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子犬飼い始めました そしてずっと一緒に

長生きする犬の話を書いてみようと思いました




「ねえ、お父さん、きょうだいって、うちには来ないの?」


まだ五歳の娘、あおいが、明るい日が差し込むリビングでぽつりと聞いた


一郎は困ったように笑って、あおいの頭をなでた


このうちは、お父さん、お母さん、あおいの三人家族だ



その晩のこと


「あおいにきょうだいがいた方がいいんだけど


治療も効果なかったし悩むね」とお父さん


「ずっと考えていたけれど


犬を飼うのはどうかしら」とお母さん


「やっぱりそうだね」



家族でブリーダーをめぐり


トイプードルの子犬を迎えることに決めた



ふわふわの茶色い毛玉


ちいさな手のひらにすっぽり収まるトイプードル


「マリネ! この子、マリネって名前にする!」


家族で笑いあい、小さな命を迎えた日



一匹が加わることでずいぶんにぎやかになった


何でもかじって、走り回って、穴掘りのようなしぐさもして


マリネは活発で、一家の毎日は穏やかで、笑顔の絶えない日々だった



あのころはまだ、未来がこんなふうに変わるなんて、誰も知らなかった――




ある日、お母さんがキッチンで倒れた。


突然の心筋梗塞だった


救急車、病院、真っ白な廊下


何が起こっているのか分からないまま、時間だけが過ぎていった



そして、静かに告げられた別れ


ぼんやりしすぎて白い霧の向こうのようだ



――目を覚ますと、自宅の床の上だった


見慣れた部屋なのに、どこか違う



鼻が敏感に匂いをとらえ、耳がかすかな足音を拾う


リビングの隅に祭壇と自分の写真と花


その前であおいとお父さん



それを見つめる自分の目――


外が暗いので窓に部屋の中が映る


マリネが映っていて


いつもようにマリネがこっちを見ている



「……わたし、マリネの中にいる……?」


そう気づいたとき、涙ではなく


深い安心が胸を満たした。


「また、あおいと一緒にいられる」




あおいが泣いているときは、そっと寄り添って前足を差し出す


顔をなめて『だいじょうぶだよ』と言おうとするが


ワウワウという声で言葉にはならない


もどかしいけれどあおいには分かるらしく


「ありがとう」と言ってくれる



いじめっ子が公園に現れたときは、吠えて追い払う



小学校に上がってからは、忘れ物を届けるようにもなった


ある雨の日、あおいが傘を忘れて出かけたとき


マリネはくわえて学校まで届けに走った



川に落ちたあおいを助けたのも、マリネだった


川に飛び込み近くまで泳いで行って


大きな声で吠え続け、大人を呼んで救助を求めた



風邪で寝込んだときは、ずっと寄り添って眠った


何日も餌を食べず、ただ日向のそばにいた



お父さんが言った


「マリネは、お母さんみたいだな」


マリネはただ、静かにしっぽを振った




あおいは中学生になり、友達と過ごす時間が増えた


以前のようにずっとマリネとじゃれることもなくなったが


それでもマリネは一緒にいるかぎりあおいを見つめていた



高校生になると、夜遅くまで外にいることも多くなった


マリネは玄関で、毎晩そわそわしながら待ち続けた


足音が近づくと、耳をぴんと立て、尻尾をふる



「マリネ、ただいま」


その声を聞くたび、胸の奥があたたかくなった


飛びついてお座りしてしっぽを振ってといそがしい


勉強するときは足元で丸くなり


夜寝るときは一緒のふとんで寝た



やがて、あおいは大学へ進学し、一人暮らしを始めた


マリネは、毎日玄関に座って待っていた


たまに帰省するあおいを見つけたときの喜びようは、まるで子犬のようだった



二十年が経っていた。


マリネの毛は白くなり


もうあおいの顔もはっきり見えないし


声も小さな音でしか聞こえない



日向は結婚を控えていた。久しぶりに帰省し、マリネの寝ているソファに座った


「マリネ……」


ゆっくりと語りかけるように言った


「お母さんのように、いつもそばにいてくれてありがとう」


「ようにじゃなくて、お母さんだよね


 かならず幸せになるから」



マリネは声を出せない



でも、心の中で答えていた



――お母さんだよ。ずっと、ここにいたよ。



その夜、マリネは静かに息を引き取った。



マリネとして過ごした二十年


本来なら終わっていたはずの命。



それでも、娘のそばで生きられた。


幸せだった。犬の中からでも、見守ることができて。



――ありがとう、マリネ。


実際にあってもいい話だと思いながらの結末です


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