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第1話 「死因が雑すぎて、侵略国家の最前線に配属されました」

死因としては、事故死らしい。


――嘘だろ。


公式にはそう処理された。

書類上は、

「雨天時の転倒による頭部打撲」

それだけだ。


いや待て。

それだけって、なんだよ。


俺の人生、

A4用紙一枚に収まる程度の扱いかよ。


しかも、

「雨天時の転倒」。


聞こえはいい。

事故っぽい。

不可抗力っぽい。


でも実際は?


連勤二十一日目。

終電消滅後。

代替要員なし。

「今日中」が三件重なった日。


――そして。


なぜか会社のビルだけ、自販機が全滅していた。


(あの自販機、絶対わざとだろ)


水も買えず、

休憩も取れず、

それでも走らなきゃいけなかった。


走らない=終わらない

終わらない=明日も来る

明日が来る=怒られる


この三段論法を、

当時の俺は、

本気で信じていた。


今思えば完全に狂ってる。

でも当時は、それが当たり前だった。


だから走った。

深夜の、誰もいないビルの廊下を。

濡れた床を。

滑るとわかっていた床を。


――結果?


水たまり。

苔。

誰かが置きっぱなしにした、

黄色と黒のシマシマコーン。


完璧なコンボだった。


倒れながら、

俺が最初に考えたのは――


「これ、労災でいけるか?」


だった。


(本当に、終わってたんだな、俺)


地面が近い。

冷たい。

硬い。


書類は、なぜか離さなかった。


中身はもう、

どうでもいい修正だった。


倒れた拍子に、

ポケットのスマホが震えた。


きっと上司だ。


画面を見る前に意識が切れたのは、

人生で唯一のファインプレーだったかもしれない。


俺が本当に望んでいたのは、こんなものじゃなかったはずだ。

休みの日に、昼まで寝ていたい。

起きたら、まず豆から挽いたコーヒーを淹れるんだ。

仕事の締め切りも、上司からの着信もない。

ただ、窓から入る日差しの中で、静かに時間を過ごす。

それだけでよかった。

それだけが、よかったのに。


「……まあ、スローライフとは逆方向だな」


倒れながら、

そんなことを考えていた。


現実逃避の精度だけは、

最後まで高かった。


そこで、

視界が白くなった。



「次の方どうぞー」


……え?


間の抜けた声がして、反射的に顔を上げた。


白い部屋。

受付窓口。

番号表示板。


――既視感がありすぎる。


いや、これ。

これ完全に、

区役所じゃん。


「……ここ、どこですか?」


「異世界転生管理局です」


即答だった。


説明口調ですらない。

住所を聞かれて「日本です」と返されたみたいな温度。


受付の女性は、

たぶん三十代くらい。

髪は後ろできっちりまとめられ、

制服は清潔で、

笑顔は完璧に業務用。


――あ、これ。

前の職場の総務の人だ。


「死後の手続きになりますので、

 こちらの線までお願いします」


床に引かれた黄色い線。


(並ばされてる時点で、もうダメな気がする)


無意識に、一歩前に出ていた。

体が、覚えてやがる。


「一応確認なんですけど、

 俺、事故死ですよね?」


「はい」


「過労とか……関係なく?」


「主因は過労ですが、分類上は事故です」


分類。


その単語で、

ああ、ここも前の世界と地続きなんだな、

と理解してしまった。


「あの、異世界って……」


「はい」


「魔法とか……」


「あります」


「魔王……」


「います」


全部即答。

全部雑。


会話が、

チェックボックスを埋める速度で進んでいく。


まるで、

保険の請求書類を書いてる気分だ。


「勇者とか――」


「枠は埋まっています」


「早くないですか!?」


初めて、声を荒げた。


受付の女性は、

まったく動じず、

むしろ「よくある質問です」という顔で続ける。


「三百年前から満席です」


「知らない情報を出すな!」


余計に納得しちゃうだろ!


「じゃあ、チート能力とか……!」


わずかな希望を込めて聞く。


唐突にスキルを選ぶ画面が出る。


【選択可能スキル】


・上級剣術適性


・古代魔法適性


・魔族使役適性


(お、これはいいじゃん!)


