心を守るもの
僕とカトリーヌはセントスの手前まで来ている。
シルマまで転移した後、普通の馬車で移動してきた。
あの豪華な馬車はライオネル家の紋章は書いてあるので使わない事にした。
アルベールの計らいで御者に通行許可証を発行して貰えたので問題は起きていない。
セントスについて、すぐにフォーゲルへ会いに行った。
もちろんイリジーンの娘のラエルへの治療のお礼だ。
費用は僕が持つと言っているし精算しておかないと溜まると大変だ。
イリジーンたちの馬車や宿泊費もあるから結構な額になっているだろうと思った。
「何を言っている。種族関係なくセントス内に居る間は俺が守ると言っただろう。費用?俺に恥をかかせるつもりか」
そう言って頑なに受け取ってもらえなかった。
面会できるかと聞いたら、調子もかなり良くなっているので問題はないらしい。
場所だけ聞いて向かおうとしたがフォーゲルもついてきてくれた。
療養所のような場所に入ると患者がフォーゲルに挨拶をしているが職員は何も言わず働いている。
不思議に思ったが、俺に挨拶をする暇があれば病人に注意を向けろ、と言っているそうだ。
ラエルが入っている部屋は個室と言ってもビジネスホテルのシングル位の部屋だ。
「ラエル、体調はどうだ」
「あ、フォーゲル様。おかげでかなり良くなりました、そちらのお方は?」
「お前の家族の知り合いで、俺の友人だ」
僕とカトリーヌが自己紹介をするとラエルは立ち上がってお辞儀をしてくれた。
「先日、父と兄が来てお2人の事を話してくれました。お心遣いありがとうございます」
「僕は何もしてないですよ」
「あの父が『幻妖斎殿には感謝してもしきれない』と言っていたので凄い事です、そんな言葉を父から初めて聞きましたもん」
元気そうで良かった。
彼女の枕元に小さな楽器が置かれてある。
「その楽器って、シタールですよね?ずいぶん小さいですが、そんな大きさのもあるんですね」
「シタールをご存じなのですか?本物は大きいので持って来れなくて子供の玩具サイズなのです」
以前買ったお土産用の物を見せるとラエルは懐かしそうに見ている。
ドワーフになじみの楽器らしいし思い出してるんだろうな。
「お借りして少し弾いても良いですか?」
「どうぞ……、あ、ここで弾いても良いのかな?」
楽器をラエルへ手渡しフォーゲルに確認した。
「昼間だし問題ない」
その言葉を聞いたラエルは渡したシタールを演奏し始める。
あれ?すごく上手い。
安いお土産用なのにすごく良い音色だ。
カトリーヌも素敵な音だと驚いている。
「いつか宮殿の楽団で演奏するのが夢なんです。その心が強くなりました」
弾き終わったラエルが楽器を返しながら僕達に言った。
「そうか、それなら体を確実に治して練習しないと駄目だが急ぐなよ」
フォーゲルが言った言葉に、力強く返事をしていた。
療養所を後にして、フォーゲルに礼を言い別れた。
そのままシルビアの店に向かう。
どんな物か確認してから渡す方が良いかもと思ったけど、僕も楽しみなので一緒に見ようと思った。
お店の前に着くと思い出したようだ。
「ここって前にも来た小物のお店ですよね?」
「うん、実はカトリーヌにプレゼントしたくて注文していた物が出来上がったみたいなんだ」
「私にですか?」
ニコニコして喜んでいるのが分かる。
そんな彼女を連れてお店に入ると、シルビアが店番の女性と話していた。
「ギルド通信で品物が完成したと連絡があったので来ました」
「あぁ、出来てるよ」
奥へ入って箱を持ってきてくれた。
「お嬢さんへの贈り物だそうだ、開けてごらん」
箱を開けると中に入っていたのはブローチでは無かった。
左上部にカトーレイヌの深紅の花が咲き、花から伸びた緑色の茎が円を描いて中が空洞になっている。
すごく綺麗で目を奪われたけど、この何に使うんだろう?
