第11話 「村落周辺の前線整理依頼」
依頼は「村落周辺の前線整理」だった。
魔物が出るかどうかは不明。
だが、人が勝手に動くと厄介になる――
そういう場所らしい。
そのため、今回は兵が同行していた。
戦力として、ではない。
「ここから先は前線だ」と示すための存在だ。
兵が立っているだけで、
人は勝手な判断をしなくなる――
帝国は、そういうデータを持っている。
何日か滞在したある日
村の入口に、**柵**が立っていた。
木製。低い。
跨げる。
ハルトは立ち止まり、眉をひそめる。
「……これ、なんだ?」
エルミナが一歩前に出る。
胸を張る。
「前線用の簡易防護です」
ハルトは柵を見る。
もう一度見る。
「ただの柵だろ、何も守れないじゃないか」
「いえ。心理的に効きます」
即答だった。
エルミナはまっすぐに前を見据え、また胸を張る。
村人Aが、柵の向こうで小さく手を上げる。
「……効いてます」
「そっちかよ!」
ハルトのツッコミが跳ねる。
村人Bが首をすくめる。
「越えていいのか分からないので……」
村人Cが後ろを振り返る。
「怒られそうで……」
全員、“怒られる想像の顔”をしている。
場違いな聖女
セシリアが、じっとその光景を見る。
柵、村人、兵、柵。
「……尊いです」
セシリアは目を輝かせ、指先を胸に当てる。
「どこが!?」
ハルトが即座に振り向く。
セシリアは真顔だ。
「だって、自分で止まってます。誰にも命令されてないのに」
「それ、褒めていいやつじゃないだろ!」
エルミナが咳払いを一つする。
「実際、進行は止まっています」
「止まってるのは村人だから!」
村人Dが、おずおずと口を開く。
「怒られたら、面倒かなって……」
村人Eが頷く。
「前も、怒られましたし」
ハルトが額を押さえる。
「前っていつだよ……」
「……いつだったかな」
誰も思い出せない。
エルミナが記録板を開く。
さらさらと線を引く。
「効果、確認!」
「確認すんな!」
そのとき、後方で布袋が落ちる音がした。
「はいはい、次ねー」
リリカだ。
軽い足取りで前に出てくる。
背中の荷物から、円盤状の魔導具を取り出す。
中央に刻印。
周囲に意味の分からない記号。
ハルトが警戒する。
「……それ、何」
「前線処理用・簡易境界展開器」
「処理すんなっ!」
リリカは気にしない。
「正式名称は《局所同意形成補助結界装置》」
一拍。
「略称、魔ウェーイ・バリア!」
魔導具が震える。
『起動準備完了☆』
村人たちが一斉に後ずさる。
「喋った!?」
「喋るんだ!?」
リリカが刻印を叩く。
「簡単だよ! 魔ウェーイ、展開っと!」
『ヒャッハー!』
半透明の膜が、柵の内側にふわっと広がる。
その表面に――
キラキラと、星の模様が浮かぶ。
ハルトが固まる。
「……星?」
「可愛くない?」
「村を可愛くするな!」
触れると、ぺにょっと凹む。
ハルトが棒で突く。
「……柔らかい」
「うん。気持ちの壁」
「説明になってない!」
村人Aが、恐る恐る手を伸ばす。
膜に触れる。
「……入っていいんですか?」
膜が、わずかに揺れる。
『同意、未確認☆』
村人Aが固まる。
「……じゃ、やめときます」
ハルトが叫ぶ。
「なんでそこで引くんだよ!」
村人Bが指を立てる。
「同意してないって言われたら……」
村人Cが頷く。
「悪いことしてる気がして……」
全員、“自分から悪者になる想像の顔”。
セシリアが、また見る。
柵、膜、立ち止まる村人。
「……尊いです」
「二回目は許さないぞ!」
リリカが首を傾げる。
「え、でも順調じゃない?」
エルミナが記録板を見る。
「侵入、ゼロ」
「理由が気持ち悪い!」
そのとき、村人Fが小声で言う。
「……中の畑、収穫なんですけど」
エルミナが顔を上げる。
「通行許可は?」
「……もらってません」
リリカが即答する。
「じゃ、良くないね」
リリカは魔導具を掲げ、目を輝かせる。
「だめなの!?」
ハルトが振り返る。
セシリアが、畑を見る。
実った作物。
立ち止まる村人。
「……我慢してます。尊いです」
「だから褒めるな!」
村人Fが手を引っ込める。
「じゃ、今日はやめます……」
村人たちが散っていく。
誰も怒っていない。
誰も止めていない。
セシリアだけが「守られていないもの」を見ていた。
柵と膜だけが残る。
エルミナが静かに言う。
「前線、安定しました」
「安定って言うな!