ハルトが選ぼうとした瞬間――


画面が切り替わる。


【自動付与】


・社畜スキル


・残業耐性


・規約理解度向上


「え?」


「過去の行動履歴から、

 最適なスキルを付与されました」


「最適!?」


「はい」


「……異世界で使うんですか、これ」


「はい。長時間任務への耐性、書類処理の効率化、

 上位者からの理不尽な指示への順応に有効です」


俺はしばらく、その画面を見ていた。


転生したくないんですけど…


「こちら、配属先になります」


書類が差し出された。


【所属:グラディオ帝国領・冒険者ギルド】


紙の端に、

やたら小さい注意書き。


※現地判断により任務内容が変更される場合があります

※状況により解釈が異なる場合があります

※結果は評価対象となります


注意書きの方が、

本文より主張が強い。


「……スローライフ的なやつは?」


「努力次第です」


努力で得られるスローライフに、


本当に価値はあるのだろうか。


死んだあとも、

その単語から逃げられないらしい。


「魔王討伐が目的ですか?」


「優先度Bです」


「B……?」


「Aは統一事業です」


その瞬間、

書類が少し重く感じた。


物理的じゃない重さだ。


「質問は以上ですか?」


言われて初めて、

これは質問タイムだったのだと気づいた。


もう遅い。


「では、次へ」


押されてもいないのに、

足が前に出た。


白い床が、

唐突に途切れた。



目を開けると、石造りの建物の前に立っていた。


空は高く、空気は澄んでいる。

体は若く、軽い。


(……あれ、これもしかして)


動ける。

走れる。

無理もきく。


腰の辺りに、革袋が下がっている。

中を確認すると、銀貨が数枚。


――支給品、らしい。


(マジで異世界来たんだ……)


実感が、ようやく湧いてくる。


そして同時に、

ある事実に気づいた。


(……俺、ひとり?)


周囲を見渡す。

建物の前には、何人か冒険者らしき人間がいる。


でも、

誰も俺に声をかけてこない。


当たり前だ。

俺、この世界に知り合いなんていない。


(あ)

(これ、完全に初日出社のやつだ)


誰にも話しかけられず、

誰からも期待されず、

ただ、立っているだけ。


【冒険者ギルド・帝国第七支部】


中に入ると、騒音が一気に押し寄せた。


酒の匂い。鉄の匂い。汗と怒号。


剣を叩きつける音と、笑い声。


壁には依頼書。


その下に、

規約と注意事項。


字が細かい。


(静かに暮らしたいんだけどな……


 でも冒険者ライフ…頑張ってみるか…)


「新規登録ですね?」


受付の女性は二十代半ばくらい。


赤みのある茶髪を後ろでまとめ、


目鼻立ちは整っているが、目の下にうっすら隈がある。


笑顔は柔らかい。


だが視線は完全に事務処理用だった。


その奥で、

別の受付が、

無言で書類を積み替えている。


「安全そうな仕事、あります?」


恐る恐る聞く。


「ありますよ」


その即答は、なぜか信用できた。


「調査、護衛、安全確認です」


『安全』の文字に、

小さく括弧がついているのを、

俺は見逃さなかった。


(……まあ、戦闘控えめならいいか)


