ライオネル家の鳴らない楽器
キィー、木の擦れる音がして扉が開きカトリーヌが顔を出す。
僕の姿を確認すると走って抱きついて来た。
「幻妖斎様、私は少し休みたいです、でも――」
彼女の言葉はそこで止まった、声を殺して泣いている。
僕はそっと抱きしめ、耳元で囁いた。
「エルバート族長との約束の日まで10日ある。少し時間があるしカトリーヌの家に行ってみたいんだ。お母さんたちにご挨拶もしてないしね。案内してくれるかい?」
驚いたように僕の顔を見た後に、はい。と一言だけ言ってくれた。
少しだけ安心したのだろうと表情で分かる。
そうは言ったが、ステルドの首都に行った事が無いのだけど転移どうしよう……。
この前みたいにが居て飛ぶわけにもいかないだろうし、と思ったがこの問題は気にする必要が無かった。
轟鬼が転移魔法のスクロールを持っていたので便乗する事にした、これなら首都に行った事が無い僕も転移可能だ。
「ジジィ、ボケて大会の日程間違えるなよ。当日マジアルで会おう」
そう言うとスクロールを使用して僕とカトリーヌと轟鬼は転移した。
着いたのは……応接室かな?かなり広いし宮殿内部だろうか?
轟鬼に案内され部屋を出ると女性が椅子でお茶を飲んでいる。
「あ、ママ。久しぶり」
「カトリーヌちゃん!おかえり。会いたかったわよ。そちらの人間の男性が噂の?」
え?ママ?轟鬼の事はお父様と言っているから、お母様と言ってるんだとばかり思ってた。
カトリーヌに似ているが美しく気品のある女性だ。
それはそうと、噂のってなんだ?
「紹介しますね、私のママのジュリア・ライオネルです。こちらが婚約者の流 幻妖斎様ですわ」
「初めまして、ジュリア様。お初にお目にかかります。流 幻妖斎と申します。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」
婚約して挨拶してなかったし緊張気味に自己紹介をした。
「私のことは、ジュリアって呼んでね。あなたが異世界から来た不死者の武神の弟子でダグラスが力を認め、甥っ子のスピリエちゃんをボコボコにして魔道の部でも優勝したって噂の方ね」
全部話してるのか……轟鬼に視線を向けると目を逸らされた。
スピリエに攻撃したことを謝罪したら笑われてしまった。
「感謝してますよ。あなたのおかげでスピリエちゃんが結婚を決意したと聞きましたし、セリアージュを治療してくれたとも聞いてます。私が50歳若ければお手合わせしたい位ですわ」
「こう見えてもジュリアの奴は若い頃に戦姫と言われたAランク冒険者だからな。ババァでもかなり強いぞ」
「あなたより若いわよ!それにまだ冒険者は引退してないわ」
轟鬼が気まずそうにしている、家庭内ではジュリアの方が強そうだ。
何歳なんだ、この女性……さすがに年齢を聞くのは失礼だろうが気になる。
「カトリーヌ。キールたちを探して呼んできてくれ。お前が帰ったと分かれば喜ぶだろう」
返事をして部屋を出て行った、それを確認して轟鬼はジュリアに状況を話した。
冒険者の夫人はすぐに理解したようだった。
暫く待っていると2人の男が入ってきた、カトリーヌも入ってきたからこの人達が息子だろう。
1人はスラっとした精悍な顔立ち、もう1人は筋骨隆々でにこやかに笑っている。
「父上、母上。お呼びでしょうか?」
「客人が来ている、カトリーヌの婚約者で流 幻妖斎だ。この2人は俺たちの息子で長男のキールと次男のブレイブだ、仲良くしてやってくれ」
スラリとした方が長男のキール、逞しい方が次男のブレイブ。
「そうかお前が噂の……妹をよろしく頼むぞ」
手を伸ばし握手を求めながら言われたが、この言い方だと息子達にも正体ばれてるんだろうな。
「私たちは少し用があるので幻妖斎殿のお話し相手をなさい」
ジュリアが言うと轟鬼とカトリーヌの3人で出て行き、入れ違いにお世話係の人がお茶とお菓子を持ってきた。
座るように促されて着座するとキールがいきなり質問してきた。
「今日はどのような用事で来られたのですか?」
カトリーヌの様子から何か悟られたのだろうか?
実の兄なので話しても問題はないだろうが、一応答えを濁しておこう。
「マジアルの武闘大会を観覧するのですが、それまで時間がありますしアルベール族長夫人とカトリーヌの母親にご挨拶が出来ていなかったので伺いました。お2人にも挨拶が遅れ申し訳ありません」
その後しばらく歓談したが、兄のキールは母親に似て、弟のブレイブは轟鬼に感じが似ている。
2人とも話しやすいし聞き上手だ。旅の話や師匠の話などいろいろ話していると時間が過ぎていく。
ジュリアが戻ってきた、一緒に入ってきたのはアルベールとセリアージュ、もう1人の女性が居るが族長夫人だろう。
轟鬼とカトリーヌはスピリエの訓練に行ったそうだ。
「あなたが幻妖斎殿ですね。初めまして、アルベールの妻のオリビアと言います。先日はお心遣いありがとうございました」
僕も慌てて自己紹介をしたが、お心遣いって?