誰も幸せになってないだろ、これ!」
魔導具が鳴る。
『任務、順調☆』
リリカが満足そうに頷く。
「ほらね」
ハルトは柵を見る。
膜を見る。
引き返す村人を見る。
「……なあ」
誰も答えない。
セシリアは、少し考えてから言う。
「でも、ちゃんと守られてますよ?」
「何がだよ……」
ハルトの声が落ちる。
柵は低い。
膜は柔らかい。
誰も越えない。
エルミナが記録板を閉じる。
「問題ありません」
誰も反論しない。
『ヒャッハー!』
魔ウェーイが、誇らしげに鳴った。
村は静かだった。
翌日。
村人たちが、集まっていた。
柵の前。
バリアの前。
動かない。
「……どうしたんだ?」
ハルトが聞く。
村人Aが答える。
「……収穫、できないので」
「バリア、通るか消せばいいだろ」
「……でも」
村人Bが首をすくめる。
「勝手に消していいのか……」
「いいよ!」
「……怒られませんか?」
「怒らない!」
村人Cが小声で言う。
「……前も、怒られましたし」
「だから、いつだよ……」
村人たちは、動かない。
その時――
リリカが軽い調子で言った。
「じゃ、消そっか」
『ヒャッハー!』
バリアが消える。
同時に――
村人が、一斉に動き出した。
「今だ!」
「急げ!」
「収穫!」
全速力。
畑に殺到する。
「早い!?」
ハルトが驚く。
さっきまでの躊躇はどこへやら。
村人たちは、
芋を掘り、
野菜を抜き、
袋に詰め込む。
「……なんで急いでんだ?」
村人Aが叫ぶ。
「野菜っ!野菜っ!」
「わかりません!」
「今しかない!」
村人たちは、止まらない。
畑が、あっという間に荒れる。
土が飛ぶ。
野菜が散乱。
袋が倒れる。
「ちょ、落ち着け!」
誰も聞いていない。
村人Bが、芋を三つ抱える。
「これで……これで……!」
「何がだよ!」
村人Cが、野菜を袋に詰める。
「間に合った……!」
「何に!?」
その混乱の中、
リリカが魔導具を見る。
「……あれ?」
「何?」
「バリア、また出てる」
「は?」
『ヒャッハー!』
バリアが、再展開。
村人たちが、バリアの中に閉じ込められた。
「え?」
「出られない!?」
「なんで!?」
パニック。
村人たちが、バリアに触れる。
『同意、未確認☆』
「だから、なんだよその同意!」
ハルトが叫ぶ。
「リリカ、消して差し上げて!」
「消してるんだけど……」
リリカが魔導具を叩く。
『作動中☆』
「誤作動じゃねーか!」
エルミナが、淡々と記録する。
「村人、収容完了!」
「やめろ!」
セシリアが、目を輝かせる。
「とうと」
「尊くない!!」
◇
翌日。
バリアは消えていた。
代わりに――
今度は村の入口に、場違いなものが置かれていた。
机だ。
粗末だが、妙に整っている。
紙束が積まれ、横には判子。風に揺れる紙の端が、やけに目についた。
「……これ、なんだ?」
ハルトが眉をひそめる。
「臨時通行管理所です」
エルミナは胸を張って即答した。
「前線だぞ」
「はい。ですので“臨時”です」
一瞬、何かを言い返そうとして、ハルトは口を閉じた。
机の前で足を止めていた村人が、恐る恐る声を出す。
「……あの、通っていいんでしょうか……?」
「お名前をこちらに」
エルミナは紙を指差した。
「……名前、書けば……?」
「はい。下に“今の気持ち”もお願いします」
「なんでだよ」
村人はペンを握ったまま固まった。
「……“怖い”で……いいですか……?」
「抽象的です」
「じゃ、じゃあ……“めちゃくちゃ怖い”で……」
「具体化されました。受理します」
「受理すんな」
後ろで待っていた別の村人が、列から一歩も動けずにいる。
「これ……勝手に通ったら……怒られますよね……?」
「……怒られそうですよね……」
「書いてないのに通ったら……」
三人とも、揃って顔をこわばらせた。