俺は迷わず依頼書を手に取った。


「……なあ、聞いたか?」


依頼書を眺めていると、背後からひそひそ声が聞こえた。


「士官学校の主席が、出てきてるらしいぞ」

「主席?」

「全科目だと。剣も魔法も座学も指揮も、全部」


俺は思わず、視線を上げた。


「普通、そういうのって軍行くだろ」

「行かなかったんだよ」

「なんで?」

「知らねえ。事故死扱いになった教官がいるとか、いないとか」


事故死。

その単語だけ、やけに耳に残った。


「公式には、な」

「公式?」

「だから、書類上は事故ってやつだろ」


笑い声。

軽い調子。

深く突っ込む空気はない。


冒険者にとって、

噂は酒のつまみで、

真実はどうでもいい。


「で、その主席様がなんで冒険者やってんだよ」

「さあな。軍より自由だからじゃね?」

「自由ねえ……」


最後の言葉だけ、

妙に含みがあった。


――その瞬間だった。


「その依頼、村の調査ですよね?」


振り向くと、女性冒険者が立っていた。


淡い銀髪を後ろで一つに束ね、


軍帽のような帽子をきっちり被っている。


姿勢がやたら良く、


実用重視の鎧は新品同様で、逆に浮いていた。


周囲の冒険者が、


一瞬だけ視線を逸らす。


顔立ちは整っていて、可愛い部類だ。


ただし、表情は硬い。


「一人より二人の方が効率的です」


第一声がそれだった。


効率。


聞き覚えのありすぎる単語だ。


「エルミナといいます。帝国士官学校を、全課程修了しています」


周囲が、

ほんのわずかざわついた。


士官学校。

さっき噂で聞いた話と、輪郭が重なる。


事故死した教官のことは、

聞かなかった事にしよう。


「……ハルトです」


名乗ると、彼女は少しだけ安心したように目を細めた。


「初仕事、ですよね?」


「分かります!?」


「立ち方と視線が、ずっと周囲を気にしているので」


「……それ、悪い意味ですか?」


「いいえ。生存率は高いです」


それは社畜の習性だ。



目的地は、リーデ村。


帝国領外れの小さな集落だ。


道中、

帝国の標識が、

等間隔に立っている。


「このルートが最短です」


「街道じゃないけど!?」


「回り道になりますので」


地図を開き、

迷いなく指を滑らせる。


理屈は、

完全に合っている。


嫌な予感しかしない。


――予感は当たった。


「出ます!」


声と同時に、

エルミナは前に出ていた。


草むらが揺れ、


灰色の体毛に覆われた魔物が飛び出した。


犬に似ているが、脚が異様に長く、


顎は横に裂け、牙が剥き出しだ。


目は濁っていて、獲物しか見ていない。


「ちょ、ちょっと聞いてないんですけど!?」


エルミナは即座に剣を抜いた。


踏み込み。


振り下ろし。


動きは無駄がない。


訓練場で見せる見本そのもの。


ただし――


地面が、

雨でぬかるんでいた。


相手は、

獣だった。


剣先が浅くかすり、


魔物は勢いのまま間合いに滑り込む。


「近い!!」


「想定では、ここで止まります!!」


止まってない。

見れば分かる。

というかエルミナも分かってるはずなのに、

声に焦りが一切ない。


俺は反射的に前に出た。


完全に考えなし。


でも――


前世で学んだことが一つだけある。


上司が失敗したら、

部下が尻拭いする。


それが、

社会の理だ。


なんで異世界でもこれをやってるんだろう、

とは思ったが、

考える暇はなかった。


剣を振り回した。


正しい型でも、正しい判断でもなかった。


ただ、

魔物の頭が、

そこにあった。


静寂。


心臓の音だけが、やけにうるさい。


「……成功です」


エルミナは、

剣を収めながら言った。


「どこが!?」


「討伐完了という結果は出ています」


「過程が地獄なんだけど!!」


彼女は、

魔物の死体を見下ろし、


「次は、地形補正を考慮します」


と、

淡々とメモを取った。


失敗の記録であって、

反省ではなかった。


(あ、この人)

(PDCAサイクル回してる)


Plan(計画)

Do(実行)

Check(評価)

Act(改善)


完璧な、

業務改善マインド。



調査は無事終了した。


村は静かだった。


静かすぎるほどに。


だが村人の視線が、妙に重い。


挨拶はされる。


礼も言われる。


だが、

距離は詰められない。


「帝国の方で……?」


探るような声。


「冒険者です」


そう答えると、


安堵と諦めが混じった顔をされた。


誰も、

『助かりました』とは言わなかった。


嫌な予感が、胸の奥に沈む。


報告は完璧。


評価は上昇。


報酬も増えた。


翌日、掲示板。


【リーデ村、治安安定のため帝国保護下に】


※担当冒険者:ハルト


※今後の通行は許可制となります


※若年層の登録義務については別途通知


小さな文字だが、

見逃せる内容ではなかった。


文字を見た瞬間、


胃の奥がきゅっと縮んだ。


「……なあ、エルミナ」


「はい」


「俺たち、侵略の準備してない?」


 エルミナは一瞬だけ思考を挟み、即答した。


「不適切な言い回しです」


「じゃあ、正しい表現は?」


「治安維持を目的とした、段階的な統合です」


「言い換えただけで不穏さ増してない!?」

「俺、静かに暮らしたいだけなんだけど!?」


「長期的には、静かになります」


即答。


疑いがない。


根拠が怖い。


原因は全部、


冒険者になった俺じゃない。


「安全そうな仕事」を選んだ俺自身だった。


「次はどの村ですか?」


エルミナは、


楽しそうに掲示板を見ていた。


帝国の地図を、


頭の中で引いている顔だった。


――――――――――


ハルトはギルドから渡された報酬袋を開け、目を疑った。


「……これ、ほとんど税金と装備ローンで消え――

 ……装備ローン!!?!?」


声が裏返った。


隣で、エルミナは何の迷いもなく首を縦に振る。


「はい。帝国規定です。冒険者の所持金は、過剰にならないよう管理されます」


「管理って……ほぼ残ってないだろ!」


「所持金が最小化されることで、労働継続率が向上するというデータがあります」


淡々と、しかし少し誇らしげに言う。


「生活資金に余裕がないほど、冒険者は安定して依頼を受け続ける傾向にあります」


「それ、逃げ道塞いでるだけじゃないか!」


エルミナは胸を張った。


「合理的です」


ハルトが財布を叩くと、

乾いた、軽い音がした。


「ご安心ください」


エルミナは、きらきらした目で続ける。


「私も帝国のために、財布の中身を使い切る訓練は完了しています」


「……それ、訓練って言い張るの、やめた方がいいと思う」


ハルトは深く息を吐き、

手の中の明細をぐしゃりと握りつぶした。


帝国は、人を働かせるのが本当に上手かった。


エルミナの言う「合理的です」が、

一瞬だけ正しく聞こえたことが、

ハルトには何より怖かった。

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