#2
玄関のドアを開けると、ドアベルに手を伸ばしたリズが立っている。
「まだ鳴らしてないよ」
「歩いて来るのが見えたんだ」
うそはついていない。窓の外を見張っていたとは言わなかっただけ。
ママン・マニで大量の買い物をするリズの手伝いをするのは4度目だ。
花束をプレゼントしたあの日。ぼくはリズの家を知っているのに、リズはぼくの家を知らないのは不公平な気がした。
だから、ぼくの家はママン・マニのはす向かいにある青い屋根の家だと教えた。すると、毎週ママン・マニで買い物をするから、荷物を運ぶのを手伝ってほしいと頼まれた。
なかば強制的に約束させられたけれどうれしくないはずがない。その気持ちは外にでることへの恐怖を超えていた。
リズがやって来るのが待ち遠しくて、そのときが近づくと窓の外をながめてばかりいるんだ。
今日の買い物はいつもより多かった。ショップバッグふたつ分のチョコレート菓子の他に、ホールケーキも買っていた。
リズの家に着くと、運んで来たショップバッグを渡してお礼のチョコをもらう。そして、来週の約束をして帰るのがいつも通りなんだけど。
「これからパーティーなの。いっしょにお祝いしてよ」
「パーティー?」
「わたしの誕生日。13歳になるの」
リズはぼくと同い年だったのか。しっかりしてるから年上だと思ってた。
それはそうと、大きな問題がある。
「プレゼント、用意してない」
先週会ったときに教えてくれればよかったのに。
「プレゼントならもらったよ。1か月早かったけど」
「え?」
「ブーケをくれたじゃない。あれはどういう意味だったの?」
リズは薄紫の瞳でぼくの顔をのぞきこむ。ずっと言えずにいることを伝えるチャンスだ。
「き、きみと、は、話がしたくて・・・・・・ か、母さんに・・・・・」
ああ、カッコ悪い! 言いたいことはそれじゃない。たったのひとことでいいのに。
落ち着け! ちゃんと伝えるんだ。
「ぼ、ぼくと、友だちになってください」
言えた!!
リズはどんな顔をしてるだろう。こわくて見れない。
「わたし、友だちでもないひとに荷物持ちをさせてたの?」
「そういうわけじゃ!」
リズは笑っていた。いたずらに成功した子供みたいな顔をして。
「友だちからのプレゼントならいつでも受け付けるよ」
家の中に入れてもらうのははじめてだ。キッチンでは女のひとが料理を盛りつけている最中だった。ドアを開けたときからしていたいいにおいはこれだったのか。
「ノイさんですね。お話はうかがっていますよ」
通いのハウスキーパーだと紹介されたエマさんは意味ありげに笑ってる。リズはぼくのことをどんな風に言ってるのかな。
「ああ、またそんなとこで寝てるぅ!」
ダイニングテーブルの下で丸まっているものを見てリズは叫んだ。ほっぺをふくらませてるけど怒っているようには見えない。
「ティアン。起きて」
リズに揺り起こされたのはひとだった。ぼくたちより小さいその子は、立ち上がろうとしてテーブルの天板に頭をぶつけた。
「ふぎやっ!」だつて。猫みたいだ。
「だからいつも言ってるでしよ。へんなところで寝ないでって」
ライトの下で見ると、なんて言うか、、神秘的な子だった。印象的なのは銀色の長い髪。ささやくように輝いている。
そんなはずはないのに、きれいな顔は天使の画集で見たような気がした。
「ほら、あいさつして」
リズに言われて顔を上げた天使と目が合った。その瞬間、ぼくはその瞳に魅了されていた。
青とも緑ともつかない不思議な色をした瞳はただじっとぼくを見ている。それだけで、息が止まって動けなくなっていた。
「弟のティアンよ。
ティアン、このひとはノイ。前に話したでしょ」
紹介されてヘンな感じかした。なぜなら、リズとティアンは少しも似ていない。血のつながりはないのかも。家庭の事情ってやつがあるんだろう。ぼくがきいていいことじゃない。
パーティーは夢のように楽しかった。料理もケーキもおいしかった。ティアンとはほとんど話していないけど、ぼくを気に入ったみたいだとリズに言われた。そうだといいな。