誰も怒鳴っていないのに、怒られる想像だけが先に立っている。
「そっちかよ!」
その横から、紙束を抱えたセシリアが、感心したように息を漏らした。
「わぁ……前線なのに……書類……尊いです……」
「感動するとこそこじゃねえ」
セシリアは村人の手元を覗き込み、目を輝かせる。
「震える手で……必死に文字を書いて……尊いです……」
村人は余計に動けなくなった。
「その“どうしていいかわからない顔”……尊いです……」
「やめてやれ」
エルミナは事務的に言う。
「震えが強い方は、二枚目に理由を」
「増やすな」
村人たちは、完全に足止めされていた。
柵も結界もない。ただ机と紙があるだけなのに、誰も前に進めない。
セシリアは、書かれなかった名前のほうをみていた。
「……村人止まってるんだけど」
ハルトが呟く。
「被害は出ていません」
エルミナは淡々と答えた。
「…」
セシリアは紙束を抱きしめ、うっとりと頷く。
「秩序で止まる前線……尊いです……」
誰も悪くない。
誰も止めていない。
紙を書き終えた村人が、そっと机から離れた。
「……通って、いいんですよね……?」
誰にともなく確認するような声。
エルミナは判子を持ったまま、一拍だけ考える。
「通行は許可されています」
「……許可……」
村人は一歩前に出て、すぐに止まった。
「……許可って……今のですか……?」
「はい。今のです」
「……紙、書いたから……?」
「はい」
「……書かなかったら……?」
「それは“未処理”です」
村人は後ろを振り返った。
「……未処理だと……?」
並んでいた別の村人が、小さく息を吸う。
「……後で呼ばれそうですね……」
「ですよね……」
「夜とかに……」
「名前、書いちゃいましたし……」
列全体が、じわじわと後退した。
ハルトは頭を押さえる。
「誰も止めてないのに、なんで下がってんだよ……」
セシリアは、その様子を見て両手を胸の前で組んだ。
「自分で選んで……自分で怖くなって……尊いです……」
「やめろ」
エルミナは淡々と紙を揃える。
「未処理の方が増えましたね」
「お前の感想のせいだろ!」
その時、列の後ろから、か細い声が上がった。
「……あの……今日、通らないって選択も……」
エルミナは即答した。
「可能です」
村人たちは、全員で固まった。
「……可能……」
「……選べる……」
「……選べるって……怖くないですか……?」
誰も一歩も動かなくなった。
翌日。
掲示板に、新しい紙が貼られた。
【前線整理・完了】
【担当:ハルト、エルミナ、リリカ】
その下に、小さく。
【※村人通行:ゼロ】
【※前線安定性:向上】
「……向上?」
ハルトが呆然と呟く。
「はい」
エルミナが即答する。
「村人が動かないので、
前線が安定しました」
「それ、良いことか?」
「はい」
「……村、機能してないぞ?」
「別件です」
「別件じゃない!」
その横で、
村人たちが、
柵の向こうで固まっていた。
動かない。
通らない。
ただ、見ている。
セシリアが、その光景を見て――
目を輝かせた。
「……完璧です」
「何が!?」
「誰も傷つかず、
誰も動かず、
完璧に守られてます」
一拍。
「尊いです」
ハルトは、頭を抱えた。
「……前線整理って、これじゃないと思う」
その夜。
村人Aが、小声で言った。
「……明日、通ります」
村人Bが頷く。
「……紙、書きます」
村人Cが震える。
「……怒られませんよね……?」
誰も答えない。
翌朝。
机の前には、
また誰もいなかった。
紙束だけが、
静かに風に揺れていた。
エルミナが、記録する。
「本日も、通行ゼロ」
「……もういい」
ハルトは、諦めた。
リリカが、楽しそうに言う。
「じゃ、次の村行こっか」
「やめろ!次も同じになるだろ!」
机の前は、今日も静かに、完璧に機能していた。




