8 とりあえずかっこつけてれば何とかなる
「ごめん、ちょっと遅かったかな。」
そう言った俺に、まだ余力のあるリージェが応じる。
「遅すぎますよ!!!」
俺は苦笑しながら、剣を一振りする。
その剣筋は空を凪ぎ、どこまでも延びる。
その瞬間、キャトル・オウガの胸元が血しぶきを上げてひらけた。
キャトル・オウガは大きく吠え、最期の力で木々を払い警備兵を殴ろうとしたが、俺の張った帳に防がれ、みじめにも斃れた。
残った弱小な魔物たちは、捨て身で結界に体当たりする。
何人かは心配そうに見ていたが、しばらくしても結界が壊れる気配はしなかった。
「絶対にこの結界は壊れない。俺が保証しよう。」
俺は周りの反応を見て、リージェと頷き合う。
「ちょっとみんな離れてくれ。俺たちでこいつらは始末する。」
そう言うと、各々が不安そうな反応をしたが、俺たちはそれを無視する。
結界の周りにはびこる魔物たちを見て、リージェは若干震えているようだった。
当たり前だ。リージェは初めて魔物を見るのだから。
「大丈夫。俺が結界を解除すると同時に、魔法でこいつらをせん滅。こいつは火に弱いからあれを使うんだ。いいな。」
「ええ、分かってますよ。私たちは最強ですから。」
リージェは意を決したように魔物に向く。
やはり強い少女だ。
「じゃあーーー、いくぞ!」
「はい!!!」
結界が解除され、前のめりになっていた魔物たちはいっせいに流れ込んでくる。
「炎火竜巻!!!」
「明星!!!」
ファイアー・トルネードは、俺がいくつか知識を与え、リージェが生み出した技だ。名付け親が俺なだけあって、かなり雑なネーミングセンスになっている。
だが、威力は本物だ。
対して、俺の放ったルミエールは、前世から愛用している技で、生物の死に安らかな祝福を、という意味である。要するに、痛みを感じることなく死ねるということなのだ。
ちゃっかりキャトル・オウガにもかけておいたので、今頃はよき夢を見ているのではないだろうか。
そう言うことで、俺たちは見事、魔物たちの襲撃を突破した。
(なんでこいつら、急に...しかもこんなところに...。)
ここは国の中央で、森や魔物の住んでいそうなところは無いと言っても過言ではない。
なら、なぜこんなところに魔物が現れたのか?
なにか、悪意を感じる。
可能性としては、現代ではまだ聞いたことのない魔法、召喚。
今世でもいくつかの魔法書を呼んでいるが、なぜか召喚魔法は伝わっていなかった。
なにか関係しているのかもしれない。今度詳しく調べようと思った。
「リージェ。」
俺は拳を突き出す。
リージェも、いつも通り拳を突き出す。
俺たちは、拳で挨拶をする。
おれがリージェに教えたのだ。
周りを見ると、戦闘に参加した者達はほとんどが傷を負っていた。
その中でも、警備兵がひどくて瀕死。軽くて呼吸混乱や意識障害、四肢の損傷など、ひどい有様だ。
俺は近寄り、手をかざす。
「夜明け。」
広範囲に広がる光が、負傷者の負傷部を再生する。
前世では普通だったが、現世ではどうなのだろう。
確か、聖女とかいう身分ができてて、そいつしか癒しの力は使えない...って、まさかな。
だとしたら俺は聖女にでも祭り上げられてしまうだろう。どうせ目指すのなら、俺は前世と同じ英雄がいい。
全員回復したのを確認したら、生徒の一人が俺の方に来た。
(こいつ――、俺の6歳の誕生日パーティに来て挨拶してきた令息か。確かエドガー・スプレアムとかいう名前だったような気がする。)
エドガー・スプラム。スプラム伯爵家の次男で、
「姫様。今回のご活躍、私めは感服いたしました。ですが、姫様が聖女様であるということは驚きです。」
「本当です。どうして今まで黙っておられたのですか?」
それを機に、その場にいる者達は口々に考察をする。
「い、いや、俺は聖女なんて、そんな高貴な......ね?」
「「「「「「「「ね?じゃないでしょう!!!」」」」」」」」
一斉に俺に詰め寄ってくる皆は、どこか嬉しそうだ。
さっきは呆然としていた者たちも、今では笑顔で仲間と抱き合っている。
これが、英雄・ソメイユの英雄記に残る、一つ目の出来事である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
その後、俺たち新入生は寮に避難し、保護者も返されて事は半分ほど幕を下ろした。
そう、半分。
本番はここからだ。
寮は基本的には2人部屋だが、王族はもともと専用の部屋があり、貴族もある程度の金を積めば一人部屋に入れるようだ。
王族の部屋は女子寮、男子寮ともに6階建ての最上階に2つずつあり、4つ全てデザインは同じ。その質は他の部屋とは比べ物にならず、白を基調としてところどころに金の装飾がされている。
今は休暇中のため、他の生徒は実家に帰っている。
寮内は新入生しかいないとあってか、やけに静かだ。
「じゃあまた。」
「はい。また後で。」
ここまで一緒に来たリージェと別れを告げ、俺は部屋に入る。
部屋には俺の制服やらドレスやらや、俺が希望したものが置かれていた。箱に入ったまま放置されていて、これ以上は自分でやれということなのだと納得する。
俺は、セイアッド・ソードを端に置くと、まずは汗をかいたのでシャワーを浴びる準備をする。
さすがというべきか、シャワーもついており、浴槽もある。下着を箱の中から探り出し、脱衣所に入る。
風呂をあがると、俺は予備の制服に着替え、箱をそのままにしてセイアッド・ソードを持って窓を覗く。
俺の部屋は角部屋で、窓が広く校舎と先ほどの会場が両方見える。会場には教師とみられる大人や関係者が集まっており、キャトル・オウガや他の魔物の処理が行われている。
俺は、窓から静かに窓から飛び降り、風を使って着地する。
一息つく間もなく、俺はやるべきことがあるのだ。
(ええっと、たしかここら辺に...)
俺は、召喚魔法が使用されたと確信して、ここらに漂う魔力の流れを調査している。召喚魔法は強力な魔物を召喚するとその分多くの魔力を使う。その際に漏れ出た魔力の濃い所を探すのだ。
しばらく探していると、俺は会場の裏にある草むらの中に、半透明で草にまぎれた魔法陣を見つけた。
(これは…どこかで見た気がするけど、なーんか思い出せないんだよな。)
妙な既視感に戸惑いつつ、さらに詳しく調べようといろいろ観察するが、召喚魔法の痕跡ということと、かなり前からあるものだということしかわからなかった。
何の収穫も得られなかったことに落胆しながらも、俺は魔法陣に保護結界を張ってから風を操ってその場を離脱する。
なんだか周りがにぎやかになってきたように感じたからだ。
少ししか調査できなかったが、形は覚えたのでまた調べようと思う。
「ブラックフォード男爵。君はどうしてこんなにも...、私の期待を裏切ろうとするんだい?あいつも失敗したようだし、どいつもこいつも、本当につかえないねぇ。努力が足りないんだ、努力が。」
漆黒の髪に、金の瞳を持つその男は、今日も今日とて暗躍する。
美しく、優雅に、そして静かに。