4 粛清
途端、辺りが騒がしくなった。
理由は言うまでもなく、一介の男爵令嬢であるリズが、王女である俺の頭にドリンクをかけたためだ。
俺は、怒るというよりもリズのことが心配になった。
(こいつ、俺が王家でどんな扱い受けてると思ってるんだ?それに、俺に危害を加えたことで王の敵と認識された時点でお前の家終了the endだぞ?)
黙っている俺に、リズは満足そうに嗤う。
「あらあら、姫様。申し訳ありませんわ。親交を深めようとジュースをお渡ししようと思いましたのに。どうやら、手が滑ってしまったようです。」
「リズ様もわざとではないのでしょう。ここでお許しなさらないということは、王家の心の狭さが現れますわね。」
取り巻きも調子に乗ってリズに続く。
すると、後ろで椅子を引く音がした。
見ると、伯爵令息のエドガー・ワーズリフが険しい顔で俺とリズの間に割り込み、リズを威嚇し始めた。
伯爵令息のエドガーに、リズは果敢にも笑みを絶やさないで挑発する。
「あらあら、エドガー様。私に何か用がおありですか?ダンスのお誘いでしたら、喜んで......」
「あなたのような下品な女性にダンスを申し込むことなど決してない。そもそも、俺の好みは姫様のような可憐な...。いや、何でもない。とにかく、貴方はこの場にふさわしくないと考える。というかあなたは己の罪の深さを知るがいい!!」
エドガーは、伯爵の息子という立場もあってか、リズの挑発にも乗らずにしっかりと対応している。危うく6歳ちょっとだということを忘れてしまいそうになる。
はじめは縮こまっていたリージェも、俺のことを守るようにそばにいてくれた。
(こいつらは本当にしっかりしているな。きっと俺に付くために教育されたんだろうな。)
王族が生まれた年には、貴族たちがお近づきになるために子を産むことが多い。友人や側近、さらには婚約など、様々な形で近づくことができるためだ。
こんな形だが、俺の味方になろうとしてくれるのは心強い。
だが、俺もいつまでもだんまりでは面目立たない。
俺は静かに席を立つと、エドガーとリージェを通り過ぎ、リズの目の前まで行った。
俺の頭からはいまだにジュースが滴っているが、俺はそれを魔法で集め、リズの持っているグラスの中に集めた。
はたから見たら、まだ儀式が終わったばかりの王女が完ぺきに魔法を使いこなしているように見えるだろう。
だがしかし!おれはこんな時のために訓練していたのだ。
実は最近、図書館でたまたま見つけた本に、自分のことを妬んだり嫌ったりする相手に飲み物をかけられることがあると知ったのだ。
俺は感銘を受けた。この世にはそんなことを書いてくれている本があるのか!と。
その後も俺は似たような本を見つけては読み漁り、勉強(?)に励んだ。
(ふっふっふ。俺はな、こんな時のためにいかにきれいに対処できるかを研究してきたのだ!)
この水滴を集める魔法に重ねて光、形、映え方。全てを複雑な回路を用いて組み合わせ、幻想的に魅せているのだ。
「お返ししよう。間違いは誰にでもあるものだ。これからは気を付けるように。」
ウインクもつけ、優しめの笑顔でそう伝えると、リズは頬を赤く染め、「失礼しますわ!!」と言い残してパーティ会場から去っていった。
あたりはこちらに注目していたようで、俺、エドガー、そしてリージェは拍手喝采に包まれた。
「リージェ令嬢、エドガー令息も、頼もしかったよ。ありがとう。」
そう言うと、二人は「ありがたき幸せ。」と言い、礼をした。
パーティは終わり、翌日俺は貴族たちからの贈り物や手紙の処理に追われていた。
「ドレスに食器、なんだこれ?アナコンダの金の卵?知らね。」
さすがというべきか、貴族たちは少しでも目に留まろうと斬新なものを多く送ってきていた。
(こんなに宝石いらねーよ。つーか、なんでこんなにフリフリな服が多いんだよ!こんなの俺着ないって。)
そんな中でも、俺が引き寄せられたのが二つ。
一つが、魔法石だ。魔法石の中でも位があり、大きければ大きいほど位が高い。
また、魔法石の本質は希少さではなく、その機能性にある。
魔力を溜め、必要な時に使う。魔力のない人間や、むやみに使うことを好まない者にとって、これは喉から手が出るほど欲しいものだ。
そのため、きわめて高価であり、手に入れることも難しい品のはずだが...