誰かと食事をするのは2年ぶりだった。ハーラが抜けて、ぼくが抜けてふたりだけになった我が家の食卓はどんなだろう? 今まで考えてもみなかった。
ぼくが一緒に食事をしたら父さんも母さんもよろこぶんだろうか。
帰りぎわ、玄関先でぼくを見つめるリズは真剣な顔をしていた。
「お願いがあるの。わたしたち姉弟のことは誰にも言わないと約束して」
リズたちに母親はいなくて、酒好きの父親は酔っぱらうとティアンに暴力をふるった。そのせいで口数が少なくなったティアンを連れて逃げて来た。
父親に居場所が知られてしまうとここにはいられなくなる。だから、自分たちのことは内緒にしてほしい。
それがリズの願いだった。ばくは一も二もなく固く約束した。リズがいなくなるなんて考えたくもない。
ひと目につかないようひっそりと暮らしているリズとティアンは、あまり家からでられない。だから、「ノイが来て」と頼まれた。
それからはリズの家に通うことが日課になった。
ティアンの遊び相手をしてあげるつもりだったのだけれど、、、なんと、勉強を教えてもらっている。ティアンが先生でリズとぼくが生徒だ。
ティアンはぼくたちより2つ年下の11歳だ。それでも、なんでも知っているし教えるのも上手だ。
ふたりで暮らすようになってからのリズは学校には行かずに勉強していたそうだ。
家で勉強しているのはぼくも同じだ。でも、教えてくれるひとがいないから思うようにすすんでいない。
それを知ったリズにちょうどいいと誘われて一緒に勉強するようになったんだ。
もちろん、3人でゲームをしたりテレビをみたりすることもあるし、秘密の入り江で遊んだりもする。息を殺して生きていたぼくには大きな冒険だった。
ある日のこと、リズはキッチンでランチのしたく、ティアンはリビングで本を読んでいた。エマさんは3時にならないと来ない。
テレビのスイッチを入れるとニュース番組をやっていた。アナウンサーは淡々と戦況を伝え、画面には最前線で戦う軍艦や兵士の姿がうつしだされている。
爆弾が敵の船に命中する。小銃を抱えた兵士が突進して行く。テレビは我がアビュースタ軍の優勢しかうつさない。
何百年も戦争を続けていれば勝つこともあれば負けることもある。そんなことはみんなわかってる。それでも勝っていると思っていたいんだ。
「テレビを消して! はやく!!」
リズの声にたたかれてスイッチを切る。
何が起きたんだ?
振り返ると、ティアンがリズに抱きしめられていた。ティアンは震えている。視線をテレビに釘付けにしたまま。
「だいじょうぶだよ。だいじょうぶ。何も心配しなくていいの。だから、、子供のままでいて」
リズは何の説明もしなかったけれど、こんな世界だ。戦争が原因でトラウマを抱えるひとはたくさんいる。
でも、、子供のままでいて、というのはどういうことだろう。
子供の成長ってうれしいものなんじゃないの? 親の立場ならってことだけど。リズは姉だから、ずっとかわいい弟のままでいてという意味なのだろうと、このときは思った。
リズはティアンが大好きだ。そんなことは見ていればわかる。生活の中心にティアンがいて、いつもティアンを気にかけている。
毎週大量に買い込んでいるチョコレート菓子だってティアンのためだ。
甘いもの好きのティアンが、幸せそうに食べているところをながめているリズはもっと幸せそうな顔をしている。
家事をエマさんにまかせてしまわないのだってティアンのためだ。
リズは掃除も洗濯も自分でやるし、朝食と昼食はひとりで作って、夕食は料理を覚えるためにエマさんを手伝っている。
「いずれはふたりだけで生活できるようになりたいの」
そう言ったリズは強い目をしていた。
家事に勉強にといそがしいリズは、疲れるとティアンにひざまくらをしてもらう。
「なでなでしてよ」
と甘えるリズは姉じゃない。
ティアンに頭をなでられてうっとりしているリズは、まるで・・・・・・