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間話

 ソンリッサは、知らない暗闇の中で目を覚ました。

 ゆっくり身体を起こし、周囲を見る。

 片方に壁。もう片方に未使用のベッドが三つ並んでいる。

 嗅いだことのない部屋の匂い。一瞬混乱しかけるが、すぐさま何があったか思い出す。


(そーだ……私、診療所にいるんだ)


 運ばれてすぐ、苦い薬を飲まされたことも覚えている。おかげで、いまはだいぶ身体が軽い。

 それでもまだ、頭はゴンゴンと鐘が鳴るような痛みがあった。

 また眠りに着こうと横になると、どこからか微かな話し声が聞こえてきた。


「お金の話は終わりだ。あとは其方に任せる」

「あのなぁアピリア……俺は医者だぜ? 子守りかなにかと勘違いしてねぇか?」


 しゃがれ声の老人が、深い溜め息をもらした。

 一人はアピリア。老人の方はおそらく、この診療所の医者だろう。


(音量からして、廊下一つ挟んだ隣の部屋だ)


 耳をそば立て、ソンリッサは思考を巡らせた。


(“子守り”って……どーゆーこと? あのオンナ、何を企んでるの?)


 ソンリッサは、アピリアのことを訝しんでいた。

 それは決して、彼女が兄の近くにいる事への嫉妬ではない。アピリアの発言に違和感を覚えたからである。


(あのオンナ……『作家は狭き門』と言っておきながら『一年で作家にする』とか、おかしーし。そんなムチャする理由、全然わかんない)


 少女の脳裏に過ぎるのは、何か良からぬ企みの予感であった。


(そもそもあのオンナが、ホントにグッドマンの作者だって確証がない。怪しすぎる。おにぃちゃん、きっとダマされてるよ……!)


 そんな間も、アピリアと医者の会話は続いていた。


「で、二人そろってハッピーエンドって訳か。作家らしい、めでたい結末じゃねぇか」

「どうしても不満か? ガイヤルド」

「……いいさ、金が貰えんだ。あとは医者らしく、黙って仕事するぜ?」


 老人がそう言うと、イスを引く音がした。


「まぁ感謝するこったな。オレが金にがめつい奴なことによ」

「どこへ行く?」

「夜のお仕事だ。お前もそろそろ帰れ」


 そう言った後、ドアが開く音がした。


(マズいッ! ここに来る!)


 ソンリッサは慌てて布団に潜りこむ。

 廊下を進む足音がしてすぐ、少女が眠る部屋に老人が入ってきた。


「ったく……」


 深いため息吐きつつ、ベッドに近づく。

 何をする気なのか? ソンリッサは息を殺して身構えていたが、どうやら様子を見に来ただけらしい。医者はすぐ、部屋から出て行ってしまった。

 それから話し声はなくなり、あたりは静寂に包まれていた。

 布団の中、ソンリッサは先ほどの会話を思い出す。


(“ハッピーエンド”って……やっぱそーゆー事かッ!! あのオンナぁッ!!)


 ソンリッサの中で、すべての辻褄が繋がった。

 兄の貞操を狙っている。その疑惑が確信へと変わったのである。


(私を入院ってカタチで閉じ込めて、その間におにぃちゃんとイチャイチャライフを満喫するつもりなんだッッッ!!)


 少女の瞳が怒りで燃える。


(短期間で困難な目標を掲げたのも、相手をアセらせ、冷静な判断力を奪うためだッ!)


 ソンリッサは、幼少時に兄から本を読み聞かされていたことで、すっかり読書愛好家になっていた。

 特に好んだのは、裏社会や暴力的な出来事を扱った作品。その影響で、犯罪の香りには一際敏感であった。


(冷静さを奪われたおにぃちゃんは、『修行』という名目でおこなわれる、あからさまに不自然な『同棲』の提案を受けれてしまった! これはつまり、“ 揺さぶり”……!)


 思わず親指の爪を噛み締める。


(歳下の男子を揺さぶって、同棲を強要させる……あのオンナ、間違いないッ! ファム・ファタルだッ!)


 『ファム・ファタル』とは、物語の中において、男(主人公)を魅了し、やがて破滅へと導く女性キャラを指す。

 彼女が愛読する小説に、しばしば登場するタイプの人物であった。


(ファム・ファタルの特徴、その一。いきなり男の前に現れる)


 この場合、男は人生の落ち目であることが多い。

 そんなタイミングで、まるで舞い降りた女神のように、突如目の前に現れるのである。


(特徴、その二。美しい姿をしていて、男を一目惚れさせる)


 男にとって理想的な容姿をしており、出会った瞬間に魅了されてしまう。

 また作中においてファム・ファタルは謎の多い存在であり、そこもまた男を強く惹きつける要素となっている。


(その三。ナゼかすぐに仲良くなる)


 ミステリアスで魅力的な女性でありながら、落ち目の自分とすぐに打ち解けてしまう。

 こうなると男は、ファム・ファタルのことを運命の人であると信じ込み、彼女を追い求め続けてしまうのだ。人生が転落し、破滅を迎えるその時まで……。


(あのオンナ、三つすべての特徴が当てはまるッ! アヤシイ! それに……それに……ッ)


 ソンリッサは思い出す。抱えられている間、絶え間なく顔面を圧迫し続けていた、アピリアの柔らかな胸の感触を。


(あんなデカいムネ……作家とは思えないッ! 悪魔的ッ! ファム・ファタル確定ッッッ!)


 自分の平たい胸元を押さえながら憤る。

 決して嫉妬ではない。あくまでも、彼女なりの“推理”の結果である。


(おにぃちゃんをイチャイチャ甘やかし、ダメ人間に堕とすつもりに違いない……! なんとかして切り離さないとッ)


 そんな決意に燃えるソンリッサだったが──。


(ッッッ!? うぅぅ……ヤバい、頭痛がヒドくなってきた)


 頭を抑えながら、もう一つの懸念に思考を巡らせる。


(医者のほうもアヤシイ……お金の話ばっかしてたし。あんま信用できないかも……)


 だんだんと、痛みは強くなっていく。

 なんとか耐えようとするも、やがて眠りに落ちていった。

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