「さて、全員揃ったところで話しておきたい事があります」
ジュリアは、そう前置きをしてカトリーヌに起こったことを話した。
話を聞いた全員が僕に礼を言ってくれたが、カトリーヌに起きたことはそれほどの事なのだと言う。
「彼女は大丈夫でしょうか?」
「そうね、暫く休めは問題ないでしょう。ただ……幻妖斎殿に攻撃した事をあの子が自分の中でどう処理できるかです。何か『心を守るもの』があれば良いのですが……」
ジュリアは心配そうだ。
心を守るもの、と言うのは個人が大切にする人や物、事象などの事だと言う。
エルフが妖精を信仰していたり、オリバーやエガーレインがピーフェから貰った木の実などもそれに当たる。
信仰やお守りみたいなものなのだろう。
「僕はカトリーヌの心を守るものには、なれないのでしょうか?」
「あなたはあの子が心から愛している存在です。愛で心を守る事は危険とされています」
「そうなんですね。今、僕に出来ることは何があるでしょう?」
「何もしなくて良いの。あ、変な意味では無いのよ。今までと変わらず普通に接してあげて、それが大切なこと」
愛で心を守るのは危険……か。
確かに僕が帰還したりするとそれが無くなるし、喧嘩したりもあるからな。
あと1つ気になったことがある。
「スピリエには言わなくて良いんですか?今もカトリーヌと居るんですよね?」
ジュリアとオリビアが顔を見合わせて大笑いを始めてオリビアが答えてくれた。
「息子と会ったことあるからお判りでしょう、お芝居下手なの。普通に接しろと言うと逆に変な態度をとるから教えない方が良いのよ」
その場にいた全員が笑っていた。
僕も思い出してなんとなく納得してしまった。
泊まる部屋を用意して貰ったがかなり広い、さすが宮殿内部の客間だ。
入り口前にお手伝いさんが常時居るので、必要な物や飲み物などはその人に言えば良いと言われた。
こんな生活をした事が無いので疲れそうだ。
当たり前だけどテレビもネットもないのでやる事が無い。
部屋が広いので軽く体を動かして時間をつぶす。
ノックがあり、スピリエとセリアージュが入ってきたが雰囲気がかなり変わった。
「この前は大変世話になった、俺の事は覚えているか?」
「もちろんですよ、スピリエ殿ですよね。かなり雰囲気変わりましたね」
「公式の場以外ではスピリエで良いぞ。姉ちゃんの漢婚約者だし、その……セリアージュの命の恩人だからな」
「私からもお礼を……あの時は場が混乱していてお礼も言えないままでしたが、本当にありがとうございました」
結婚で次期族長の意思が芽生えたのか顔つきも態度も大人になった感じがする。
立場や意思で人ってこんなに変わるんだなと思い知らされた。
「部屋に居ても暇だろ?宮殿内を案内してやるよ」
退屈していたので喜んでついて行く、セリアージュは習い事があると帰って行った。
さすが次期族長でどこでも入れる、宝物庫も案内されたがここは入れなかった。
轟鬼がオリハルコンを持ち出したことがあったため現族長の許可が無いと無理になったそうだ、当たり前と言えば当たり前か。
族長に会うための謁見の間にも入ったが、やっぱり広い。
エルフの宮殿の謁見の間もこんな感じだったな。
部屋を見回すと変な凹みがあるので近づくと何かが置いてある。
「スピリエ、これ何?」
「あーそれか。太鼓みたいな楽器らしいんだけど結界が張ってあって誰も触れないんだ。親父や叔父さんにも無理だった。各種族の謁見の間には同じような結界があるらしいけど見た事ないのか?」
エルフの謁見の間ではそんな周りを見る余裕なかったし、ドワーフの時はそもそも謁見の間に行ってない。
それに謁見の間に入ってもウロウロできる訳もないけど……。
(太鼓か、手に持って叩くタイプかな?)
そう思って手を伸ばすと、バチっという軽い衝撃と共に手が弾かれた。
「だから言っただろ。昔から俺も良く触ってバチバチする結界の衝撃で遊んでたんだぜ」
結界で遊ぶとか恐ろしすぎる気もする。
「あれ?取れた」
え?スピリエの手には結界の中に有った太鼓みたいなものがある。
彼は面白がって叩くが全く音がしない。
「鳴らないな、大昔のみたいだし壊れてんのか?親父に怒られそうだから戻しとこ。俺が壊したとかってなると困るから言わないでくれよな!」
スピリエはそっと楽器を結界の中に戻した。
壊したと怒られるより結界を抜けたことは報告しないで良いのかな?
中庭に移動すると綺麗な花が咲き乱れている。
花には詳しくないがカトーレイヌだけは分かる、真っ赤で綺麗だし纏まってると凄い眺めだ。
「ジュリア叔母さんの好きな花だな。セリアージュも好きだし、少し貰っていこう」
庭師に声をかけて花を数本貰ってきた。
カトリーヌも好きな花なので渡してあげてと僕に少し分けてくれた。




