第三話 合わせ鏡
お笑い芸人の話。いちおうギャグ回です。
いやぁ、本日はこないにぎょうさんあつもうていただきまして、ほんまに、ありがとうございます。お初の方もおられるでっしゃろうから、自己紹介させてもらいます。わて、大阪から参りました金王キンゴロウいいますねん。
「かねおう」で「きんごろ」でっせ。儲かりそうな名前でっしゃろ。わて、根っからアホなんで、そないに喜んどったら、名づけの師匠がな、「ドアホ、キンゴロのキンは、勤労感謝のキンや!」て。なんや、おもろない、とうっかり言いかけましたんは、内緒です。
師匠、わてのこと考えて、ようまじめに働けよ、ゆう意味で、付けてくれはりましたんや。おかげでその後、大ブレイクで、過労でこんなに頭、禿げてしもうて。嘘やで、自分で剃ってスキンヘッドにしただけや。わて頭が横に、やや、だ円形でっしゃろ。丸禿げの方がカッコつきますねん。誰や、妖怪あぶらすましとか言うとんのは。
お聞きになって、どうも関西人にしては喋りがおかしい、お思いの方、おられましょうね。実はわて、関西人じゃおまへん、東京出身です。なんで、こないな喋りか言いますと、親が日本中、ぐるぐる転勤しとってね。転校ばっかで、友達おらん不びんな子供でしたわ。そんなわけで、日本各地の言葉がごちゃ混ぜになりましてな。関西人だか、京都だか東北だか、熊本か、もう、なんやワケ分からん喋りになってしもたんですわ。
これ、ドラマとか小説なんかで、キャラクターの方言がまちごうてもかまへんから、使うと楽な設定でしてな。いや決して、これが小説で、作者が楽したくてこうした、っちゅうわけやないんで。せやから、どうぞ、かんぐらんで「なんや、アホが書いとるわい」ぐらいに思うて、あたたかい目で見たってください。って、誰に言うてるんや。
わて、実は東京でさせていただきますの、今日で二度目なんですわ。二回目からこれでえろうすんまへんが、夏場だし、一発、怪談っぽい話でもしまひょか。ゆうてもわてアホなんで、アホ話にしかならへんと思いますが……。
まあひとつ、聞いたってやってください。
さっき言うた親がつこうてた鏡、ありましてな。三面鏡いう奴で、三枚の鏡が重なって本みたいに閉まっとって、横にドアみたいにこうパカッと開くと、前後左右――って、アホか、後ろなんてあるかいな。前と、右、左に鏡がありまして。自分の正面、右側、左側が同時に見れるとゆう、たいへん便利なシロモンですわ。わての父親、母親が若いときにこうたもんで、ふっるいんですが、鏡んとこは綺麗で、今でもまだまだ使えますわ。まあ、ふだん閉めとくもんですからな、長く経ったかて、そう汚れたりしまへん。
で、その鏡、普通の姿見なんかとちごうて、持ち歩けるんですわ。高さが五十センチはあるねんけど、下に引き出しもなにもなくて鏡だけなんで、閉じたら抱えて移動できますねん。まあ、ノートパソコンみたいなもんやな。下に足が出とって、そのまま机とかに置いて、ひらいて使えるんですわ。便利でっしゃろ。
親がもう使わん言うからもろたけど、実はどの楽屋いっても鏡ぐらいはあるから、あんま意味なかったんや(笑)。そいでも、自分の横顔も見れるし、せっかく親のくれたもんやからね。今日もさっき、楽屋で使いましたわ。
そうそう、横顔みれるだけやない。ほかにも、ええ使い道があります。合わせ鏡いうて、二枚の鏡を合わせると、なんや鏡が相手の鏡の中に映り、またその中の鏡が、また相手に映りして、鏡が鏡の中で無限に続いていく現象がありますわね。それを、気軽に出来ますねん。ひらいたら、もう左右に鏡が向かってますからな、それをちょいと覗けば、もう完成や。鏡ん中にキンゴロさんの横顔がぞろぞろ無限に並んどる、めくるめくファンタスティックな世界を堪能できますねん。今日、帰ったら、ご家庭でやるとええで。そばに自分の顔がうじゃうじゃある異常体験や。気持ち悪いで。
もちろん、顔やってるときは合わせたりしまへん。左右にわてが山のようにおったら、いったい、どの顔いじったらええのか、分からんようになりますわ。いらん顔いじくって、本番中、いきなり変な顔が飛び出したら、えらいこっちゃで。顔やるときは、絶対に鏡の中で増殖したらあかん。
