第一話 井戸のあるトンネル 一、のの
世界最強の霊能者。
著名な霊能者、星野小百合さんから、そう呼ばれたこともある。それが、最近はあまり感じなくなっている。以前なら、いつもその辺にいるあらゆる霊が見えて、その存在を感じ、それで陰気になるのを嫌がって、空元気を出してはしゃいでいた。
明るくて楽しい子。
周りからそう思われて育ったが、実は逆だ。この世に恨みつらみを持つ霊たちの暗いマイナスの気を常に受けて、このままじゃおかしくなるから、明るさの仮面をつけ、道化のよろいに身を包み、自分を守ってきただけだ。暗いから明るいのだ。「あいつ、根が暗いから普段明るいんだぜ」ってよく言うでしょ。それ。
前に私が提唱――というか知らざるをえなかった、ある「学説」がある。一介の女子高生に過ぎないこんな私の言うことが、一部ではあるが、ある世界で問題になって、私には呪文か宇宙語にしか思えない難しい言葉を操るインテリ先生たちが大議論を戦わせた。それは、「霊能者たちの見えていない別の霊の世界が、この世にはある」という、小難しいものだった。
世界のあらゆる霊感のある人、霊が見える人たちは、どんなにプロの霊能者で霊を感じる力が抜群でも、実は霊の世界の半分しか見えていない。彼らが見ているのは、未練を残して死に、この世に引きずられて半分しか死んでいない魂で、これを世間では幽霊とか、霊とか呼んでいる。
どういうことかというと、人は死んでも即座にあの世に行くわけではない。未練や悔いの、ある、なし、は関係ない。人は誰だろうが、死ぬと魂が肉体から抜け出るが、それは天国へも、地獄へも、どこへも行かない。あの世なんか、ないからだ。
では、その魂はどうなるかというと――
この地球に、「溜まる」のである。
四十億年前に生物が生まれて以来、この惑星に全ての生命の魂が堆積し続け、つい最近、限界に達した。このまま地球が潰れて全てが終わるかと思いきや、どういうわけか、そうはならなかった。溜まっていた膨大な霊たちは、どこかへ消えてしまった。そのとき大きな地震は起きたが、大地ばかりが裂けて、人や建物は全くの無傷、という異様なものだった。
世間は地震で済ませたが、小百合さんの所属する霊能者の団体、霊能協会では、えらい騒ぎになったらしい。私の主張(?)では、あの世は存在しないことになっている。そうなると、これまで、そしてこれからも、世間の怨霊による被害とか、呪いのような霊的な問題を解決してきた霊能者たちの努力は、全て無駄だったことになる。霊を浄化しても極楽へなど行かず、この世にただ「溜まる」だけだから、相手を救ったことにならないのだ。悪霊だった魂が、浄化によって「完全に死んで」、前よりは楽になってこの世に「溜まり」、呪いも治まるんだから、私は決して無駄ではないと思うのだが、彼らにとっては大問題のようである。
「完全に死んで」いない段階の悪霊までは、彼らにも見て、感じることが出来る。だが、悪霊から浄化された「霊」に変わると、彼らの目には霊が消えたように見えるだけで(それで、彼らは今までずーっと、「霊が成仏した」と思い込んでいた!)、その先は見えない。
それが見えて、感じることが出来るのは、この世で私、白井のの、一人しかいない。だから、そのことを証明もできないし、発表も無理。その機会があるとしたら、また霊が限界まで溜まったときだろう。あと四十億年待つしかない。
地球が死ぬか生きるかの騒動のとき、世界中の霊能者たちが霊の堆積をやっと感知したそうだが、地震のあと全ての霊が消えてしまったため、私の「学説」は検証不可能になってしまった。今では、ほぼ無かったことになっている。
小百合さんはあのとき、自分の守護霊と話までしたそうで、私の話を信じると言ってくれているが、それでもとりあえず、ほかの霊能者たちと同じように、以前と同じ浄霊の仕事を続けている。霊が天空に消えるのを見て、それで成仏したと信じながら。
今のところはそうするしかないんだし、私もそれでいいと思っている。むしろ今は、地獄極楽が存在したほうが、私にとって都合がいい。
さっき私は、あまり霊を感じなくなっている、と言った。あの騒動の前は、それこそ物心ついたときから、地球に溜まる膨大な霊を感知していた。それで小百合さんが「世界最強の霊能者」と言ってくれた。ほかの霊能者に見えない霊まで見える。まさに「霊能者の中の霊能者」という意味である。
ところがあれ以来――地震に呑まれそうになったときから、私の霊感は著しく減ってしまった。もう堆積する霊が見えない。この世に悔いを持つ「半分死んだ」状態の霊魂しか見えない、感じない。並の霊能者になってしまったのだ。
今までずっと霊が極端に見え続けていた重荷が減った安堵もあるが、反面、かなりがっかりしている。いっそ霊感が発動していろいろ苦労している主人公が、ある事件を解決したとたんに能力が消え、気楽な普通の人間に戻ってハッピーエンド――昔、そういうマンガやドラマがよくあったらしい――って感じならすっきりしていいが、私の場合は、霊感が消えることはなかった。
別に、あの「学説」を証明したくて意固地になってるわけじゃない。そのことはどうでもいい。そうではなく、「最強の霊能力」を使って、これから小百合さんの手助けをいっぱいできる、と思っていた矢先だったから、失望したのである。
そのことを言うと、小百合さんはうっすらと笑った。木の枝をぐいと曲げたみたいな、ごついツインのお下げを垂らしてる私なんかとは大違いの、長い黒髪にうりざね顔の超絶美女だから、少し笑うだけでメガトン級の破壊力である。
「いっそ、霊感がなくなったほうが幸せになれるわよ」と小百合さん。「この国じゃ、普通のほうが生きやすいんだから」
「じゃあ、小百合さんは不幸なの?」
「えっ、それは……」
不幸っちゃあ不幸だし、そうじゃないったらそうじゃないので、悩んだのだろう。誠実すぎる人だから、変な質問にもまじめに考え込む。そんな、困らすつもりじゃなかったのに。
「……仕事のやりがいはあるし、いい上司に恵まれて、可愛い後輩もいて、なにも不幸じゃないわね」
「じゃあ、幸せ?」
「うん」
そう言って微笑はしたが、目がなにか悲しげだった。いろいろ思い出しちゃったのかも。ばかばか。ほんと、よけいなこと言うな、私。
「私、もっと勉強して、能力みがいて、霊能者になる。小百合さんみたいな」
一生懸命言うと、小百合さんは笑って頭を撫でてくれた。ガキのようだが嬉しかった。




