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スパダリ王子との恋は、婚約破棄された〝ざまぁ〟のあとで~

作者: 岡崎 剛柔

 今夜の舞踏会は、私にとって決定的な日になるだろう。


 豪奢なシャンデリアの光が煌めく大広間で、私は父の名誉と自らの誇りを守るために、全身の神経を研ぎ澄ませていた。


 私の名前はロゼリア・クラリス。


 男爵家の令嬢であり、誰もが認める淑女として育てられた――少なくとも表向きは。


 けれど心の中では、腹黒い伯爵子息との婚約を何とかして清算する日を待ち望んでいた。


「ロゼリア、君との婚約をここにて破棄させてもらう!」


 待ってました!


 私は内心でそう叫んだ。


 今夜の台本通りに、リカルド・エヴァンスの声が会場に響く。


 彼の顔には得意げな笑みが浮かび、隣には華美なドレスを纏った平民出身の令嬢、セシリア・マーチェが控えている。


 嫉妬深そうな視線を周囲に向けているのがいかにも滑稽だ。


「ロゼリア、君の嫉妬深さと冷酷な性格が、僕には耐えられない。それにセシリアのように心の温かい女性こそ、僕の隣にふさわしいのだ」


 冷酷?


 嫉妬深い?


 心の温かさ?


 彼の言葉を聞きながら、笑いをこらえるのが精一杯だった。


 冷酷という言葉を心に刺さるように放ってくるなんて、これまでずっと私に甘えてきたくせに――どの口で言うのかしら。


 私は微笑みを浮かべ、声を落ち着かせながら問い返した。


「リカルド様、どういうご理由でこのような場でお話しになるのか、ぜひご説明をお願いしますわ」


 会場は静まり返り、貴族たちの注目が私たちに集まる。


 扇を優雅に開きながら、私はその注目を存分に楽しんでいた。


 ここからが本番だ。


 リカルドの浅はかな言葉を全て覆してみせる。


「僕がこの場で婚約破棄を宣言する理由、それは君がどれだけ酷い人物か、皆にも知ってほしいからだ! この薄汚い悪役令嬢め!」


 やはり、その筋書きなのね。


 私は心の中で溜め息をつきながら、リカルドの言葉が終わるのを待った。


 セシリアも彼の言葉に合わせるように泣き真似をしているが、所詮その涙は薄っぺらい演技に過ぎない。


「では、その『心の温かい』セシリアさんが、私の家から多額の財産を盗み出した事実についても、皆さんにお話しくださるのかしら?」


 静まり返った会場が凍りつく。


 リカルドとセシリアの顔が一気に青ざめるのを、私はしっかりと確認した。


「な、何を――君は根拠もなくそんなことを言うつもりか!」


 リカルドが声を荒げるが、その狼狽した様子が全てを物語っている。


 私は小さく息をつき、懐から一枚の書類を取り出した。


「こちらは、セシリアさんが私の屋敷に出入りした際に記録された帳簿の写しです。そして、これが彼女が密かに売却した宝石の取引記録ですわ」


 会場が再びざわつき始める。視線が冷たく二人に注がれるのを感じながら、私は口角を上げた。胸が高鳴る。これまで耐え忍んできた屈辱の時間が、この瞬間にすべて報われるのだ。


「リカルド様、あなたがどれほど愛を語ろうと、盗みの罪を隠して庇うことは許されませんわ。そして、このような事実を知りながら、婚約者である私を傷つけることを選んだあなたは、最低の貴族です」


 私の声が静まり返った会場に響く。


 リカルドの顔は真っ赤になり、セシリアは泣き崩れそうだった。


 その時だった。


 背後から聞こえる重厚な足音が場の空気を一変させた。


「全く、滑稽な茶番だな」


 低く響く声に振り向けば、そこには金髪碧眼の美しい王子、アレクシス・カイゼル殿下が立っていた。


 殿下の鋭い眼差しは、リカルドを睨みつける。


「ロゼリア嬢、私はあなたの聡明さと勇敢さに感銘を受けました。もしよろしければ、この先は私の隣に立つ存在として、あなたをお迎えしたい」


 え……?


 その瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。


 え、殿下が、私に?