そないなわけで、わて、今日も夕方にここの楽屋に入って、その鏡あけてな、一人で顔やっとったんですわ。別にビジュアル系じゃなくても、芸人なら顔にファンデくらい塗らにゃ、老け込んで大変ですからな。
ところが、やってて、どうも具合が悪いんですわ。右側が、どうしても上手くいかへん。「なんや、おかしいなあ、どないしたんやろ」思うてたら、やっと分かった。顔の右側が見えてへんのですわ。だから、右の頬とかあごあたりを、想像で塗っとったんですわ。見とらんで塗っとるから、そもそも上手くいったのか失敗か分からんのですけど、見えてへんのやから、まあ失敗やろな、と。なんやワケわからんこと言うて、すんまへん。
そうなると問題は、なんで右側が見えへんのか、いうことや。わて、おかしいと思うてな、確認しましたねん。まず正面の鏡や。よし、男前おるな。証明写真みたいにまっすぐ映っとる。
次は左の鏡や。これもよし、わての顔の斜め左側がよう映っとる。
で、最後に右や。当然、これも斜め右側が映っとるはずや。
「あれ……なんや、お前?」
わて、思わず自分に突っ込んでしもうたわ。おい右の鏡、なんで正面と同じなんや。ぜんぜん横向いとらんで、こっち向いて、わての目をまっすぐ見とるやないか。
「アホか、これじゃ仕事に差し支えるわ。こっちも暇なわけやないで。素直に斜め右側うつせ、こら」
って、鏡に怒ってもしゃあないわ。こういう不具合は、どこに電話したらええんやろ。
実は、こういうのは異常現象らしいんやけど、わて根っからアホやから、「単に鏡の故障か、しゃあない、年季ものやからな」と、とりあえず便所行ったんや。ほいたら、若手の芸人に挨拶されてな。前に一回ご一緒した子や。
――ほう、さよか、いま終わりか。おお、バカ受けか、そら、よかったなぁ、わてなんかなぁ、鏡がぶっ壊れてもうて、えらい災難や。
なにかと聞くんで、詳しく話したら、彼、たちまち顔面蒼白になってしもうてな。
「キンゴロウさん、ヤバいっすよ、その鏡! 絶対、なんか憑いてますよ! お払いしてもらわなきゃダメっすよ!」
どうも彼の言うには、あの鏡、幽霊とかがとり憑いとるから、変な映り方になるんで、故障とかじゃないそうなんや。んで、まあ今日のところはほかの鏡でやり直せば顔はええから、幽霊ちゃんのことについては、あとで考えることにしたんや。
ところが若手、ちょいと待っててください言うて、慌てて飛び出してしもた。なんや、便所でいつまでも待っとったら、男用の痴漢と思われるやないか。
さっさと楽屋に戻ると、あら不思議、そこに奇っ怪なネエちゃんがおったんや。坊さんの青い着物の上に袈裟をつけとるから尼さんかと思うたが、髪がさらさら長くて、顔がとびきりの美人さんやった。
すぐにこれは芸人と分かって、とりあえずご挨拶したわ。
「これはこれは、どこぞのお笑いの方でっか。初めまして、わて、かねやまキンゴロいいまんねん。以後、お見知りおきを」
ところがや、なんともけったいなことに、その姐ちゃん、わてに軽蔑するような一べつをくれて、やたら冷たい口調で、こんなことを言うた。
「お笑いじゃありません。私は霊能者で、星野小百合といいます」
いちおう会釈して挨拶したきたが、なんや無愛想で嫌な感じやった。美人さんが台無しや。
それでも心の広いわては、そないな小さなことは気にしまへん。
「そうでっか、霊能者ネタやりまんのか。あれ大変でっしゃろ、今はもう心霊番組とか、のうなってもうて」
「芸人じゃありません、霊能協会から来た者です」
「でも坊さんの格好なのに長髪やないか。尼さんいうのは普通、瀬戸内さんみたいな頭の人のことやで。それじゃ色ものやないか」
突っ込んでも、アイドルみたいに「きゃー、すんませーん」とか言うて可愛い反応なんぞせえへん。相変わらずくっらい顔で、いっそうバカにしたような目でわてを見ると、いきなり卓上の鏡を指さした。
「これ、あなたのですか?」
「さいですが」
