近い。


戦闘中より、ずっと。


「……成功です」


「どこが!?」


「討伐完了という結果は出ています」


「過程が地獄なんだけど!!」


「次は、転倒リスクを考慮します」


と、

淡々とメモを取った。


「……次回?」


「本日の行動ログは有効です。再現可能と判断しました」


俺は何も答えていない。


それなのに、


彼女は俺の腕の位置を軽く直し、

剣の持ち方を調整し、

肩の血を拭った。


無言で。

当然の作業みたいに。


「今日はこれで終了です」


「……あ、ああ」


終了。


なのに、

“解散”という空気がない。


エルミナは立ち上がらなかった。


「……俺、生きてる?」


「はい」


「致命傷は回避されています。

 理想的な囮でした」


「二度と理想になりたくない」


「次回は、もう少し――」


「次回を想定するな!!」


エルミナは首を傾げた。

その表情は穏やかで、

なのに安心できる要素が一つもない。



帰還後。


「評価、また上げておきますね」

受付のお姉さんが、

当然のように**言った。


「上げないで!」


初めて、懇願した。


「次の依頼ですが」


受付のお姉さんが、紙を二枚並べた。


「こちらと、こちら。

 どちらも“同行前提”になっています」


「……同行?」


「はい。エルミナさんですね」


名前が出た瞬間、

背後で、布が擦れる音がした。


振り返ると、

エルミナが立っていた。


いつからいたのか分からない。


「合理的です」


彼女はそう言って、

紙の一枚を取った。


「こちらにします」


「え、俺――」


「問題ありません」


受付のお姉さんはにこやかに頷いた。


「では、決定ですね」


受付のお姉さんが、

いつもの笑顔で言った。


ペンが止まらない。

俺の返事を待っていない。


掲示板が更新される。


【前線魔物減少につき、周辺地域の治安改善を確認】

【帝国軍、治安維持のため駐留】


文字を見た瞬間、

胃の奥が、きゅっと縮んだ。


「……なあ」


「はい」


「俺、何かやった?」


エルミナは少し考えてから答える。

考えている間、もう次の書類を見ている。


「はい。結果的に、最適解でした」


最適解。


前の世界でも、よく聞いた言葉だ。

そしてそのあと、

必ず仕事が増えた。


「……評価、下げる方法ってないのかな」


エルミナは首を傾げた。

丁寧で、穏やかな動き。


「不合理です」


その笑顔が、

魔物より、

ずっと怖かった。


掲示板の依頼は一行だった。


「旗を持つ仕事」


「へぇ。楽そう」


場所は、最前線のさらに外。

地図に名前もない村。


着くと、村人たちは全員、

諦めたような、悟ったような顔をしていた。


(なんだ、この空気……)


指示書。


「日没まで、指定地点で旗を保持すること」


言われた通り、立つ。

旗を掲げる。


旗は、思ったより大きかった。


布地は分厚く、

風がなくても、妙に形を保っている。


――沈黙

村人が、ゆっくり集まってくる。

誰も何も言わない。


ただ、目だけが怖い。


(……あれ?)


中央には帝国章。

その周囲に、細かい線と数字。

端には識別用らしい小さな札が縫い付けられていた。


(たぶん、目印だろう)


夜まで、

ずっと旗を掲げていた。


村人たちは、何も言わず、散っていった。


依頼は成功扱いだった。


――――――――――


帝国前線基地、兵士食堂。


「なあ、今日の冒険者」


「ああ。ハルトとか言ったか」


兵士Aが、スープを啜る。


「弱そうだったな」


「弱いよ」

兵士Bが即答する。

「剣、振らねえ。魔法、撃たねえ」


「なのに――」


兵士Cが、黙ってパンを割る。


「まだ生きてる」


一拍。


「前線三回」

「三回とも帰還」

「しかも、無傷」


「運だろ」


「違う」


兵士Aが、匙を止める。


「あいつさ、

 俺らが“敵だ”って声出す前に、

 もう盾立ててる」


「……早くね?」


「早い」

「異常に早い」


兵士Bが鼻で笑う。


「それ、戦闘うまいって言わねえだろ」


「言わねえな」


兵士Cが頷く。


「でも前線で一番重要なのは、

 うまいかどうかじゃない」


グラスが三つ、静かに合わさる。


「生き残るかどうかだ」


「……だな」


「組むなら、どっちだ?」


「決まってる」


「死なない方の隣だ」


三人は、何事もなかったように食事を続けた。


※ハルトは、この会話を知らない

※翌日から、指名依頼が増えた

※理由欄は、どれも同じだった


「安全性重視」

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