表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/21

【第6話】教えて差し上げますわ

 ルードゥスがまだ、義夫婦の家の納屋で暮らしいてた頃。

 夜中にソンリッサがやって来て、「ずっといっしょにいる」と言って離れないことがあった。

 義夫婦は必死に彼女を探すことだろう。そうなる前に返したかったが、妹の表情はいつになく暗い。

 何かがあったらしい。

 ソンリッサはしばらく兄にピッタリくっついていると、呟くように聞いて来た。


「おにぃちゃんは……お母さんに生きてて欲しかった?」


 そういうことか、とルードゥスは思った。

 叔父か叔母か、または両方か。母が亡くなった理由について、ソンリッサに話したのだろう。


「母さんは身体が弱かったから……仕方なかったんだよ」

「でもッ……!」


 彼女の手に、ギュッと力がこもる。


「私のせいなんでしょ……? 叔母さんから聞いたの。私を産んだせいで、お母さんは死んだって……!」


 ルードゥスは即座に返す。


「会わせてあげられなくて、ごめん……」

「え……?」

「リッサにも、母さんと一緒の生活をさせたかった……助けてあげられなくて、ごめん……」


 今度はルードゥスから、妹を抱きしめる。


「代わりに僕が、いい兄になるから。グッドマンみたいな、誇らしい人になるから」


 そう言って頭を撫でられ、ソンリッサは静かに頷いた。

 その後は何の言葉も交わさなかったが、二人はできるだけ引っ付いて朝まで過ごした。



 七月の上旬。夏の日差しが降りそそぐ午前一〇時。

 ルードゥスたちが公園に着くと、バカデカい日傘をさしたシャローナが待ち構えていた。

 フリルのついたブラウスに、下は黒のショートパンツ。夏らしい装いだが、ところどころにはバラのアクセサリー。相変わらず派手な見た目であった。


「新作を、受け取りに来ましたわ」


 原稿を取り出そうと、アピリアが鞄に手を入れる。

 しかしそれを制し、ルードゥスがシャローナに向かって包拳礼をした。


「マティマティカ・アピリアの弟子、ルードゥス・イグニシオ。推手による、あなたとの勝負を希望します」


 シャローナは傘をアピリアに投げ渡し、少年に包拳礼を返した。


「スコルピオ家の一人娘、シャローナ。その勝負、お受けして差しあげますわ」


 すぐさまお互いに片脚を前に出し、推手を始める体制を取った。

 しかし右手を構える少年に対し、彼女は両手を下げたままだった。


「せっかく勝負するなら、自由推手じゆうすいしゅがいいですわ」

「シャロ。彼はまだ、単推手たんすいしゅしか学んでいない」

「原理は一緒でしょう? それにこっちは、勝負方法を呑みましたわ。こちらの希望も呑んで頂いかないと、フェアとは言えませんわよ」

「しかし──」

「やりますッ」


 ルードゥスが即答する。


「どんな勝負でも、勝って妹を助ける……このプロットは、変えさせません」


 真っ直ぐな瞳を向ける少年に、シャローナはほくそ笑んだ。


「おほほほほ! 気持ちで勝てんなら、苦労しねーですわよ!!!」


 そう言うと、両掌を前に向けた。


「両手の平を合わせて、自由に押し合う。それが自由推手!!!」


 ルードゥスも両掌を出し、指を揃えた状態でピッタリと相手にくっつけた。


「あとで不平不満を漏らさぬよう、少しだけ練習させて差し上げあげますわ」


 両手に圧を掛けられ、少年は対応しようとするが、すぐさま後方に飛ばされた。


(言うだけあるッ! 確かな実力だッ)


 ルードゥスは、今度は自分から圧を掛けにいった。

 すると両手を引かれ、少年は前方につんのめる。

 危うく乙女の胸部に顔を埋めるスケベ・インシデントになりかけるも、寸前で横方向に飛ばされた。


(なるほど……両手になり、さらに動きも自由だとかなり複雑だッ)


 原理そのものは、いままでやって来た単推手と一緒。

 しかし“円を描く”という動きの決まりがない為、どのタイミングで圧を掛けられるか分からない。

 埋めがたい練度の差を、この二手でまざまざと分からされたのだった。


「ルードゥス様。勝利とは何か、教えて差し上げますわ」


 勝ちを確信したシャローナが、余裕の笑みを浮かべていた。


「お金、マネー、財力ですのよ。マティ様が何不自由なく暮らせているのも、わたくしというパトロンが居るからですわ。マネー・イズ・ゴッド。どんなに足掻こうが、初めからあなたに勝ち目などねーんですのよ! お〜ほっほっほ!!!」


 アピリアが、シャローナの日傘を差しているのが見える。格子状になった日陰の中から、静かにルードゥスを見つめている。

 少年はゆっくりと立ち上がり服の汚れをはたき落とすと、再び自由推手の体勢になった。


「……そろそろ本番にしましょう」

「よろしくてよ」

「私が合図しよう」


 向かい合った二人が、ピッタリと手を合わせて止まった。

 静寂のなか、ザワザワと葉が擦れる音が聞こえる。

 勝負は数秒で終わる。その数秒で、掴んだ希望が潰えるか残るかが決まってしまう。三ヶ月間の修行も、すべて無駄になるかもしれない。

 それでもルードゥスの表情に焦りはなく、正面を向いたまま何処を見るでもなく集中していた。


「始め」


 アピリアによる、穏やかで力強い号令が発せられた。

 直後、シャローナが少年の両手にプロットをぶつける。

 それは、飽くなき推しへの執着。


「“推す手”と書いて『推手すいしゅ』!! わたくしの推し力にッッ! ポッと出の坊やが敵うわけねーんですわよ!!!」


 まさに一瞬の勝負であった。

 シャローナの放つ強烈なプロットはルードゥスを屈ませ、さらに己の体を浮かした。


「なぁっ……!!?」


 彼女が驚きの声を上げた時には、少年の遥か後方へと吹っ飛んでいた。


「勝負あり。見事だ、ルードゥス君」


 ルードゥスは静かに立ち上がり、師匠に包拳礼をした。


「どういう……ことですの?」


 木の枝に引っかかったシャローナが、唖然とした顔で問いかける。


「シャロ。キミは自分のプロットを見せ過ぎた」

「でもでもでも〜! 分かってても、対応できないくらい力量に差がありましたわ!」


 彼女の言うとおり、ルードゥスとの間にはかなりの実力差があった。

 しかし“あるプロット”に対して、少年は経験済みだった。


「シャローナさんから、先生に対する強い“執着”を感じました。僕も身近に、似たプロットを持つ存在がいます。だから、“走らせる”ことができました」


 ルードゥスをねじ伏せようと流されたプロットは、“執着”を受け流すプロットによって、彼女の意図しない結末を迎えた。

 シャローナは木から優雅に舞い降りると、自身についた埃を払った。


「執着だと分かっていて、その相手と“距離を置く”なんて……そんな悲しいプロット、わたくしは認めませんわ」


 とぼとぼと歩きだし、そのままアピリアたちの前を通り過ぎていく。


「……でも、約束は守りますわ。ルードゥス様、マティ様の元で仲良く作家を目指すことね」

「シャロ」


 アピリアは彼女を追いかけ、サッと日傘を差し出した。


「寂しいことを言うな。またいつでも、食事に来ればいい」

「うぅ……マティ様ぁ〜〜〜!」


 同じ日陰に収まり、二人はしばらく話をしていた。

 そんな彼女たちの間に、ルードゥスは強い絆を感じるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