「たいへん強い霊気が出ています。お使いになって、なにかありませんでしたか?」
それで、さっきの話をまたした。まったく、今日は何度おんなじ話しとんのや。聞くと、星野っていう霊能者は、眉を寄せてますます険しい顔になって、懐から白い札を何枚か取り出しましてな。
「これを四隅に貼ります。うちの寺に持ち帰って浄霊しますので、ここにサインを」
そう言うて紙を出すんで、わてはあわてたわ。
「ちょ、ちょっと待ちいな。なんやいきなり持って帰るって。泥棒でも、もちっとこそこそするで。だいたい、霊能者はんが、なんでこないなとこにおるんや」
「頼まれて、ラジオに出てたんですよ。隣がスタジオでしょ。出なきゃよかったけど」
嫌そうに言うてるところを見ると、ろくな番組やなかったみたいや。この不機嫌さもそのせいかもしれへん。せやかて、わてに関係あるかいな。八つ当たりもいいとこや。
「さっき向こうの楽屋にいたら、若手の芸人さんが来て、是非に、とお願いされたから、ここへ来たんです。彼は忙しいみたいで、すぐ行っちゃいましたけど」
「ああ、あいつが。よけいなことしよるなぁ。おかげで変な心霊女が来てもうたやないか」
「なにが、よけいですかっ!」と怒り出す心霊。「このまま放置したら、大変なことになるんですよ! とにかく、うちで預からせてもらいます!」
「ちょ、だから待ちいな、て。その鏡な、親からもろたもんで、もんのすごう大事なんや。なんか付いとるからって、そう簡単にあげられはしまへんで」
「親御さんの形見ですか?」
「いーえ、親はぴんぴんしとります」
「じゃあ、いいじゃないですか!」
「せやけどなあ、これ便利なもんだし、愛着もあるし」
「いいですか、この鏡には悪霊が憑いています。持っているだけで、事故にあったり、病気になったり、もっと酷いことになるかもしれない。便利とか、悠長なことを言っている場合じゃありません。命にかかわるんですよ!」
相手があんまり強引に怒るんで、なんや、だんだんこっちにもイライラが移ってしもた。と、不意に、ある重大なことに気づいてしもたんや。
わては幼少からアホで通ってるし、すぐボケるから、気がつくと芸人になっとったんやけど、それでバカにしてくる奴は当然おる。でも言われてみれば確かにアホやし、はた迷惑かけるから、まあしゃーないわ、とあきらめとったんやが、今にして、わてをバカにしてきた奴らの気持ちが分かったわ。
わては霊なんか見たこともないし、理解もできひん。理解できひんことを押し付けてくる奴なんぞは、アホにしか見えへん。
霊能者なんて、アホから見たら、アホのアホや。いや、アホの向かいのアホや。こっちにアホがおったら、あっちにも違う種類のアホがおっただけや。そんな奴の話なんぞ聞けるかっ。
わてはムカついてブチ切れた。
「なんや、人が下手に出とれば、ずんずん話進めて、あげくは人のもんよこせ、やと? そないな勝手なことけつかるなら、こっちも出るとこ出たろうやないか。その鏡は絶対に渡さへん!」と鏡を指してから怒鳴る。「とっとと霊界へでもお帰りになって、閻魔様の前で、腰みのつけて、ひょろひょろしとれ! こんのアホンダラあ!」
「はあ、分かりました……」
ため息ついてあきらめたようなんで、とっとと魔界へ帰るかと思うたら、さっきの札を差し出しよった。
「では、せめてこれを鏡の四隅に貼らせてください。それでもう、なにも言いませんので。いろいろとご無礼を言って、申し訳ありませんでした」
相手が頭下げたんで、わても頭が冷えた。
――まあ、わこうてくれたら、それでええんや。わても言いすぎた、堪忍してな。
――しっかし、霊能者さんも大変やなぁ。困った客つかまされたりするやろ。って、いま見てるって言われてまうな、これ。
わてがあれこれ言うとる間に札を貼ると、星野は「私はこれで行きますが――」と、こっちを見て、また鬼のように厳しい顔で、こう言うた。
「この札を――絶対に、はがさないでください」
一人になると、すぐ本番やし、座って台本に目を通しましたわ。話はほとんどアドリブなんで、ホンにはテケトーにちょこちょこ書いとるだけやけど。
