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プロローグ

「ルードゥス君。作家に必要なものとは、何かわかるか?」


 長い黒髪の女性が、背後にいる少年に問いかける。

 ルードゥスと呼ばれた小柄な少年は、動揺しつつも問いに答えた。


「想像力……ですか?」

「なるほど、それも一理あるな」


 二人がいるのは、家具が散乱した一室。

 彼女の正面には、武器を持った屈強な男が三人。ニヤニヤと笑みを浮かべて立っていた。

 ルードゥスは青い目を見開いて問い返す。


「アピリア先生……! どうして今こんな状況で、そんな事を聞くんですかッ!?」


 破壊されたテーブルや床に散らばる食器を見て、ルードゥスは拳をギュッと握る。

 目の前にいる男たちによって、無残に荒らされたのだ。

 しかし少年は、まだ一四歳。小柄で、体つきも華奢。暴力に対抗する術もない。

 “先生”と呼ばれた女性アピリアは、長い黒髪をサッと耳の後ろにかき上げ、少年の問いに答えた。


「その疑問も、一理ある。だが私は、必要なことだから聞いている。キミが作家を目指すうえで、とても大切なことだ」


 口調こそ硬いが、彼女の声色は常に穏やかだった。

 表情もまた、危機的な状況にも関わらず穏和である。

 そんな彼女が突如、スッと片手片足を前方に出し、少しだけ身を屈めた。

 武術の構えだった。

 柔和な表情とは、あまりにギャップのある行動。

 これを挑発と捉えたのか、男たちは武器を構えて前進した。

 男の一人が、アピリアに声をかける。


「お姉さぁ〜ん。カッコつけるのもそこまでにしな。用があるのは背後のガキだ。 でもまぁ〜……」


 顔から順に、彼女の身体に視線をめぐらせる。

 凛とした力強い瞳に、整った目鼻立ち。艶やかな長い黒髪からは、ほのかに果実の甘い香りがあった。

 腕へと目を移す。

 露出した肩から、スラリとした白い腕にが伸びている。指先も細長く、繊細さを感じさせた。

 袖のないブラウスに目をやる。衣服を大きく山なりに持ち上げる大きな胸。対照的に、シュッと締まった胴回り。

 更に視線を落とすと、深いスリットの入った真紅のロングスカートから、チラリと生脚が覗いているのが見えた。


「ケンカじゃなくてよぉ、へへっ。別の相手なら大歓迎だぜぇ? お姉さぁ〜ん」


 男が下卑た笑みを浮かべながら、アピリアの右肩に手を置く。

 その直後である。

 アピリアが右腕を円を描くように動かし、男の手を絡めとった。

 そのまま手のひらを掴み、関節を逆方向へと押しやる。


「〜〜〜っ!?」


 一瞬の出来事に、男は声を出せずに固まった。

 指先から走る鋭い痛みに、彼の脳が『動くな!』と警告を発しているのだ。

 アピリアは平穏な顔を一切変えず、再び弟子に語りかける。


「いいか、ルードゥス君。想像だけならサルでもできる。作家に必要なのは、“選択”だ。何を残し、何を捨てるのか。正しい選択が、作品を生む」


 捕らえていた男を解放すると同時に、手のひらでポンっと身体を押した。

 一見すると軽く触れただけだったが、男は後方へ大きく吹っ飛んでいった。

 摩訶不思議な現象に、仲間たちは思わず顔を見合わせる。


「何だァー!? 今のはよォォ??」

「見間違いか……? 人が飛びやがった」


 ゆっくりと、アピリアは構えをなおす。


「正しい選択には、正しい心と体、そして技が必要だ。人はみな、自分が思っているほど己の心身を正確に操れない」


 男たちが険しい顔つきでアピリアに接近した。

 完全に敵意を向けた目つきである。


「アピリア先生……!」


 ルードゥスが心配するが、彼女は構えたままピクリとも動かない。


「案ずるな、ルードゥス君。技に必要なのは冷静さだ。心・技・体の三つがそろって、ようやく作家への道が開かれる」

「ごちゃごちゃウルセェ。仲間に手をあげて、タダで済むと思ってんのか? あぁ? お姉さんよぉ?」


 人ひとり分の間合いを取り、男が睨みつける。もう一人は角材を振りかぶり、今すぐにでも殴り掛かりそうである。


「ルードゥス君。作家志望者のキミに、師匠として最初のレッスンだ。今から見せる動きを、目に焼き付けておきなさい」

「無視してんじゃあねぇぞ! クソアマがよぉ〜〜〜!!」


 叫び声を上げながら、男はスコップを振り下ろす。

 斜め前方へ。アピリアは軽いステップで攻撃を避け、同時に相手の喉仏を手で突いた。


「こっ……ほ……ッ」


 声にならない声をひねり出し、男はうずくまる。

 今度はもう一人が、角材を横なぎに振った。

 これもアピリアは身を屈めて避け、相手の股間を拳で打った。

 男は目を見開き、悶絶。

 想像できうる激痛に、ルードゥスは思わず「うわぁ……」と声を上げた。

 卒倒した二人を横目に、アピリアは体ごと少年の方へと向きなおる。


「分かるか、ルードゥス君。想像だけでも、ただ動くのもダメだ。正しい選択に必要な心技体。それはすなわち“武”だ。武とは勝利。困難に打ち勝つ力」


 説明を続ける彼女の背後に、また別の男が迫っていた。最初に吹っ飛ばされた男である。


「先生ッ!? 危な──」


 ルードゥスが気づいた時には、男はすでに武器を振りかぶっていた。

 ところが、先に一撃を放ったのはアピリアの方だった。

 背を向けた状態から、背後の男の頭部に回し蹴りを命中させる。

 鈍い打撃音とともに、男は口から泡を吹いて地に倒れた。


「文武両道だ、ルードゥス君。作家になる者は全員、武術を身につけなければならない」


 そう言いながら、彼女は胸の前で掌にした左手と、拳にした右手を合わせた。

 抱拳礼。武術における挨拶の型である。


(凄い……! まさか先生がこんなに強かったなんてッ!)


 見事なまでの戦闘技術。美しいとすら思える身体操作。

 少年の目の前にいる女性は、紛れもなく武術の達人だろう。

 そして同時に、ルードゥスが志す『作家』の師匠でもある。

 いや、むしろそちらがメイン。

 少年は訳あって、どうしても作家になる必要があるのだ。

 そのための手筈を、これから教わる予定だった。

 なので自分を守ってくれたことへの御礼より先に、疑問の声を上げてしまうのも無理からぬことであった。


「いや……先生、まったく分からないですッ! どうして作家を目指すのに、武術を学ぶ必要があるんですか!?」


 ──そもそもの成り行きは、一〇年前にさかのぼる。

 少年ルードゥス・イグニシオが四歳の誕生日を迎えた日。とある小説との出会いが、すべての始まりとなった。

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