「美しいカトーレイヌですが、これは何に使うんですか?」
カトリーヌも同じことを思ったようだ。
「一般的じゃないんだけどね。ブローチのカバーさ。あんたが大切にしてるブローチを出してごらん」
武闘大会で貰ったブローチを取り出した。
カトーレイヌの花の部分が稼働して、そこからブローチを差し込むとピッタリと収まった。
「これなら普段使いしても傷も付かないよ。魔鉄製で丈夫だからね」
「ありがとうございます」
「女は男に守られてばかりじゃ駄目だよ。強い男が傷つかないように可憐な女が守る。そんな思いを込めた意匠さね」
大会のブローチは強い男を現す意匠とか言ってたな、それをカトーレイヌの花が守ってるって事か。
「幻妖斎様、シルビアさん。素敵な贈り物を頂けて嬉しいです。頂いた思いも一生大事にします」
気にいって貰えたようで僕も嬉しい。
フォーゲルに挨拶をしようとネーブルタワーに向かう途中でラルドが待っていた。
仕事で忙しいのでタワーに行っても面会は出来ないと言われてしまう。
「幻妖斎殿に伝えておきたい事があってお待ちしていました。聖魔戦争が近いようです」
「え?いつから始まるとか分かるんですか?」
ラルドって風の神だからその辺りは判別できるのだろうか……。
「正確には分かりませんが聖魔戦争が近づくとヱーヴェの階段が現れるのです」
広場へ確認に行くと石碑しかなかった場所に階段が数段現れていた。
「確か登録してあると開始されたら強制的にここに来るんでしたよね?」
「はい。この広場に転移されますが参加するかどうかは自由ですし不参加でも罰則もありません」
「それなら私も参加登録だけしておいて良いですか?そうしないと幻妖斎様と離れてしまいますし……参加はしないですけど」
罰則が無いのなら確かにそうしておいたら便利だ。
カトリーヌも登録だけする事にした。
「不死じゃ無いカトリーヌは危険だし参加はしない方が良いね」
僕の言葉を聞いたラルドが不思議そうな顔をして言う。
「聖魔戦争は危険じゃないですよ」
戦争が危険じゃないって流石に信用できなかったがラルドが説明してくれた。
妖精界エッセンはグリアであってグリアではない場所なので人類が入ると疑似的不死になると言う。
不死と言っても死んでもその場で何度でも生き返るのではなく、この場所に生きたまま戻される。
その際は次の聖魔戦争まで再入場が出来ない。
妖精を倒してもアイテムを落としたりは無いので力試しや、観光目的で行く者ばかりと言う。
グリアの不死者や特別な不死者でも聖魔戦争で死亡判定の傷を受けると、ここに戻されて再度入るには次回を待つ必要がある。
装備や自分が発動する魔法は自由に使えるがポーションなどの回復系アイテムやマジックスクロールなどのアイテムの魔法は使えない。
「それってグリアの人類が参加する意味ってあるんですか?」
「意味は自分で見つければ良いのです。『いつか死ぬのに生きている意味があるんですか?』と聞いているのと同じですよ」
「それは……」
言い返そうとしたが言葉に詰まってしまった。
階段が出たからと言って、すぐ始まるわけではないが準備は怠らないようにと言われた。
最後にラルドから耳打ちで注意された事がある。
西のゼルディア大陸と東のミューマ大陸を転移魔法で行き来し過ぎないようにしろ、と言うことだった。
セントスを経由しない東西大陸間の転移魔法は、本来はセントスの許可が要る最重要案件だそうだ。
各種族の首都宮殿から宮殿の転移は問題が無いそうだが、今回師匠を招待する際にもセントスに許可取りがあったと言われた。
僕がエルバートに面会できなくて困った時、師匠へ会いに行ったのをネーブルタワーで感知したそうだ。
あの時は特別な不死者の僕と師匠だけだったので良かったと言われてしまった。
さらにベシコウダンジョンからカトリーヌを轟鬼の元へ転移させた事も強く注意された。
通常は大陸間転移魔法を使用しても発動しないらしい……可能だったのはもちろん神龍の涙の効果だ。
「フォーゲルがエリアマスターの間はもみ消してやる。ただ、それでも今後はカトリーヌ以外の者を連れて転移すれば処刑対象になるぞ」
処罰対象ではなく処刑対象って恐ろしすぎるので控えるようにしよう。
カトリーヌだけは除外になっているのと転移するなではなく、やり過ぎるなと言うのはラルドなりの恩情だろう。
馬車でシルマまで戻ってベシコウに転移と考えていたけど中止した。
僕たちはラルドが用意した馬車でミューマ大陸へ向かい、シルマから来た馬車はそのまま帰る事になった。