しっかし、けったいな姐ちゃんやったな。普通にしとれば、かわええのに。ああいうのを、残念系というのやな。
思うてページをめくっとると、いきなりどこからか、何かをバンバン叩く音がする。なんやと見ると、鏡の方からや。後ろに回ってもそこからするんで、これはどう見ても鏡からしとるとしか思えん。閉じた三面鏡の中から、誰かが鏡を手でバンバン叩いとるんや。
これはどう考えても心霊現象やから誰でも驚くやろうし、実際、わても驚いた。だが、なんせアホなんで、人と違う驚き方やった。
「おいこら、なにしとんねん!」
びっくりして、目を見ひらいて叫んだ。
「そないに叩いたら、鏡が割れるやないか!」
しかし叩く音はいっこうにやまへん。
わては頭にきたが、そのうち、はっとしたんや。
(そうか、これは、誰かが中から出たがっとるんやな。今まで気づかへんかったけど、実は中に、ずーっと閉じ込められとる奴がおったんや。それが出たがっとる。いやぁ、かわいそうな話やないか。ほっとくことはでけへん)
姐ちゃんに言われたことなんぞまるで気にせず、わては四隅の札をぺりぺりはがして、わっと鏡をあけた。
見てびっくりや。
なんも映ってへん。
いや、後ろの楽屋の壁とか椅子はあるんやが、わての姿が、顔も頭も首も肩も、ケシゴムとかで、きれいさっぱり消したみたいに、まるで映ってへんのや。手を差し出してみても、部屋の風景ばっかで、なんも動かへん。顔を近づけて覗き込んでも、真ん中も、右も、左も、どの鏡にも、わての姿かたちのカケラもない。なんやわて、透明になってしもうたんか?!
これはあかんで、これから本番やないか。透明人間じゃ、舞台に出ても、出とらんのと変わらん。喋ったって、声だけじゃ信用されへんで。声優じゃ、ギャラは十分の一やないか。
慌てて廊下に出ると、マネージャーが歩いてきた。
――おお川ちゃん、おっそいやないか、もう本番やで。
話しかけると、川ちゃんはいきなり目が飛び出そうになって、悲鳴あげてひっくり返って、逃げてもうた。なんやいったい。声だけするんで驚いたにしちゃ、驚きすぎや。
それで歩いてくと、向こうから来る奴、来る奴、みんな目ん玉ひんむいて顔が引きつり、恐怖におののいて逃げてまう。
これはおかしいとトイレに入って鏡を見たら、あらら、あきれたわ。手足とか頭とか、体は元通りやが、顔だけまるで別人に変わっとるんや。
ふむ確かに、一見、わてとは決して分からんような風さいや。けど、それでなにも、あないに腰ぬかしてビビり倒すことはないやろ。
とにかく、この顔では舞台に上がれへん。参ったなあ。
そうや、今日は確か、大道具の春ちゃんが来とるはずや。
道具部屋にいくと、椅子で紙になんぞチェックしてた春ちゃんが、めがねの顔をあげた。言っとくが、彼もわてとたがわぬ大アホや。
「うん? あんた誰? えっ、キンゴロさん? どうしちゃったの、その顔。えっ、この前のマスク? ああ、まだあるよ。待ってね、ここ、ここ……」
彼はいい奴やから、すぐ奥に引っ込んでごそごそ探し出してくれた。それは、前にコントでつこうたマスクやった。わての顔そっくりに作ってあって、ごっつうリアルで、ちょい離れて見たら、もう本物の顔にしか見えへんゆう、優れものや。ちょうどええ、これ被ったろ。
こうして、わては本番にのぞんだ、っちゅうわけや。
驚きました? どうです、分かりませんでっしゃろ? 今まで見てて、怪しい思た人いると思うけど、そのとおり、今のこの顔、偽もんなんですよ。
今、このステージにいるキンゴロは、素顔じゃありません。マスク被っとんねん。目のいいお客さんは、わかってしもたかな。ずーっとわろてばっかだし、口もちょいあいとって、喋ると口元がもごもご動くだけやし、間近で見たら、こないな怪しい奴おらんで、ほんま。
まあ、このまんま続けるのもええねんけど、せっかくやし、今どういう顔しとるか、お見せしますね。全然ちがっちゃってて、恥ずかしいもんですが。
では、脱ぎます。
あ、そりゃそりゃ。
けっこうきついんや、これが……。
ふううー、どうでっか、この顔?