(おいおい、これって直系10cm以上はあるぜ?こんなものもらったら何も言えないって。)
送り主を見ると、レデラード侯爵家であることが分かった。
レデラード侯爵と言えば、あのリージェの実家だ。
さすがの本気度で、何としてでも俺に近づきたいという意思が伝わってくる。悪い奴ではなさそうだったし、ある程度は信用してもいいと思う。
もう一つが、シンプルで、それでいて上品なドレス。他のドレスとは違い、動きやすさが重視された設計になっているため、おてんば娘と噂されている俺でも普段から着ることができるだろう。
(これはあのエドガーからのものだな。どこで俺がおてんば娘だって聞いたんだ?)
普通の令嬢にこのドレスを送ると、不敬だとされることもあるだろうに、実にリスキーだ。
まあ大体こんなもので、後の物は倉庫でお蔵入りとなりそうだ。
ちなみに、アナコンダの卵の送り主はブラックフォード男爵家だった。道理で壊滅的なセンスだと思った。
その後、俺は父様に呼び出されて執務室に来ていた。
「リズ・ブラックフォードの件だが、4週間額に入れ墨をすることになった。」
額に入れ墨というのは、首から『私は罪人です。』と書かれた看板を下げているのと同義で、罪人を表す。その間は、決して入れ墨が消えることは無く、罪人としての自覚を持ちながら過ごすこととなる。
また、4週間が経ってもそこから徐々に薄くなっていき、1週間ほどで完全に消えるため、実質5週間の謹慎だ。
(たしか、入れ墨を入れる時には多少の熱が伴って、激痛って聞いたな。貴族令嬢にとっちゃたまったもんじゃねえな。)
「そうですか。では、ブラックフォード男爵は何の関与も認められなかったのですか?」
まだ6つの娘だ。誰かの指示でもないとあんな大胆なことはできないだろう。
「ああ、ブラックフォード男爵らは一切の関与を否定し、全ての責任をリズ・ブラックフォードにあるとした。」
すべての罪を娘になすりつけたか。
まあ、これも想定内ではあるが、親としての気を疑う行為だ。
(リズがあの程度のばつでよかったのはきっと男爵が金を積んだからだろう。よくあることだが、汚れているな。)
王族の関わった事件だからか、それにしては重めの罰だ。
通常ならこの事件は王族への不敬罪に問われ、牢に入れられる程のものだった。また、反省している様子が見られなかったため、さらに釈放後もしばらくは入れ墨を入れられるはずだった。
「なんだか王家を舐められているようですね。」
「ああ、これはなにかありそうだ。」
最悪だ。せっかくリズを使ってあれを王女に使おうと思ったのに。
まさか、あそこまで魔法を習得し、水滴一つ残さずに取り出されてしまうとは。
(やっと手に入れたアレを、無駄にしてしまった。あの方にまた叱られてしまう。そうなれば、我が家への支援も...。)
ブラックフォード男爵は、焦りに焦っていた。
今まで情報が公開されていなかった王女がやっと表舞台にでたからてっきり箱入り娘として生ぬるく育っていると思っていたというのに、予想外のことが起こってしまったのだ。
(儀式のときにはまだ子供のようだったし、リズもそう言っていた。ただ、あれほどの痣をもう使いこなしているとは...)
闇はひそかに、そして大胆に動き出す。