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【第3話】私と暮らさなければならない

 空はすっかり暗くなっていた。

 まだポツポツと灯りが見えるが、町全体が眠りに着き始めている。


「先生。妹を助けていただき、ありがとうございます!」


 ソンリッサはアピリアの腕の中で、静かに夜風を浴びている。

 ほんの数十分前までは、想像も付かない光景だった。


「気にするな。我々はもう、家族同然なんだ」

「家族だなんて……そんな」

「ルードゥス君。これは比喩でも、大袈裟でもない。同門は、皆家族。作家とはそういうものだ」

「ごほっ! ごほぉっ!」


 突如、ソンリッサが顔を横に向けて咳をした。


「リッサ!」


 ルードゥスが駆け寄る。

 兄の呼びかけに応じる様に、ソンリッサはゆっくり目を開けた。


「おにぃ……ちゃん?」


 虚ろな瞳。頬も少しやつれている。


「ごめんな、リッサ……! 勝手に居なくなって、ごめん!」


 ソンリッサは真っ直ぐ兄を見つめながら、首を左右に振った。


「あはは……ゼッタイ、会いに来てくれるって……信じてたし」


 そう言い、意地悪そうな笑みを力なく浮かべる。

 あの頃と変わらない、小悪魔めいた笑顔。


「ねぇ、おにぃちゃん……わたし、身体がアツくてしょーがないの……」


 ルードゥスは腕を伸ばし、妹の頬に手を触れた。


「うん……ひどい熱だ」

「汗も、スゴイかいちゃったの……」


 息を荒くしながら、ソンリッサは服のボタンを外し始めた。


「リッサ?」

「ねぇ、おにぃちゃん……カラダ拭いて?」

「リッサ……今はまずいよッ」

「ヤダ……いますぐ拭いてぇ……昔みたいに、全身くまなく拭いてぇ〜」


 赤子のような全力甘え声で、兄に呼びかける。

 しかし彼女はそこでふと、視界の端に映りこむ黒髪の女性の顔を捉えた。


「えっ」


 驚く少女に、女性は穏やかに語りかける。


「感動の再会だな」


 そこでソンリッサは、いま自分が姫抱っこされている状態であることに気がついた。


「だ、誰ぇぇぇ!? このオンナぁぁぁ!?」


 完全に油断しきっていたらしい。ソンリッサは胸元を隠しながら、驚愕と羞恥に身悶える。

 それでもアピリアは、腕の中で暴れる彼女を微動だにせず抱え続けていた。


「元気そうで何よりだ」

「リッサ、落ち着いて! その人はグッドマンの作者、アピリア先生だよ! ほら、昔よく読んでたでしょ?」

「え……えぇーーーっ!?」


 目を見開き、少女は改めてアピリアの顔を見つめた。


「な、ナンデ……ナンデっ!? どーしてグッドマンの作者と、おにぃちゃんが一緒にいるワケ……!?」

「僕は先生に弟子入りして、作家になるんだ」


 どーゆーこと? と言わんばかりに、ソンリッサはキョトンとした表情を浮かべた。

 そこでルードゥスは、アピリアと出会った経緯を手短に話した。


「それでいきなり作家って、おにぃちゃん……」


 彼女からすれば、あまりに唐突である。それでもルードゥスは優しく微笑み、妹のはだけた衣服をそっと直してあげた。


「リッサ。今度こそ、約束を守るから」

「約束……?」

「『早く一緒に、こんなとこ抜けだそーね』」

「……っ!!」

「必ず守るから。もう少しだけ、待ってて」


 ソンリッサは思わず涙ぐみながら、ブンブンと首を縦に振った。



 診療所へ向けて、明かりの少ない小道を急ぐ。

 ソンリッサは先ほどのやり取りで体力を使い果たしたらしく、また眠りについていた。

 少年は師匠の後をついて行くが、少しでも離れると、その背中は闇に溶けて消えてしまいそうだった。


(まだよく分からない……武術と物語の型を合わせた技術、『文脈闘技プロットバレット』……それを学べば、本当に作家になれるのか?)


 ぼんやりと見える師匠の白いブラウスを見つめながら、少年は悶々としていた。

 目的はハッキリしているのに、そこへ向かう為の道のりが、いまだに不鮮明なのだ。


「ルードゥス君」


 前を向いたまま、アピリアが語りかける。


「現在の“大娯楽小説ブーム”と“文脈闘技プロットバレット”には、密接な関係がある」

「そうなんですか?」

「大娯楽小説ブームの始まりは、五〇年ほど前に起こった、大規模パンデミックにある」


 それは過去に新聖ルマ帝国、および周辺国を襲った、未知なる感染症の世界的拡大だった。

 当時はまだ効果的な治療法がなく、苦肉の策として、国民全員の不要不急な外出や集会が禁じられる事となった。


「貴族すら例外なく外出禁止。家で過ごしてもパーティーは禁止。その結果、文通が流行した」


 手紙のやり取りも最初は楽しんでいたが、なにせ外出禁止の日々である。話題はすぐに底をついた。


「そこである貴族が、たまたま棚にあった小説の感想を友人に送った。余暇を相まって、そうとう熱心な長文だったと言われている。手紙を受けとった友人は、次の日にはその小説を取寄せ、読み始めていた」


 小説を読み切った友人は、そのさらに友人へ熱烈な感想長文を送り、その友人もまた友人に感想を送り……こうして最初の読書ブームが始まったと言われている。


「そんなに面白い小説だったんですか?」

「どうだろうな。五〇年前の作品だ。今とはだいぶ趣向が異なるだろう。ただ、当時の貴族たちを熱狂させる“プロット”だったのは確かだ」

「プロット……? それは文脈闘技プロットバレットと関係が?」

「良い質問だ。プロットというのは、“何が”“どうして”“どうなった”などの、物語における『展開』の部分を端的に現したものを指す。話の『骨組み』と説明することもある」