わりと男前でっしゃろ。
週刊金星 八月七日号の記事より。
「……そうしてキンゴロウ氏がマスクを脱ぐや、会場は阿鼻叫喚の地獄になった。目撃者の証言によれば、彼の顔は右目が数倍に肥大して、根元から外に飛び出して、さながらかたつむりのそれのようにべろんと垂れ下がり、左目のほうは縦になっていた。皮膚は真っ赤に膨れ上がり、禿げた頭も、額も頬も、肌がみな山脈のようにぼこぼこに隆起している。鼻は肌に呑まれて見当たらず、三日月のように笑う口はかっと耳まで裂けて、隙間から蛇のような黒い舌が飛び出し、ちろちろ動いていた。
さながら、身の毛もよだつ怪物としかいいようがない形相である。二百名を越す観客が恐怖におののいたのも無理はない。
しかし不思議なのは、誰もこれをイタズラやジョークだと思わず、見た瞬間、一様に理性を失い、ただ恐慌状態に陥った、という事実である。相手が芸人だったにもかかわらず、誰一人としてこれを冗談だと思わなかったのは、はなはだ奇怪なことである。
観客は我先に逃げ出そうと座席や通路でもんどりうち、怪我人が続出し、おびただしい女性客が失神して担架で運ばれた。スタッフは真っ先に逃げ出し、のちに責任を問われている」
な、なんや皆さん、そのけったいな反応は。そら、前よりちいとばかし左右のバランスも悪いし、肌もむくんどりますよ。せやかて、そないに嫌がらんでもええやないか。なんも、そないに慌てて逃げださんでも、わて、なんもいたしませんよ。ほんまです。
……いやもう、わあわあ、やかましいな、ほんま。犬の集団発狂みたいやで。一人ずつ黙らせたるかな。わて今、牙、生えとりまんねん。喉笛あたりを、こう、ガーッと食いちぎったら、わりと静かになるんちゃうかな。
よう考えたら、どいつもこいつも、わてのこといつもアホ、アホ言いよってからに、このアホんだらどもが。ええ機会や、どいつもこいつも抹殺や。このまま、あの世つれてったるで。カネヤマのキンゴロさんは、嘘は言わへん!
どら、ステージ降りて、まずはそこのおまえから――
な、なんや、見たことあるぞ、おまえ?!
あっ?!
さっきの霊界女やないか!!
