6 事実という罪
「ありますよ。確固たる証拠がね。」
そう言うと、男爵は俺の気迫に圧されたのか少し引き下がる。
それを見逃す俺ではない。
「実は私、あの時リズ嬢にかけていただいたドリンクを一滴ほどいただいたんです。それを鑑定士さんに見せたら、それが猛毒であり、本来我が国での流通及び持ち込みが禁止されている物だということが分かりました。」
俺はにやりと笑い、犬歯を見せながら言う。
「なぜ、そんなものが俺の手に渡ろうとしたのでしょうか。」
そこでセシル兄さまにバトンを渡す。
「私が警備の者に確認すると、男爵は領地の特産品として葡萄ジュースを配っていたとの証言がありました。もちろん、毒見を済ませたうえで。」
「ええ。確かに配りましたが、それは毒見を済ませたうえで、ある程度の監視の上でのことであって......!!魔法でもないと、王女殿下に毒を盛るなど、できるはずもないのです!」
「果たして、これは魔法で起こったことなのでしょうか。」
男爵に、セシル兄さまはすぐさま反論する。
「男爵。この世には、魔法以外にも不思議な力が存在します。それが、カガクというものです。」
「カガク...?」
カガクとは、魔法では成しえない不思議な力。あまり普及しておらず、ごくわずかな者達のみが研究に励み、新たな道を開いている。
カガクの世界には、魔素以外のすべての物に密度が存在し、体積当たりの質量を表す。
それを利用し、男爵は…いや、誰かは毒を盛った。
「あなたはストローを使い、グラスの上の部分のジュースを飲んだ。そして同様に、周りの貴族らも上の部分を飲んだ。」
貴族内はいくつかの派閥に分かれており、違う派閥の者とはあまりかかわりを持たない。きっと男爵は、同じ派閥の者にだけ話を通し、そうさせたのだろう。
男爵だけでは派閥の者を全員説得するのには無理があるので、誰かが糸を引いたのだろう。
「リズ嬢はどうやらあなたの命令を遂行できなかったようで、失敗したんでしょうがね。」
おおよそ、リズが言うことを聞かなかった理由の検討はついている。
男爵は一瞬顔を歪めると「なにを根拠に......」と言いかけたが、そのまま黙った。
セシル兄さまと俺の眼に負けたのだろう。
すると、部屋の隣からリズの泣き声が聞こえてくる。我幸いと男爵は「申し訳ありませんが、リズの機嫌が悪いようなので、これで失礼します。」と言い残し、今日は終いとなった。
その日の夜、俺は公務を終えた父様に時間をとってもらい、男爵について聞いた。
どうやらもともと評判はよくなかったらしく、様々なうわさが出回っていたようだ。その中には、リズへの虐待も含まれていたらしい。
「詳しいことが分かっていなかったから黙っていたが、俺の娘に手を出すとは。」
父様が拳を握る。
「男爵の持っていた毒ですが、やはりあの男が手にするのは難しいと思います。考えられることと言えば、やはり・・・」
父様も頷く。
やはりそうか。
この国では出回らない毒を入手可能で、男爵含む派閥を思うように動かすことのできる人物。
個人の特定とまではいかないが、おおよその検討がついている。
だが、確実ではない。
今はまだ、腰にさした剣を、マントの中に忍ばせ、機会を待つのみなのだ。
「ところでソメイユ。そろそろ学園の入学が迫っている。6か月など、あっという間に過ぎてしまうぞ。いろいろと、用意しておかなくてはならないな。」
「いろいろ...ですか。」
すこし含みのある言い方に違和感を覚えたが、夜も遅いということで、今日はお開きとなった。
後日、俺はリージェの誘いでレデラード侯爵家主催のお茶会に参加していた。
昨日父様が言っていた「いろいろ」の内の一つだろう。
曰く、「友達百人できるかな?」とのことである。
(チッ、なめてんな。)
そうは思いつつ、小規模ながら上位貴族のみが集っていることから、レデラード家の力を感じる。
「本日は皆さまにお集まりいただいて感謝いたします。どうか楽しんでいってください。」
6人程度の貴族たちが、扇のしたに本性を隠して情報を集める。
これも上位貴族故だろう。
「姫殿下、今日はお越しいただいてありがとうございます。お誘いしたとき、実は不安だったのですが、良かったです。」
「いえ。お誘いいただいてうれしかったです。」
7歳同士と思えない会話に、レデラードの教育の質を感じる。
侍女が茶を入れると、ほのかな柑橘系の香りが鼻孔をくすぐる。
「すごくいい香りですね。何を使用しているんですか?」
「領地で栽培しているベルガモットです。果実としては苦く、あまり食事に向いていませんが、果皮から抽出される香料はとてもよいものなのです!」
嬉しそうに話す姿を見ていると、やはりまだ子供なのだなと思う。
「そういえば、姫殿下、体調は大丈夫ですか?あれからしばらくお話を聞きませんでしたので、心配していたのです。」
リージェが言うと、他の令嬢たちも同調してこっちを向く。
俺は男爵をいじめていたなどとは言えず、一言「少し体調が...」と言い、うつむいた。
それを見て何を思ったのか、令嬢たちは「あら」とだけ呟いた。
「そういえば、最近町で奇妙なうわさが広まっていると聞きましたわ。」
一人の令嬢が話題を切り出すと、周りも口々にしゃべり始める。
「私も聞きました。貴族の装いをした男性が、願いをなんでもかなえてあげる代わりに、一番大切に思っているモノをおしえてくれ、と言ってまわっているとか。」
「実際に当たったという話も聞きましたわ!」
「それは実に興味深いですわね。」
俺はその噂を初めて聞いたが、なぜか前から知っているような懐かしい感覚に襲われた。
(未来を知る能力...。詳しく調べる必要がありそうだな。)
俺はまた仕事が増えたことに先を思いやられながらも、令嬢たちの甘ったるい話にその後も付き合った。
日が暮れるころ、俺は帰りの馬車にのる直前、リージェに「お時間少々よろしいですか。」と声をかけられ、二人(護衛としてついてきたメシスは少し離れたところで待機)でレデラード家の中央にある花園で話していた。
「ソメイユ様。お茶会は楽しまれましたか?」
俺は内心戸惑いながらも「ええ。とても。」と笑顔で返した。
日は傾き、リージェの金の髪を茜色に染めている。
「実は、姫様に言いたいことがあって、恐れながら招待させていただきました。」
リージェは意を決したようにして俺のてを握り、顔を近づける。
俺はドキドキしながら目を見開いていると、リージェの桜色の唇から衝撃的な言葉が滴った。
「わたしと、お友達になってほしいのです!!!」
俺は内心「はえ?」と思いながら真顔で見つめ返すと、「恥ずかしいので、そんなに見ないでください。わかってるんです。私なんかが姫様に『お友達』だなんて子供っぽいこと...」と目を逸らしていった。
俺はそんなリージェがかわいく思えて、「いいぜ、その言葉、後悔させてやんないからな!」と返事を返した。
リージェは頬を夕日に染め、可憐な笑顔で「はい!」と元気いっぱいに返事をした。