 自分が冷静を装わねばならない立場であることはわかっていたが、胸の高鳴りは抑えられなかった。


 こんな私を選ぶなんて――。


「光栄に存じます、殿下」


 礼を述べると、殿下は柔らかな笑みを浮かべ、私に手を差し出した。


 ざまぁされた二人が衛兵に連行されるのを横目に、私は堂々と殿下と共に会場を後にする。


 ――悪役令嬢だなんて呼ばれるのは、もう終わりだわ。


 アレクシス殿下と共に会場を後にした私の心は、奇妙な高揚感と緊張感が入り混じっていた。


 目の前で起きた婚約破棄劇から、殿下の言葉に至るまで、全てがあまりにも劇的だったせいで、現実感が薄い。


 けれど、殿下の温かな手が私の手をしっかりと握っている感覚だけは、どうしようもなく現実だった。


「ロゼリア嬢、大丈夫ですか?」


 殿下がふと立ち止まり、私の顔を覗き込む。その表情は、さっきの堂々とした佇まいとは異なり、どこか優しさに満ちている。私は慌てて頷き、言葉を紡いだ。


「はい……ただ、少し驚いてしまいました」


「それも当然でしょう。君の勇気は、私にはとても眩しく映りました。リカルドやセシリアのような者たちが、君のような人を貶めようとするのは許しがたい」


 その声に宿る力強さに、私は思わず心が揺れる。私が勇気を持てたのは、彼らの愚行があまりにも目に余ったからだ。


 それを見抜いた殿下が、こんな風に私を称えてくれるなんて。


「私はただ、正しいことをしただけです。ですが、そう言っていただけるのは嬉しいですわ」


 精一杯の笑みを浮かべる私に、殿下は小さく微笑んだ。


 そして、その青い瞳に一瞬、私ではない何かを見つめるような影が過ぎる。


「ロゼリア嬢、君にはもっと話を聞きたい。今夜の舞踏会が終わった後で構いませんが、少し私に時間をいただけますか?」


「え……もちろんですわ」


 驚きつつも了承すると、殿下は満足そうに頷いた。


 そして私を舞踏会場の脇に設けられた小さな応接室へと案内してくれた。


 そこは照明が落ち着いたトーンでまとめられており、大広間の喧騒が嘘のように静かだ。


 しばらくすると、殿下が席に腰掛け、改めて私を見つめた。


「君が正しいことをしただけだと言うのは謙虚だが、君の行動にはそれ以上の価値がある。大広間での婚約破棄劇は、多くの者にとって刺激的な見世物だっただろう。しかし、君は決して感情に流されず、的確に証拠を提示して冷静に対処した。それは、なかなかできることではない」


「……ありがとうございます」


 殿下の言葉に感謝を述べるものの、内心では不思議な気持ちが渦巻いていた。


 どうして彼は、ここまで私を深く理解してくれるのだろう。


 彼の目には、私が何か特別な存在に映っているのだろうか?


「正直に言うとね、ロゼリア嬢。君のことは以前から気になっていた」


 ――気になっていた?


 その言葉に、私は驚いて息を呑んだ。殿下が私を見つめる視線が、これまで以上に真剣であることに気づく。


「この国の貴族たちの中には、地位や名声ばかりを追い求め、自分の行動を省みない者が多い。だが、君は違う。君の噂話を耳にするたび、私はどんな人物なのか知りたいと思っていた。そして、今日の君の勇気ある行動を見て、その思いが確信に変わった。君は私の隣に立つにふさわしい存在だと」


 胸の奥が熱くなる。


 彼が真剣に語る言葉は、私の心を揺さぶるには十分だった。


 これまで婚約者としてリカルドと過ごした時間の中で、私が一度でもこうした気持ちを抱いたことがあっただろうか?


 いや、そんなことはなかった。リカルドとの関係は常に表面的で、形だけのものだったのだ。


「殿下、私は――」


 私が言葉を紡ごうとしたその時、扉がノックされ、急報を告げる侍従が現れた。


「殿下、先ほどのエヴァンス伯爵子息とセシリア令嬢が、舞踏会場で罪を認めた後、民衆の前で厳重な処分が下されることになりました」


「そうか。彼らが罪を認めたことは朗報だが、それ以上に重要なのは、今後のロゼリア嬢の名誉が守られることだ」


 殿下の言葉に、私は安堵を覚えつつも複雑な気持ちになった。


 リカルドとの婚約破棄劇はこれで完全に幕を下ろすだろう。


 しかし、それでも私は、これから自分がどのような道を進むべきなのかを考えずにはいられなかった。


 その後、舞踏会が完全に終了した頃、殿下が再び私に語りかけた。


 数日後、国中に広がったリカルドとセシリアの悪事の顛末は、二人が罪を償う形で結末を迎えた。


 それを見届けた私は、アレクシス殿下の隣で新たな未来を歩む準備を進めていた。


 今までの苦難の日々も、今日の幸福のために必要な道のりだったのかもしれない。


 私はそう思いながら、胸を張って新たな一歩を踏み出したのだった。


「ロゼリア嬢、私は君と共に未来を築いていきたいと本気で思っている。しかし、それは君が望むことでなければならない。君の意志を聞かせてほしい」


 彼の真剣な眼差しに、私は心を決めた。


 この人の隣でなら、私は自分自身を偽らずに生きられるかもしれない。


 これまでの苦しみや屈辱を乗り越えた先に、きっと新たな幸せが待っている。


「殿下、私でよろしければ、どうかお力にならせてください」


 そう答えると、殿下の顔が晴れやかな笑みで満たされる。その笑顔に、私の胸は温かな光で満ちていった。


〈Fin〉



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