「しかし、阿鼻叫喚の地獄の中、たった一人、彼を恐れもせず、冗談とも思わなかった女性がいた。その世界では有名なベテラン霊能者、星野小百合氏である。
彼女は事前にキンゴロウ氏と接触し、問題の三面鏡をあとで回収するつもりだったが、悪い予感がしたため、会場の最前席で彼のショウを見ていたという。観客が混乱に陥る中、彼女は立ち上がって果敢に対峙し、この事態を収拾したのである」
「キンゴロウさん、いったいなにやってるんですか?! お札はどうしたんです!」
なんやこのアマ、いや尼やからアマには違いないねんけど、いきなりかぶりつきで立って人を指さして怒鳴りよって、どこまでもムカつく妖怪やな。なんや、帰ったんやなかったんかい。
それでもわては心優しいから、こんな愚問にも、いちいち答えたったわ。
「札か。札はな、中から出たい、出たい、と叩くもんがおるんで、かわいそうやから、はがして鏡をあけたったんや。なんや、中で苦しんどるもんを見捨てるわけにいくかいな。困ったときは、お互い様や」
「あ、あれだけはがすな、と言っておいたのに……(わなわな震えて)! いったい、なに考えてるんですかっ?! 終いには、殺しますよ!!」
物騒なことわめいて、姐ちゃん、いきなりなんかわてに投げつけた。さっきみたいな札や。それしか芸がないんか。ワンパターンは飽きられるで。三流芸人や。
しかし、札が顔にぺたーと貼り付いて、なんや気が遠くなってきてな。
あと知らん。
「これほどの恐怖をお客に与えたキンゴロウ氏の顔とは、いったいどんなものか、とお思いだろうが、現場に居合わせなかった者が、それを知ることは永久に出来ないだろう。なぜなら事件当時、素顔を出したキンゴロウ氏を写した写真は、どれもことごとく、首から上が写っていないのである(本誌冒頭のカラーページ参照)。
逃げ惑う客たちの脇、ステージの真ん中に立つ背広姿で小太りの男性には、襟の上に頭が乗っておらず、それがあるはずの場所には、後ろのセットに貼られたピンクの花がはっきりと写っている。これにより、当時、彼の肩から上には、実際に頭部が存在していなかったことがわかる。一枚や二枚ならまだしも、撮られた全ての写真がそうなのだ。
これで当時、すさまじい恐怖に耐えて必死にシャッターを押したカメラマンたちの勇気と努力は、まったくの無駄になったのである……」
xxxxxxx
どうも、金王キンゴロウです。
いやあ、公会堂のときは、えろうすんまへんでした。あ、逃げる体勢でなくてもええで、今日は大丈夫やから。
いやほんま、お怪我なさった方々には、もうおわびのしようもないねんな。ほんまにほんまに、すみませんでした(深々)。
あれからどないしたか、言いますとね。
まあ気絶しとるときのことはあとで聞いたんやけど、霊能者の星野さんにお札貼られて気い失いましてね。そのあと医務室に運ばれて、星野さんがなんやかや、お払いゆうんですか、そういうお祈りをしていただいて、わてにとり憑いてた悪霊を追い出してくれたんですわ。
いやもう、あの人にはけっこう酷いこと言うてもうて、深く、深く、おわびと感謝をいたしました。星野さんおらんかったら、わてはあのまま、お客さんを食い殺しとったそうですわ。
あ、すんません、ほんと、逃げんでもええんで。二度とそんなん、ないと思いますから、ほんまに。
ああ、席に戻ってくれて、おおきにな。おおきに。
皆さん、ほんとええお人や……。
悪霊が入っとった三面鏡は、お寺で供養してもろたんで、もう大丈夫ですわ。いやほんと、ほっといたしましたわ。
星野さん、もう霊はおらんから、今までどおりつこうてかまへん、なんて言うとりましたが、使いまっかいな。あんなんつこうて、また覗いたら、今度は何が映るか分かったもんやないで。ほかの奴の顔とかな。嫌いな奴の顔が映って、殴ったら死んだ、なんてなったら、ヤバいで。殺人や。
星野さんのすんごい部分とかやったら、別の意味でヤバそうやけどな。って、なんの話しとんねん。
とにかく、あのことがあったおかげで、わてはどうも怪談話に向いとらん、ゆうことが、よう分かりましたわ。もういたしません。
そういえば、うちに姿見あるんですが、もう一個買おうと思うてますねん。あれ、自分の前と後ろに二つあると、後頭部も見えて便利やねん。後ろ髪ないから、後ろ見えんでもええやん、って、後ろにもいろいろ付けますのや。
だから、今日もテカってるでしょう、ほら。前後左右、隈なくテカらせな、後ろだけすさんどったら、裏が生焼けの焼肉みたいで、食えない芸人になりますからな。
でな、そのことを先輩の芸人に言うたんやけど、これがまた霊感のお強い方でな。話聞くや、いきなり目え吊り上げて、大口あいて、
「アホ抜かせええ! おまい、それだけは、絶対にやったらあかんでええ! あんな目におうといて、まだ分からんのかああい! ほんま、おまえみたなドアホ、怖いわあああ!」
なんてな、もう怒鳴るわ怒鳴るわ。まるで星野さんみたいやった。
要するに、合わせ鏡はあの世への入り口になるから、そうそうやったらあかん、っちゅうことらしいねんけど。
なにも、あんなぎょうさん怒らんでも、ええがな。ほんと、霊感のある人って、怖いわあ。




