第二話 心霊番組 四、五、六
四、白井ののによる現場での話(2)
もう一枚は、おそらくメイキング映像として撮影されたもので、廃墟の取材の映像をスタッフがチェックしている様子が収録されていました。今の映像をチェックするスタッフの姿を、後ろから撮影しているものです。
それは、あまりにもショッキングな映像でした……。
五、ブルーレイの映像(二枚目)
切り替わった画面の両端には、二人のスタッフが座る椅子の背と、その上から覗く二つの黒い頭がある。その間、中央にあるモニターに、さきほどの中継の映像が映っていて、カメラがそのままズームし、全体がモニター画面のみになった。
と、カメラはいったん部屋の中をぐるりと回り、後ろで腕組みなどして見ている他のスタッフたちを映してから、奥で丸椅子に座る木戸霞が出て、ピースした。メイキング映像らしく、いったん撮影所内の様子を紹介したのだ。
再びモニターに戻ると、画面にはさっきの木戸が映り、病院の入り口で、さっきと同じくノリノリでマイクに喋っている。
「さあ、ここが今日、探索する廃病院でーす」
「ここは、多くの医療事故やずさんな管理、法外な治療費などでたくさんの患者さんを殺したり自殺させて……」
そこでカメラが引き、画面をチェック中の眼鏡のスタッフが映った。すると彼はけげんな顔で「おい」とモニターを指した。隣のヒゲの同僚はそれを見てあっと驚き、二人は顔を見合わせた。そして、カメラはモニターの画面に戻る。
さっき撮った映像だから、とうぜん内容は同じはずなのだが――
喋っている木戸の右脇には、なんと、さっきはいなかった、一人の子供の顔が映っていた。十歳くらいの少年の顔は蒼白く無表情で、人形に黒い瞳を筆でべたっと塗ったような、とても生きているものとは思えない、無機質な気味の悪い目で、こちらをじっと見すえている。
眼鏡のスタッフがあわてて映像を停めようと、手を伸ばしてボタンを押したが、どういうわけか、何度やっても停まらない。
「ここが待合室でーす」
中に入り、レポートを続ける木戸。見ているスタッフたちは、さらに騒然となった。彼女の周りに、さっきは全く存在していなかった奇怪な連中が、虫のごとくうようよひしめいていたからだ。
幼女、若い男女、腰の曲がった老人、老婆……。
みな一様に患者の着る白い寝巻き姿で、重病人らしく血の気のない顔で暗く沈み、憎悪に満ちた目をこちらに向ける者もいる。彼らがかもす雰囲気は刺すようにまがまがしく、思わず寒気がするほどに気味悪かった。一見して、彼らがこの世のものでないことは明らかだった。
「心霊スポットなのに、幽霊なんか全然いませんねー。困ったなー。霞、どうしよー」
膨大な数の霊に囲まれながら、そう言ってお茶目に笑う木戸。スタッフは、かぶさる自分たちの笑い声に、ぞっとした。
そのうち彼女の首や体に、何人もの霊たちが腕を絡めて張りついてきた。ここまで集団で密着し、息のかかるほどの間近から、飛び出そうな目でぎょろぎょろ見つめているのに、木戸はまるで気づかないようで、笑いながらレポートしている。
そのうちスタッフは全員、あっと凍りついた。
絡んでいる幽霊の一人が、いきなり彼女の右目に指を突っ込んで目玉をぐるりとえぐり、目の穴から真っ赤な血が、噴水のごとくだらだらと流れ出たのだ。他の霊たちも、次々に胸や腹に指を突き刺し、白いワンピースは見る見るうちに血の海に飲まれた。それでも全く気づかず、笑顔で話し続ける木戸。ナイフで口をずばっと引き裂かれ、あごを骨ごともぎ取られても、どういうわけか喋り声は以前と同じように続き、時おりスタッフの笑いが被る。
血まみれボロボロのまま、木戸は院内を周ったが、行く先々で幽霊にズタズタにされ続けた。手術室では、手術台に立つ子供にメスで喉元をぐさりとやられ、病室では、ベッドに寝ている老婆が緊急ブザーを何度も鳴らしながら起き上がり、その手で彼女の耳をつかむと、そのままびりびりと引きちぎった。トイレでは、霊たちに腕や足をもがれるその足元を、迷い猫がすり抜けた。
「あらー、幽霊さんもおしっこするんですねー。と思ったら、猫でしたー」
片手片足だけになり、はみ出た腸や臓物を垂らして、滅茶苦茶に破壊された顔をかしげた完全な肉塊と化した木戸が宙に浮きながら出口に現れ、あくまで明るく陽気な声で、締めの言葉を言う。
「いやー、完全に期待はずれなスポットでした。まあー、噂なんてこんなもんでしょー」
そして、画面はぷつっと消えた。
あまりのおぞましさに息を呑み、がくがく震えだすスタッフたちの背後から――ふと、気味の悪い音が聞こえてきた。
ごぼっ……ごぼっ、ごぼぼっ……。
それは低く鈍い、口から泡でも吐くような音で、チェック係の二人がぎょっとして椅子ごと振り向くと、カメラも、そのまま後ろにぐるりと回った。動く画面の中で、周りのスタッフたちの驚がくに飛び出そうな目が、いっせいにある一点に向かって動くさまが流れる。
回るカメラは、暗がりで丸椅子に座っている、あまりにも凄まじいものを映した。その女はうつむき、何度も「げぼっ、げぼっ……」と奇妙なうめきをあげながら、喉から風が吹き込むような、「ひゅううー、ひゅううー」という、かすれた音を出していた。
そのうち、彼女はゆっくりと立ち上がり、脇の柱の影で見えなくなっている顔の辺りから、真っ赤な血が、ぼたぼたと大量に足元へしたたり落ちた。
彼女が右腕を差し出すと、スタッフの絶叫が響いた。肩から左腕がずるりと落ちて地面に転がり、指が天へ向けて物欲しそうにぐにぐにと動いたのだ。
彼女は、もはや木戸霞ではなかった。ぐちゃぐちゃに切り裂かれた、ただの血みどろの肉塊だった。
と、まっかなその塊が、いきなりこちらへ「ずずずっ!」と音を立てて接近してきた。アップになるや、画面はひっくり返って横倒しになった。腰を抜かして逃げようとするスタッフたちを映すと、そのまま、ふっと暗転して終わった。
六、その後
この番組は放送中止になり、二枚のブルーレイは霊能協会によって浄霊の儀式が行われ、焼却された。後日、廃病院のほうでも浄霊が行われ、そこに縛られていた全ての悪霊が成仏し、危険はなくなったとのことである。しかし建物は全て取り壊され、その場所は現在でも更地である。
それからこんにちまで、木戸霞の姿を見たものはない。総勢十一人いたスタッフたちも、全員が行方不明になったまま、今も見つかっていない。