 今までアピリアからされた解説の中で、もっとも作家らしい内容である。


「そして文脈闘技プロットバレットは、武術の型によって、思い描いた物語のプロットを表現する技法だ」

「なるほどッ……! でも……あの、無理がありませんか? 武術の動きで、物語を表現するなんて……」

「一理ある。だが世の中には『動き』による物語表現はたくさんある。演劇やダンス、パントマイムだってそうだろう?」

「言われてみれば……ッ!」


 暗闇を抜け、再び灯りが見えて来た。

 気がつけば中流層の住宅地帯に来ていた。


「さて。読書ブームの最中、パンデミックが開けた。外出や集会の禁止が解かれ、貴族たちは動き出す。ある者は果てなき読書欲を満たそうと、国内外に広大な流通網を築いた。又ある者は、小説の出版に黄金を見出し、大量出版を可能にする。そして又ある者は、将来的に作家が不足することを見越し、作家の発掘と育成へと乗り出した」


 新しい作家が次々生まれ、新作が大量に出版され、本が国内外に広く流通する……その仕組みが出来上がった。

 時代が大きく変化したのだ。


「そうして現在に続く、“大娯楽小説ブーム”が誕生したワケですね」

「その通り。それにより作家は皆、文脈闘技プロットバレットを習得することが義務づけられるようになった」

「一体、何があってそうなったんです……?」

「作家志望者の、急激な増加だ」


 娯楽小説の公募は、各地でほぼ毎月おこなわれている。

 受賞できるのが、だいたい三から六作品。本になるのはその中から一作。多くても三作ほど。他は出版されることはない。


「毎回の公募で集まる作品数は、約五〇〇から一○○○。他所で落選した作品が流用されている事も多いが、それを差し引いても半数以上は新作。選別には多くの時間が必要だった」


 貴族はみな読書好きだが、どんな作品でもOKという訳ではない。

 一定の水準を満たした面白さがなければ、例え出版されたとしても、すぐに貴族間のクチコミにより駄作の烙印を押される。そして“駄作”と呼ばれた本は、売れないどころか、作者までも悪評に晒されてしまう。作家とは、書評で人生が左右される非常に厳しい世界なのだ。

 厳正な審査は、未来ある新人作家を守るためでもあった。


文脈闘技プロットバレットは、物語の型を理解していれば、その動きも美しくなるよう設計されている。公募の一次審査では、広場に一○○名ほどが集められ、一斉に同じ“演武”を行う。これにより、ものの数秒で多くの選別が可能となった」


 演武の美しくないものは、物語の型を理解していない──つまり一定水準の面白さを満たした作品を書けていない──と判断され、退場となる。


「そんなッ……作品を読まれもせず、たった数秒で失格だなんて!」

「一理ある。しかし演武の美しい者の作品は、皆どれも水準を満たしており、その逆は一切無かった。これは文脈闘技プロットバレットが作家育成と、審査基準として有効であることの証明となった」


 その結果、現在はすべての公募の一次審査に“演武”が行われている。


「ルードゥス君。キミはまず、一次審査の“数秒間”をクリアすることを目標としなさい」


 そうこうしていると、一軒の小奇麗な建物にたどり着いた。

 平屋らしい。周りにくらべて屋根の位置が低く、赤い瓦がよく目立つ。


「ここですか? あまり……診療所っぽくない所なんですね」

「当然だ。私の家だからな」

「えッ!? どうして先生の家に!?」


 アピリアは足を止め、背を向けたまま話を続ける。


「いいか、ルードゥス君。一次審査の“演武”の時点で、参加者は一○分の一まで削られる。審査は全部で四つ行われ、すべて異なる技量を測られる」


 約一○○○名の参加者が、わずか数秒で一○○名に減る。

 その後の審査は当然、さらに厳正なものとなる。

 作家になるというのは、とても険しい道程なのだ。


「すべての時間を修行に注ぎ込まなくては、一年で受賞に到達するなど不可能。よって、今後キミはここで私と生活を共にし、常に多くを学びなさい」


 そう言いながら、アピリアは振り返った。

 変わらず落ち着いた表情だが、少年は師の瞳の奥に、どことなく厳しさを感じた。


(想像以上に、大変な道を選んだかも……)


 ルードゥスは思わずツバを飲んだ。

 師匠と同居することになるとは、想像もしていないことだった。

 月に照らされたアピリアの姿は、元々の美しさを際立たせつつ、どこか艶かしくシルエットを映し出している。

 家族以外の女性とは、ほとんど接したことがない。そんな彼にとって、いささか刺激が強い状況になってしまった。


「診療所は、ここからもう少し歩く。ルードゥス君、キミは先に休みなさい。明日からは早起きになる」


 そう言い残し、アピリアたちは居住区のさらに奥へと進んでいった。

 二人の背中を見えなくなるまで見届け、ルードゥスは渡された鍵で家に入った。

 扉の先は通路があり、少し進むとソファーと机が置かれた客間に着いた。

 机の上に師匠の鞄をそっと置くと、急に疲れがやって来た。

 いろいろあり過ぎる一日だった。思わずソファーに寝転がり、二つ並んだクッションに顔を埋める。


(明日から、大変だ……)


 開かれた新たな道。

 心地よい弾力に身を委ねながら、少年は自分が眠りに落ちていくのを感じた。

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